上 下
2 / 16

1 出会い

しおりを挟む
▫︎◇▫︎

 群青160年、王城の奥深くにある後宮では、漆黒の夜を揺るがす女の甲高い声が響いていた。

「あははっ!!あははははっ!!卑しいお前には地べたがぴったりよ!」

 王妃が高らかな声をあげながらボロ布のような少女の身体を高いヒールの木靴で踏みつける。
 鞭をしならせては少女の身体を強く打ち、鮮血を撒き散らす。

(………いたいの)

 ぼろぼろと命が溢れていく感覚は、少女が生まれた時から感じ続けているもの。
 でも、痛いものは痛いし、辛いものは辛い。泣けばもっとひどく殴られるし、呻けば強く踏んづけられる。だから、少女は必死に耐える。ただただ無言で耐え続ける。
 そうすれば、王妃はひとしきり殴ったり蹴ったりすると満足してお部屋に戻っていく。

「………そこにいるのはだぁれ?」

 誰もいなくなった後宮の奥深くにある埃っぽい物置部屋にて、少女はガラス玉のような琥珀の瞳を虚空に向けて話す。

「へぇ~、君、よく気づいたね」

 すると、そこからは1人の少年が現れる。

「君、なんでこんなところにいるの?王女だよね?」
「知らないの。でも、ここに男のひとはいちゃいけないから、早くたちさるべきなの」
「………君は僕のことを誰かに話すのか?そうすれば、君はご褒美を、」
「シアはなんにも知らないの。なんにも見ていないし、聞いていない。だから、さっさと視界からきえるべきなの」
「賢いね、君」
「………………」

 モップのようにゴワゴワした黒っぽい髪をうざったらしそうに後ろに持って行った少女アリシアは、金髪碧眼の少年に無表情を向ける。

「ここは“まくつ”なの。いいことはなぁんにもない。だから、………あなたみたいな子は来るべきじゃないの」

 どこまでも透き通った王家の直系たる琥珀の瞳に、少年の意識は吸い込まれる。どんなに不条理でも不幸でもめげない精神に、他人を思いやる心に、少年ヨハンはふっと笑った。

「1週間待て。そうすれば君は自由になれる」
「ふようなの。シアにとって、中もお外も、けっきょくはやさしくないの」
「そうだな。でも、ここよりは楽だぞ?」

 アリシアは空虚な瞳で天井を見上げる。ぼろぼろで今にも崩れそうな天井からは、うすら笑うくちびるのような形をした月が淡く光っていた。

「………ここは、いたいのだけをがまんしたら生きていけるの。あめかぜも防げるし、腐ってるけどごはんもあるの。だから、シアはこれで満足なの」

 眩しい世界なんていらない。
 快適なお家なんていらない。
 美味しいご飯なんていらない。
 美味しいお水なんていらない。
 ただ生きてさえいれば、それでいい。

 空虚な琥珀の瞳がぼうっと三日月を見つめ続ける。

(………きれいなの………………)

 導かれるようにして右手を伸ばす。
 治療も何もされていない血だらけの腕は、いくつもの生々しい傷跡があり、化膿してしまっている。左手はうまく上がらない。数日前に何度も何度も踏まれたせいで多分肩の骨が折れてしまったのだ。

「………………君、熱出てない?」
「ちょっとあついの。でも、平気なの。シアは、だいじょーぶなの」

 月を見上げたままアリシアはただただ惰性的に過ごす。

「あなたはね、もうここにはきたらダメなの。シアは何も知らないから、シアは………何も覚えていないから」



*************************

読んでいただきありがとうございます🐈🐈🐈

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚者(バカ)は不要ですから、お好きになさって?

海野真珠
恋愛
「ついにアレは捨てられたか」嘲笑を隠さない言葉は、一体誰が発したのか。 「救いようがないな」救う気もないが、と漏れた本音。 「早く消えればよろしいのですわ」コレでやっと解放されるのですもの。 「女神の承認が下りたか」白銀に輝く光が降り注ぐ。

わたしの婚約者は婚約破棄を回避したいらしい

真咲
恋愛
悪役令嬢セレナの婚約者、アルマンが主役です。惚気たり惚気たり惚気たり。鈍感なセレナの勘違い行為を止められるのか……。 さらっと読めるSSですです! オチが弱いかも……。

わがままな私に下される罰は?

下菊みこと
恋愛
わがまま放題のご令嬢が、実はみんなから愛されていただけ

婚約者に駆け落ちされた結果

下菊みこと
恋愛
婚約者に結婚式当日に駆け落ちされた結果のお話。結果的にはみんな幸せ。ざまぁなし。納得できるかは人によります。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】ツンデレ一家の深い愛情を受けて育った伯爵令嬢(仮)です。このたび、婚約破棄されまして。

雪野原よる
恋愛
義父「お前は養女なんだからな、必要なものは黙ってないで言え!」 義母「貴方のために、わざわざお部屋を用意したわけじゃありませんからね」 義兄「……お前になんて見惚れてない」 義妹「……姉様って呼びたいだなんて思ってないんだから」 ──あまりに分かりやすいツンデレ一家に養女として引き取られた私は、深い愛情を注がれて、とても幸せに暮らしていた。だから、彼らに何かお返しがしたい。そう思って受け入れた婚約だったけれど……  ※頭を空っぽにして書いたので、頭を空っぽにしてお読み下さい。  ※全15話完結。義兄エンドです。

コルセットがきつすぎて食べられずにいたら婚約破棄されました

おこめ
恋愛
親が決めた婚約者に婚約を破棄して欲しいと言われたクリス。 理由は『食べなくなった』から。 そんな理由で納得出来るかーーー!とキレつつも婚約破棄自体は嬉しい。 しかしいつものように平民街の食堂で食事をしているとそこに何故か元婚約者が!? しかも何故かクリスを口説いてくる!? そんなお話です。

処刑される未来をなんとか回避したい公爵令嬢と、その公爵令嬢を絶対に処刑したい男爵令嬢のお話

真理亜
恋愛
公爵令嬢のイライザには夢という形で未来を予知する能力があった。その夢の中でイライザは冤罪を着せられ処刑されてしまう。そんな未来を絶対に回避したいイライザは、予知能力を使って未来を変えようと奮闘する。それに対して、男爵令嬢であるエミリアは絶対にイライザを処刑しようと画策する。実は彼女にも譲れない理由があって...

婚約破棄されたので、契約不履行により、秘密を明かします

tartan321
恋愛
婚約はある種の口止めだった。 だが、その婚約が破棄されてしまった以上、効力はない。しかも、婚約者は、悪役令嬢のスーザンだったのだ。 「へへへ、全部話しちゃいますか!!!」 悪役令嬢っぷりを発揮します!!!

処理中です...