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29 初めての手作り弁当を食べる
しおりを挟む彼と同じ順番で食べようとおひたしに箸をつける。
シェフお手製の特別なお酢で漬けたおひたしは、さっぱりとしていて後味が爽やかだった。コリッとした食感は耳に小気味の良い音を響かせ、お酢と一緒に漬けた柚子が爽やかな匂いを運ぶ。新鮮なお野菜をたっぷり使った故に、見た目も鮮やかだ。
煮っ転がしにも口を口つけてみたが、柔らかい里芋とにんじんがお口の中でほろほろと崩れる感覚はくせになった。お砂糖を入れて甘味にしたが、どうやら正解だったらしい。彼も幸せそうに口に運んでくれていた。ふわっと香る甘い香りが隠し味のはちみつであることに、彼は気づいているだろうか。
シャケの身を混ぜ込んだおにぎりを食べながら、結菜はしょっぱさに無言になってしまう。シャケは良い。炭火で朝から頑張った故に、結構美味しく出来上がっている。でも、ご飯の塩を完璧に入れすぎた。岩塩をふりかけて焼いたシャケに塩ご飯はヤバい。
「はるくん、シャケおにぎりはストッ、」
「?」
「………食べちゃったんですか?」
「ダメだった?美味しかったけど」
「ダメです。塩っぱかったです」
「そう?俺の家濃い味だったから、お袋の料理はあれくらい普通だったよ?」
そう言ってぶりの味噌煮に手を出した彼に合わせて、結菜は味噌煮を食べ始める。白味噌、麦味噌、米味噌、赤味噌を合わせた特製味噌で調理した味噌煮は、ほのかな甘さ強めで結菜には満足な出来栄えだった。素朴な感じがたまらない。ぶりはちゃんとほろほろお口の中で崩れてくれるし、中までお味噌が染みている。自家製お味噌(シェフ作)は存外最強だったかもしれないと思いながら、成功要因が自分ではないことに、結菜は若干沈む。
「ん、どれも美味い」
そう言いながら、2個目のはちみつで漬けた梅の種を除いて身だけをご飯に混ぜ込んで握った梅おにぎりを食べ始めた彼は、一瞬驚いた顔をしてから、他と変わらぬペースでおにぎりを再び食べ始めた。
「ど、どこか変、でしたか?」
「ん?あぁ、俺の家紫蘇漬けの梅しか出ないから、はちみつ漬けの梅ってめっちゃ美味いんだなって驚いてた」
「そう、ですか………」
実家でははちみつ漬けしか出てきたことがない故に、結菜は逆に驚いた。紫蘇漬けの梅への興味にうずうずしていると、彼は少し苦笑した。
「明日は俺がゆなと俺のお昼作ってこよっか?」
「っ、よ、よろしいのですか?」
「あぁ。家庭の味に興味があるんだろ?」
「はい」
頬が緩むのを感じながら、結菜は自分の分の梅おにぎりを口に運ぶ。甘しょっぱさが口の中に広がって食欲を誘う。酸っぱいものが苦手な結菜の兄唯斗用に作られた甘い梅干しは、幼い頃から当たり前となっていたことに、結菜は今更ながらに気がついた。
「ゆなはいつもこんな弁当食ってるのか?」
「いいえ、いつもはもっとちゃんとしていますよ、今日はわたしの初手作りなので、結構不格好です。申し訳ありません」
深々と頭を下げると、頭上からため息が聞こえた。
「お前が俺に作ってくれたという事実に意味があるんだ。頭を下げるな。あと、………弁当、美味い」
ぶっきらぼうな声と共に、今までよりも雑に頭を撫でられて、結菜はぐわんぐわんする頭をふるふるすることになってしまった。
(はるくんは、時々とっても意地悪です………)
赤い顔を隠すように俯いた結菜は、次のおかずに箸を向けた。
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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈
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