4 / 95
3 初めての放課後
しおりを挟む▫︎◇▫︎
1時間目が始まってからも、結菜はほんの少しだけそわそわしていた。
いつもと変わらない一切のブレのない微笑みに、洗練された所作、質問に対する完璧な回答、そのはずなのにも関わらず、結菜の心の中にはどこかほんの僅かだけ楽しげな雰囲気があった。
(わたし、いつもよりも変かも)
誰にも気づかれていない僅かな変化であっても、結菜は少しだけ嬉しかった。
(………わたしの中にも、感情が残っていたのですね)
事務的な会話しかできない家族。
双葉大病院の息女としてしか接してもらえない家。
“天使さま”と敬い、尊敬してくる同級生に先輩、後輩、教師。
常に結菜は観察されてきた。
そして、観察されるに相応しい存在であるために、必要のないものを削ぎ落としてきた。
感情や表情はその最たるもので、結菜はここ数年、まともに自分のやりたいことをやったことなどなかった。
「双葉」
「あ、………月城さん」
彼に呼ばれて、今がもう放課後であることに気がついた結菜は、焦りを一切感じさせない微笑みを浮かべたまま首を傾げる。
「いかがなさいましたか?」
「………いや、なにも」
少し居心地が悪そうに頭を掻く彼は、朝よりはマシだが、少しだけ眠たそうだ。
(用事、用事、用事………)
必死に彼が言おうとしていることを考えてみるが、結菜にはよく分からない。
「あかりー!帰るよー!!」
「蒼くん!!はーい!!」
結菜の隣の席に座っている女の子が、彼氏に呼ばれて元気よく手を上げながら教室の外に走っていく。
彼女の顔には満面の幸せそうな笑みが浮かんでいて、結菜は少しだけ羨ましいと思いながら、彼女の背中を見送った。
(放課後デートですか、………羨ましいです)
じっと彼女の背中を見つめていたら、結菜は肩を叩かれた。
結菜が肩を叩いてきた陽翔に視線を向けると、彼は左手を差し出してくる。
「ん、………行くんだろ?」
「ーーー」
ぱちぱちと瞬きをした結菜は、おずおずと陽翔の左手に自分の右手を乗せた。
「………行く」
彼に立ち上がらされた結菜は、夢見心地で彼の後に続く。
(………耳が、あつい)
結菜は密かに歩調を合わせてくれている優しい彼の後を歩いて、人生で初めてぼっちじゃない下校をすることになった。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈⬛🐈
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。



社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

忘れられたら苦労しない
菅井群青
恋愛
結婚を考えていた彼氏に突然振られ、二年間引きずる女と同じく過去の恋に囚われている男が出会う。
似ている、私たち……
でもそれは全然違った……私なんかより彼の方が心を囚われたままだ。
別れた恋人を忘れられない女と、運命によって引き裂かれ突然亡くなった彼女の思い出の中で生きる男の物語
「……まだいいよ──会えたら……」
「え?」
あなたには忘れらない人が、いますか?──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる