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1章 幸せの花園

68 王さまになるために生まれてきた少年 (1)

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 黙ったままノアに対して視線さえも向けないエレオノーラは、膝の周りでうろうろとしている愛猫を抱き上げ、頭を優しく撫で上げる。くすぐったそうに首を捩らせる猫を見つめながら、ノアは返事を待つ。

「………あなたが、」

 小さく言葉を切った彼女は、やっと顔を上げた。

「———あなたが、誠実であり続ける事」

 イエローの瞳に魔法の灯火の光がふわりと宿る。
 暖かく、全てを見通すかのようなアーモンド型の瞳には、少し険しい顔をしたノアが映り込んでいる。

「ひどいことをできない心を持っているあなたならば、ひどいことをする政治なんてできない」

 真っ直ぐと見つめてくる彼女は、とても美しい。
 曲がりのない、強い信念を感じる。

「彼の有名な思想家は言いましたわ。
 『心が無い者、自分や他の人の不善を恥じ憎む心がない者、へりくだって譲り合う心のない者、物の良し悪しを分別する心のない者は、人ではありません』と」

 澄んだ声で語られる言葉は、ノアにも聞き覚えがあった。

「だから、今の王であるカイゼンは、———人じゃない」

 はっきりとした拒絶の言葉に、ノアは苦笑する。

「王は、人間が成らなければなりませんわ」

 瞳に一瞬にして宿った深い闇に、ノアは息を呑む。

「………今の王宮は、いや、王国は、そんなにひどい状態なのか」

 疑問形にはしない。
 だって、ノアは、城下で起きている地獄絵図をすでに伝え聞いているのだから。

「ひどい?そんな生やさしいものではありませんわ。まさにあれは、地獄絵図ですわ。他に形容する言葉などありはしません」

 真っ直ぐと向けられた瞳に流れている闇が憎悪であることに気がつくまでに、僅かな時間を有した。それほどまでに、エレオノーラは自らの深い闇に、殺意にまで達してしまっている憎悪をうまく隠していたのだ。

*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

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