16 / 95
16 初めての彼氏との下校
しおりを挟む「美味しかった?」
漆黒に染まった夜空の下を、結菜は彼と手を繋いで歩く。
「は、はい。とっても美味しかったです」
店を出てすぐの帰り道、結菜は彼ににっこりと笑って返事をした。
未だに先ほど起こった事柄についての処理ができていないが、起こったことは起こったことだと、一応脳内での処理を片付けた結菜は、それほどまでに慌てていない。
「また行きたいな」
「………はい」
「ゲームセンター、楽しかったか?」
「はい、とっても」
1日だけで、こんなにも沢山の宝物ができた。
初めて行ったゲームセンターでは、こんなにも幸せなくまさんのぬいぐるみをもらって、カートゲームではぼろぼろに負けて悔しいと思って、バスケットゲームでは圧勝して純粋に喜んだ。
初め行った小さなレストランでは、今まで口にすることを許されなかったものを食べられた。日々食卓に並ぶシェフ自慢のフレンチよりも、ずっとずっと美味しかった。暖かかった。そして何より、会話をしながら、“彼氏”と食事をするというのは想像を遥かに上回る幸福だった。
「わたしは、幸せものですね」
ぐっと涙を我慢して微笑むと、彼は優しく結菜の頭を撫でてくれる。
物心つく頃には、誰も愛してくれなかった結菜に、ずっとずっと欲しかった暖かさを分け与えてくれる。
こんなもの、知ってしまえば苦しくなると分かっていた。知らなければ、自分の不幸を理解せずに済んだ。
「………わたし、1週間後に結婚するんです」
「は?」
驚いて目を見開いてる彼は、何を思っているのだろうか。
「顔も、名前も知りません。ただ、父の命じるままに、今週の日曜日に結婚します」
夜空はイライラするくらいに美しい星に彩られている。
「だからわたし、“思い出”が欲しかったのです。“恋”がしたかったのです。………どんなに苦しくても、悲しくても、“思い出”があれば、頑張れると思ったから………」
(たとえ、思い出が己を苦しめることになったとしても………、わたしは温もりが欲しかった………)
陽翔はただ無表情で結菜のことを真っ直ぐ射抜いている。
「ーーーそんなふうに逃げているわたしは、卑怯ですか?愚かですか?」
結菜は穏やかに微笑んで、彼の前を歩き始める。
(優しい彼は、わたしを責められない………。だからこそ、何も言えない………)
街の風景は宝石のように輝いている、結菜以外が心の底から幸せそうに笑っている。
ぐっとくちびるを噛み締めると、後ろから結菜は唐突に抱きしめられた。
「!?」
「………苦しくてもいい。………悲しくてもいい。………逃げてもいい」
耳元で囁かれる小さな彼の声は、細く掠れている。
「ーーーでも、己だけは責め立てるな」
ぱっと背中の温もりが外れて、次の瞬間には自分の手にひんやりとした彼の手が重ねられた。
ーーー高校1年生の春の夜、結菜は初めて“彼氏”と手を繋いで下校した。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈⬛🐈
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
私と彼の恋愛攻防戦
真麻一花
恋愛
大好きな彼に告白し続けて一ヶ月。
「好きです」「だが断る」相変わらず彼は素っ気ない。
でもめげない。嫌われてはいないと思っていたから。
だから鬱陶しいと邪険にされても気にせずアタックし続けた。
彼がほんとに私の事が嫌いだったと知るまでは……。嫌われていないなんて言うのは私の思い込みでしかなかった。
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる