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捨てましょう

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 びゃーっと泣き出し、床に転がりばぶばぶと両手両足をばたつかせ始めたレアンドルに向けるジュリアンヌの視線は、どんどんどんどん険しくなっていく。

 ———うざ。というか、キモ。

 明らかに表に出し過ぎてしまったのか、ジタバタ暴れていたレアンドルが顔を真っ赤にしてまたまた暴れ出す。

 だがしかし、今回の暴れ方は悪かった。

 時として幼子の癇癪は読みづらいというが、レアンドルの今はまさにそれ。
 婚姻衣装の一環として腰に刺してある美しい剣を抜き去ったレアンドルは、一切の迷いない仕草でジュリアンヌに切りかかる。

 鈍色に輝く刀身がゆっくりと自分の身体に迫ってくるところを、ジュリアンヌどこか遠くの出来事のように眺める。まるで自分の身体が他人のそれになってしまったかのように思うように動かない。

 ———これ、死んだわね。

 それさえも他人事。
 全部全部他人事。

 来るであろう痛みに備えてぎゅっと目を瞑ったジュリアンヌであったが、結局その痛みに襲われることはなかった。
 数十秒ののちに目を開けたジュリアンヌは、目の前にグレーアッシュの髪を持つ精端な男が佇んでいるのを見て、全てを悟った。

「………アレク………………」

 ゆっくりと振り返った彼の顔は静かな怒りに燃えていた。

  ———………初めて見た。

 いつも涼しい無表情で佇む彼の中に潜む激情は、形容し難い恐怖を叩き込んでくる。

「貴様〰︎〰︎〰︎っ!!」

 真っ赤に染め上げた顔を般若のように歪めたレアンドルは、猪のように勢いよく直線的な攻撃をグレーアッシュの髪を持つ男に叩き込まんとする。
 軽くステップを踏んで攻撃を避けた彼の髪がやさしく風に靡く。形の良い額に薄く浮かぶ痘痕の後に、貴族たちが眉を顰める。
 そんな様子に僅かに殺気だったジュリアンヌは、彼がレアンドルの足を引っ掛けたところをバッチリと見てしまった。

「べぶしっ!!」

 マントを踏んづけて勢いよく顔面から床に叩きつけられたようにしか見えない転び方をしたレアンドルが、王子にあるまじき汚れた声を上げる。
 ブフッと吹き出した人数は数えられない。

「ふ、ふふふ、不敬罪でぶっ殺してやるッ!!」
「………王太子ともあろう人間が殺すなどという言葉を使っては」
「お前もだ!!玩具にするにはちょうどいいから奴隷として飼ってやろうと思っていたのに!恩を仇で返すとは酷いやつだ!!」

 隣に佇む彼も殺気が濃くなる。

「………抑えなさい」
「———ジュリアンヌさまはまだこのお国に未練がおありで?」
「………ないですね。わたくしたち姉妹を政略結婚の駒としか捉えないお父さまも、後継ぎを産めなかったお母さまを攻め立て殺した家臣たちも、わたくしに悪意ばかりを向けてくる国民たちも、みんな………、みんな、大嫌いですわ」

 にっこり笑ったジュリアンヌに、彼は満足そうな表情をする。

「———では、この国を捨てましょう」

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読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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