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50 初めての邪道のお寿司
しおりを挟む彼が注文したお皿とは別に、レールを流れるお寿司をぽいぽいととっていく。流れるようなベテランさを感じさせる動きに惚れ惚れとしていると、彼はやってみないのかと言わんばかりの視線を結菜によこしてきた。
それがなんだかくすぐったくて、結菜はふわっと微笑んだ。
「何を取ったらいいのですか?」
「目をついたものなんでも。食べる順番とかルールとかないし、無礼講みたいに考えればいい」
「ーーなんとなく分かりました」
結菜は流れてくるお寿司を眺めて眺めて悩んだ結果、艶々した卵が載っているお寿司のお皿に手を伸ばした。
レールや他のお皿に触ってしまいそうで怖くて、結菜の手はほんの少しだけ震えてしまう。そっと動いているお皿に触れて、お皿を手に取る。ゆらっと揺らしただけでも倒れてしまいそうなお寿司にびくびくしながらも、結菜は無事にお皿を机に置くことができた。
「ん、お疲れ様」
「はい」
カウンター席でなくテーブル席はない分、彼との距離は大きい。それはのに、向き合う距離は隣に座る距離よりも圧倒的な近さを感じる。
薄青のイタズラっぽく細められた瞳に照れながら、結菜はいつ食べ始めるのかとそわそわする。そんな結菜に気づいてか否か、彼は割り箸を手に取ってお寿司を食べ始めた。
「早く食え」
「はい!」
彼の真似をしてお箸を取って、割って、結菜は手を合わせた。
「いただきます」
艶々と黄金色に輝くたまごにほっそりとした白いお米。見るからに美味しそうで、お寿司特有のツンと鼻につくお酢の匂いもまた食欲をそそるえ。
たまごのお寿司をお箸で摘んだ結菜は、見た目と匂いを楽しんでからお寿司を口の中に入れた。ふわっと優しいだし巻き卵とお酢の味がお口の中に広がる。もぐもぐと噛んむたびに、お酢の甘酸っぱい美味しさでお口の中が幸せになる。
「美味しいです」
「よかった」
歯を薄く出して笑った彼に笑いかけてから、結菜は彼に勧められるがままに、彼が先程結菜のお手本をするために下ろしたお寿司を食べる。
ほたて、たい、マグロ、エビ、サーモン、いくら、もぐもぐと食べて、食べるたびに感動して、結菜はアットホームな空間に頬を緩める。
『ご注文の商品が到着します。大変お厚くなっておりますので、ご注意ください』
タブレットからいきなり聞こえた電子音に、結菜は目をぱちぱちとさせる。
ーーーががががっ、
レールの上を小さな新幹線が走ってきた。可愛らしい真っ白な車体に青いラインの引かれた丸っこい新幹線の背中の部分には何やらお皿が載っているようだ。
「えっと、」
「熱いものを持つのは平気だったよな?」
「は、はい。茶道をやっていますし、多分平気です」
「じゃあ、下ろすのを手伝ってくれ」
「はい」
彼に言われるがままにお茶碗やお寿司のお皿を下ろしていく。偽物の漆塗りの大きなカップや白い陶器にに青い着色料で柄が描かれている小さい蓋付きのカップ、お魚の上にチーズが乗っているお寿司や、ハンバーグやカルビ、オムレツが載っているお寿司もある。その他にも、フライドポテトや唐揚げ、枝豆、天ぷらなんかもやってきている。
「面白いだろ?」
「はい!これがよく聞くサイドメニューというものですか?」
「んー、寿司以外のがサイドメニューだ。寿司は普通の握りや軍艦巻きだよ」
「これも握りなのですか?」
衝撃の事実に目を見開きながら、結菜はしげしげと自分が知っている握りとは大きく異なっているお寿司を見つめる。陽翔はそんな結菜にいたずらが成功した子供のようにくちびるを淡く緩ませてから、端でカルビの乗った軍艦巻きを取る。
「ほら、あーっていてみろ」
「? あー、ーーー!?」
口を無防備に開けて間抜けな声を出していたら、彼は素早く結菜の口の中にお寿司を突っ込んだ。もぐもぐと噛み切って文句を言おうとするが、いかんせんお肉と海苔が硬くて敵わない。
カルビの乗った軍艦巻きは、たっぷりときらきらたれが輝くくらいに味付けされた見た目通り、コッテリとした味わいだった。香辛料がたっぷり使われたソース特有のピリッとした匂いと舌をつっつく感覚に、不覚にも夢中になってしまう。海苔がベトっとして噛みきれないのが難点だが、こういうお寿司も美味しいものだと感じた。
「どうだ?邪道の寿司は」
「美味しいです」
頭をふわふわ撫でられながら優しく微笑まれて聞かれ、結菜は毒気を失ってしまう。はんなりと微笑んだ結菜は、結局彼の思うがままなのだろう。
初めての邪道のお寿司は、とっても美味しくて、ちょっとだけ悪いことをしている気分になった。
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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
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