完 1週間だけ、わたしの彼氏になっていただけませんか? (番外編更新済み!!)

水鳥楓椛

文字の大きさ
上 下
10 / 95

9 彼を呼ぶ

しおりを挟む

 ご機嫌な結菜の傍ら、黒いスポーツ向けのデジタル時計に視線を向けた陽翔は、ぽつりと言葉をこぼした。

「………18時、か。そろそろ帰宅した方がいいか?」
「そう、ですね」

 携帯の画面に映る時計を見つめながら、結菜はそっと息を吐いた。

(もっとこの時間が続けばいいのにだなんて、烏滸がましいことを考えては行けませんね)

 ゆっくりと鞄にスマートフォンをしまっていると、考え込んでいた陽翔がヘッドホンを少しだけ触りながら結菜を真っ直ぐと見つめてきた。

「今日も夕食は1人か?」
「え、あ、………はい。そう、なりますね」

 スマートフォンのカレンダーを出して確認しながら、結菜は今日も家に誰も帰らないことを認識する。

「父は夜遅くまでお仕事で病院で寝泊まりするでしょうし、母はどうせいませんし、兄は………帰ってこないかと」
「じゃあ、夕飯食いに行こう」
「え………?」

 想像もしていなかった提案に、結菜は純粋に驚いた。驚きを繕う間もなく、彼は結菜の手を握る。

「は、え、あ………」
「ふっ、………驚いてるキミって珍しいな」
「あぅっ、」

 ふわっと無駄に良い顔で微笑まれて、結菜は口をぱくぱくさせた。
 本当に、彼は顔も無駄に良すぎるのだ。

「行こう、ゆな」

 手を引いて歩き出した彼についていくために、結菜はゆっくりと足を踏み出す。結菜の鞄はいつの間にか彼の手に握られていて、結菜の腕には今日とってもらった真っ白なくまさんだけが残っている。

「えっと、その………つ、月城さん?」
「陽翔。もしくはお好きなニックネーム」
「あの、どこに、」
「………………」

 黒いローファーを迷いなく進める彼は、どこに向かっているのか分からない。

(これは、お名前を言うまでいろいろ答えてもらえないパターンでしょうか)

 彼の横顔を見つめながら、結菜は少し考え込む。
 癖っ毛気味なミルクティーブロンドに切長の氷色の瞳、鼻筋は真っ直ぐと高くて、肌の色は真っ白で毛穴なんて見えない。

 “陽翔”と呼ぶのはなんか違う気がした。

 少し思考の渦に入った瞬間、結菜の視界には目の前の光景とは違うものが見える。

『ゆな!』

 記憶の奥深くにある少年が結菜を呼ぶ。
 アルコールのツンとした匂いに包まれた病室の奥、青い空と黄緑の芝生がよく見える大きな窓をバックにして、逆光で真っ黒に見える少年がベッドに座っている。彼は痛々しいほどに沢山の点滴の刺さっていない方の腕で、結菜に向かって大きく振る。

「………はる、くん」

 無意識のうちにぽつりと呟いて、結菜は急いで口元に手を当てる。

「っ!」

 しかし、結菜は次の瞬間に不思議なものを見た。
 結菜が見た彼は、結菜の想像した嫌そうな顔ではなかった。
 それどころか、彼が触れている銀のイヤーカフがついている耳を赤くして顔をくしゃっと歪め、泣きそうでいて嬉しそうな表情をしていた。

 よく、分からない。

 それが彼の不思議な表情を見た結菜の感想だった。


*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈‍⬛🐈

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

気づいたときには遅かったんだ。

水無瀬流那
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...