上 下
3 / 9

100回の浮気

しおりを挟む
 うふふっと微笑んだジュリアンヌは、暗器の役割も担っている扇子を自らの腕に当てる。
 瞬間、鮮やかな赤い雫がぽたぽたと純白のドレスにこぼれ落ちる。

「レアンドルさま、おめでとうございます。これで、わたくしたちの間で起こった浮気回数は100回となりました。そして、わたくしのリストカットの数も100本。わたくし、もうあなたのそばにいるのは限界です。なので、婚約破棄のご命令、謹んでお受けいたします」

 王子妃教育で叩き込まれた完璧なカーテシーを披露したジュリアンヌは、呆気に取られた表情のまま固まっているレアンドルとミュリエラを放って、バージンロードの出口に控える執事に頷きかける。

「行きますわよ、アレク」
「はい、ジュリアンヌさま」

 ジュリアンヌがレアンドルに背を向けて歩き始めた瞬間、彼女の腕に強い衝撃があった。

「………レアンドルさま。なんのおつもりですか?」

 鬼の形相で腕にしがみつく元婚約者に、ジュリアンヌは冷ややかな視線を送る。
 もう微笑みかける価値すら見当たらない虫ケラに絶対零度の視線を向けると、一瞬しどろもどろになった彼は、次の瞬間には何事かをぶつぶつと呟き、徐々にくちびるに笑みを浮かべさせ、自信満々に胸を張った。

「はは!そうか!そうか!!そうなのか!!よーしわかったぞー!!」

 そう言ったレアンドルは、ビシッと格好良く決めたつもりであろう痛いポーズを決める。

「ジュリアンヌ!僕に残る最後の君の記憶が縋り付く醜い女になりたくないからってそんな虚勢を張っても、ぜーんぶっ無駄だぞ!!お前がこの僕に婚約破棄されたことによって悲しみに暮れているのは、他ならぬ完璧な事実なのだから!!」

 ———こいつバカなの?

 一応不敬罪になりかねない言葉はお腹の中に飲み込んだジュリアンヌは、けれどこぼれ落ちるため息を飲み込むことまではできなかった。

「貴様!僕にため息とは何様なんだ!!」
「ジュリアンヌさまですわ」

 ギャンギャン地団駄を踏みながら情けなく喚く駄犬王子レアンドルににっこり微笑んだジュリアンヌは、玉座で項垂れ顔を覆っている国王と椅子の中で気を失っている王妃を確認し、同時に視界の端に映る碌でなし父公爵がこの茶番に一切の興味を持っていないことを横目に眺める。

「そもそもお聞きしますが、わたくしがあなたと結婚したいと願う要素がどこにあると言うのですか?」
「は?」
「いやだって、浮気癖がひどくて、物忘れがひどくて、勉強も運動も苦手で、苦手だからやりたくないって駄々捏ねた挙句、できなくても問題ないって言い切るようなドアホで、人望も人徳もなくて、泣き虫で、わがままで………、どこに救いようがあるんですか?と言うか、とりあえず俺様口調で話していれば、世の中は平和に過ごせるなんていうバカな思考はさっさと捨てましょうね。赤ちゃんじゃないんですから」

 顔を真っ赤にしたレアンドルは、やがてアクアマリンの瞳に大粒の涙を溜め込み始める。

「じゅ、」
「じゅ?」
「ジュリーが僕を虐めたああああぁぁぁぁ!!」

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体裁のために冤罪を着せられ婚約破棄されたので復讐した結果、泣いて「許してくれ!」と懇願されていますが、許すわけないでしょう?

水垣するめ
恋愛
 パーティ会場、観衆が見守る中、婚約者のクリス・メリーズ第一王子はいきなり婚約破棄を宣言した。 「アリア・バートン! お前はニア・フリートを理由もなく平民だからと虐め、あまつさえこのように傷を負わせた! そんな女は俺の婚約者に相応しくない!」 クリスの隣に立つニアという名の少女はクリスにしがみついていた。 彼女の頬には誰かに叩かれたように赤く腫れており、ついさっき誰かに叩かれたように見えた。 もちろんアリアはやっていない。 馬車で着いてからすぐに会場に入り、それからずっとこの会場にいたのでそんなことを出来るわけが無いのだ。 「待って下さい! 私はそんなことをしていません! それに私はずっとこの会場にいて──」 「黙れ! お前の話は信用しない!」 「そんな無茶苦茶な……!」 アリアの言葉はクリスに全て遮られ、釈明をすることも出来ない。 「俺はこいつを犯罪者として学園から追放する! そして新しくこのニアと婚約することにした!」 アリアは全てを悟った。 クリスは体裁のためにアリアに冤罪を被せ、合法的に婚約を破棄しようとしているのだ。 「卑怯な……!」 アリアは悔しさに唇を噛み締める。 それを見てクリスの傍らに立つニアと呼ばれた少女がニヤリと笑った。 (あなたが入れ知恵をしたのね!) アリアは全てニアの計画通りだったことを悟る。 「この犯罪者を会場から摘み出せ!」 王子の取り巻きがアリアを力づくで会場から追い出す。 この時、アリアは誓った。 クリスとニアに絶対に復讐をすると。 そしてアリアは公爵家としての力を使い、クリスとニアへ復讐を果たす。 二人が「許してくれ!」と泣いて懇願するが、もう遅い。 「仕掛けてきたのはあなた達でしょう?」

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

「本当の自分になりたい」って婚約破棄しましたよね?今さら婚約し直すと思っているんですか?

水垣するめ
恋愛
「本当の自分を見て欲しい」と言って、ジョン王子はシャロンとの婚約を解消した。 王族としての務めを果たさずにそんなことを言い放ったジョン王子にシャロンは失望し、婚約解消を受け入れる。 しかし、ジョン王子はすぐに後悔することになる。 王妃教育を受けてきたシャロンは非の打ち所がない完璧な人物だったのだ。 ジョン王子はすぐに後悔して「婚約し直してくれ!」と頼むが、当然シャロンは受け入れるはずがなく……。

あなたを愛するなんて……もう無理です。

水垣するめ
恋愛
主人公エミリア・パーカーは王子のウィリアム・ワトソンと婚約していた。 当初、婚約した時は二人で国を将来支えていこう、と誓いあったほど関係は良好だった。 しかし、学園に通うようになってからウィリアムは豹変する。 度重なる女遊び。 エミリアが幾度注意しても聞き入れる様子はなく、逆にエミリアを侮るようになった。 そして、金遣いが荒くなったウィリアムはついにエミリアの私物に手を付けるようになった。 勝手に鞄の中を漁っては金品を持ち出し、自分の物にしていた。 そしてついにウィリアムはエミリアの大切なものを盗み出した。 エミリアがウィリアムを激しく非難すると、ウィリアムは逆ギレをしてエミリアに暴力を振るった。 エミリアはついにウィリアムに愛想を尽かし、婚約の解消を国王へ申し出る。 するとウィリアムを取り巻く状況はどんどんと変わっていき……?

まさか、今更婚約破棄……ですか?

灯倉日鈴(合歓鈴)
恋愛
チャールストン伯爵家はエンバー伯爵家との家業の繋がりから、お互いの子供を結婚させる約束をしていた。 エンバー家の長男ロバートは、許嫁であるチャールストン家の長女オリビアのことがとにかく気に入らなかった。 なので、卒業パーティーの夜、他の女性と一緒にいるところを見せつけ、派手に恥を掻かせて婚約破棄しようと画策したが……!? 色々こじらせた男の結末。 数話で終わる予定です。 ※タイトル変更しました。

貴方が選んだのは全てを捧げて貴方を愛した私ではありませんでした

ましゅぺちーの
恋愛
王国の名門公爵家の出身であるエレンは幼い頃から婚約者候補である第一王子殿下に全てを捧げて生きてきた。 彼を数々の悪意から守り、彼の敵を排除した。それも全ては愛する彼のため。 しかし、王太子となった彼が最終的には選んだのはエレンではない平民の女だった。 悲しみに暮れたエレンだったが、家族や幼馴染の公爵令息に支えられて元気を取り戻していく。 その一方エレンを捨てた王太子は着々と破滅への道を進んでいた・・・

見た目普通の侯爵令嬢のよくある婚約破棄のお話ですわ。

しゃち子
恋愛
侯爵令嬢コールディ・ノースティンはなんでも欲しがる妹にうんざりしていた。ドレスやリボンはわかるけど、今度は婚約者を欲しいって、何それ! 平凡な侯爵令嬢の努力はみのるのか?見た目普通な令嬢の婚約破棄から始まる物語。

「これは私ですが、そちらは私ではありません」

イチイ アキラ
恋愛
試験結果が貼り出された朝。 その掲示を見に来ていたマリアは、王子のハロルドに指をつきつけられ、告げられた。 「婚約破棄だ!」 と。 その理由は、マリアが試験に不正をしているからだという。 マリアの返事は…。 前世がある意味とんでもないひとりの女性のお話。

処理中です...