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1章 幸せの花園
23 崩せなかったものと貫くもの (1)
しおりを挟むいつもと同じように優しくて、穏やかで、ぬるま湯のような日々が好きでいく。
お風呂場にて、ここ1年ですっかり消え去った隈があったであろう場所を撫でたノアは、すうっと若葉色の瞳を細めてから何事もなかったかのようにジャブジャブと髪を洗う。
王宮では常に誰かに洗ってもらっていた、洗ってもらって当然で合ったものを自分で洗うという行為には、どこかやっぱり違和感を抱える。
「………そろそろ、か………、」
ぼそっと呟いたノアは、鏡に向かってムニムニと表情を操り喜怒哀楽、そしてその他の細やかな表情の練習をする。
「………軽やかで穏やかな笑みの『喜び』、………冷たく冷酷な無表情の『怒り』、………寂しくて悲しくて押しつぶされそうなのに健気な笑みを浮かべる『哀しみ』、………僅かに子供っぽさがのぞくちょっと大きめの笑みの『楽しみ』」
王宮にいた頃は専属の教師が何人もついて、徹底的に制御することを覚えたせられた表情たち。ここ1年で使うことをめっきりと減らしていたこの表情たちだが、ティアラがここで暮らすようになってからは、よく引っ張り出すようになっていた。
「………やっぱりほっぺたが疲れるな………………、」
むにむにぐりぐりとツボを押すように指で顔をマッサージしながら、ノアはさびしそうにくちびるを噛んで笑みを浮かべる。
「………やっぱり、僕は“疫病神”なんだね」
どこまでもさびしそうな表情なのに、口調には諦めだけが滲んでいる。
ノアの見つめる鏡には、涙をぼろぼろと流しながらナイフを握っている、1人の少女が写っている。
少女が所在なさげにくちびるを戦慄かせているのを鏡越しに見つめたノアは、小さくため息を吐いた。
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