上 下
20 / 95

20 初めての間接キス

しおりを挟む
 結菜は彼に美味しさを伝えようと、自分の分のフラペチーノを飲んでいる陽翔に視線を向けた。

『美味しいね!!』

 口を開こうとした瞬間に、記憶の奥深くから唐突に呼び起こされた声に、結菜はぱちぱちと瞬きをする。目の前にはちゃんと現実世界が見えているのに、脳内では違う映像が再生されていた。
 実家の大病院の廊下、患者さんやお見舞いに来てくださった方が飲み物を飲めるように用意されている自販機の隣のふかふかなソファーに、小さい頃の結菜と左腕に沢山の点滴を刺している1人の少年が腰掛けている。
 結菜の手にはキャラメルラテの缶が、目の前の少年の手にはココアの缶が握られている。『秘密だよ』と互いに言いながら、甘い香りがする飲み物を幸せそうに飲んでいる彼の顔は、逆光でやっぱり見えない。

 でも、

「………ココア、本当にお好きですね」

 あの時、あの少年になんて言ったのかは、ちゃんと覚えている。

「!!」
「………?」

 彼がいきなり驚いた顔をしたのを見て、結菜は首を傾げた。

「ーーー声に、出ていましたか?」
「あー、うん。………にしても、よくこれがココアだって分かったな」
「何となくです」

 無意識のうちに呟いてしまった言葉に居心地を悪くしながら、結菜はもじもじと自分のキャラメルマキアートを飲んだ。

「ねえ、一口ちょうだい」
「え、あ、はい」

 唐突な彼のお願いに何も考えずに彼にカップを渡した結菜は、彼から代わりに受け取ったカップのストローを見つめながら、カチンと固まった。

「あ、今頃間接キスって気づいた?」

 意地悪く妖艶に笑う彼の口元には、結菜のカップのストローがある。

「昨日のあーんの時点で色々あれだから、考える前に飲んじゃいなよ。美味しいよ?」

 優しく笑う彼は、先程店に着いてすぐに結菜から返してもらった首にかかっているヘッドホンのずれを直してから、銀色のイヤーカフを触った。

「………い、ぃただきます」

 初めての間接キスは、イマイチ味が分からなかった。

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈‍⬛🐈

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

アクセサリー

真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。 そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。 実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。 もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。 こんな男に振り回されたくない。 別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。 小説家になろうにも投稿してあります。

長い片思い

詩織
恋愛
大好きな上司が結婚。 もう私の想いは届かない。 だから私は…

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

推活♡指南〜秘密持ちVtuberはスパダリ社長の溺愛にほだされる〜

湊未来
恋愛
「同じファンとして、推し活に協力してくれ!」 「はっ?」 突然呼び出された社長室。総務課の地味メガネこと『清瀬穂花(きよせほのか)』は、困惑していた。今朝落とした自分のマスコットを握りしめ、頭を下げる美丈夫『一色颯真(いっしきそうま)』からの突然の申し出に。 しかも、彼は穂花の分身『Vチューバー花音』のコアなファンだった。 モデル顔負けのイケメン社長がヲタクで、自分のファン!? 素性がバレる訳にはいかない。絶対に…… 自分の分身であるVチューバーを推すファンに、推し活指南しなければならなくなった地味メガネOLと、並々ならぬ愛を『推し』に注ぐイケメンヲタク社長とのハートフルラブコメディ。 果たして、イケメンヲタク社長は無事に『推し』を手に入れる事が出来るのか。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...