11 / 18
11 彼女との逢瀬と約束
しおりを挟む2度目に彼女こと“フローラ”に出会った時、僕はとても嬉しかった。
ルールなんてものは1回破ってしまえば2度目以降に破ることの忌避感を軽減してくれる。
だからだろうか、僕は簡単に彼女に話しかけることができた。
「あっ!フローラさん!!」
手招きをして彼女に声をかけると、彼女は心底困ったような顔をしながらも渋々僕の元に来てくれた。
それがどれだけ僕にとって嬉しいことか、フローラはちゃんと分かってくれているのだろうか。
「………ご機嫌よう」
「こんにちは!!」
すとんと彼女が腰を下ろすと、可愛らしい真っ白なワンピースの裾が花畑に広がった。可愛らしいデザインのワンピースは、彼女の愛らしさを何倍にも引き立て、それでいて彼女の神々しさを際立たせている。
それに何より、彼女が好きな花であるカンパニュラにとても映えた。
あまりの可愛さに言葉を失っていると、彼女は不思議そうにし始めた。
僕は慌てるようにして話題を探して、そして彼女に名乗っていなかったことを思い出した。
彼女は偽名であっても、僕は本名を名乗りたい。
そう思った結果、僕は名乗る名前はあっという間に決まった。
母国では祖父母、両親や兄弟、姉妹、恋人や伴侶にしか許さない特別な名前、ミドルネームこそが彼女に名乗るに相応強いと。
「アンソニー。“僕”の名前はアンソニーだよ」
にっこりと笑って名乗ると、彼女はふわっと微笑んだ。
まるで花の女神のようだ。
「綺麗名前ね。お花の名前だわ」
彼女のたった一言に、僕の心は浮き足立つ。
「でしょう?僕も気に入っているんだ。小さい頃はなよなよしい感じがして嫌いだったんだけどね~」
「………………」
「フローラさんは自分の名前が好き?」
「えぇ」
「ねえ、今日はどうしたの?」
「………暇だったから」
「休暇?」
「えぇ」
元気マックスな僕とは正反対に、彼女はとても落ち着ききっている。話し方の端々に出てくる感情をしっかりと読みながら、僕は彼女との逢瀬を楽しんでいる。
ふっと、花を撫でている彼女の手元に視線が行った。
「お花、手折らないの?」
「えぇ」
「持って帰りたいとは思わないの?」
「えぇ」
とても優しい表情になった彼女に、僕の鼓動は高鳴ったまま降りて行かない。
「カーネーション?」
いじいじと花を触り続けている彼女がじっと見つめたままでいる花に、僕は視線を向けて首を傾げた。
「えぇ」
「好きなの?」
「えぇ」
「なんで?」
「お母さんの名前がネルケだから」
さらりと言われた言葉に、僕の鼓動はドクンと音を立てる。
『ネルケ』
それは古い言葉でカーネーションを意味する言葉であり、僕の亡くなったと言われている奔放な叔母の名前だ。
「ーーーそっか」
声に出しながらも、僕の背筋には冷たい汗が流れた。
どうして前回会った時に気が付かなかったのかと僕は己を叱咤した。
僕は幼い頃から彼女とよく似た女性の肖像画を見てきたではないか。
ふわっと風が舞い上がって、僕は全く違う話題を探す。
でも、見つかったのはとてもつまらない質問で、自分で聞いておきながら、なんて馬鹿な質問なんだと自分を殴り飛ばしたくなった。
「ねえ、君は昨日何人殺したの?」
「覚えてないわ」
「この花はちゃんと守られるのかな」
「………守りたいわね」
「僕も守りたい」
「そう」
戦争禁止区画といえども、絶対に守られるという確証はない。いずれここが戦禍に巻き込まれる可能性は十分に存在しているし、そうならない可能性もある。
僕はこの地が未来永劫存在していたらいいのにと思った。
未来永劫、戦争の硬直状態が続けばいいのにと思った。
そうすれば、僕はフローラとの逢瀬を続けられる。
愛しの彼女の隣に座ることができる。
僕が望む幸せな空間が、ここには広がっていた。
ふとちょっとした悪戯を思いついて、僕は青い宝石がついた磨き上げられた小さな木の杖を前に振り翳して水魔法の詠唱を行った。
僕に首を傾げた彼女に悪戯っ子のように笑って、作り出した小さくて低空を飛行している雨雲を向こう側の花の方に持って行く。
「『水よ水。我が願いを叶えたまえ』」
「?」
「お水やりしようと思って」
「………………」
次の瞬間、僕が作り出した雨雲から雨が降り出して、花に優しく降り注ぐ。
「聖魔法と水魔法の混合魔法………」
最も簡単に見破った彼女に、僕はほんの少しだけ驚いた。
「よく分かったね」
「………………」
やっぱり、彼女は叔母上の娘なのかもしれない。
そうでなければ、ディステニーの兵士なのにも関わらず、魔法の知識なんて持っているはずがない。
じっと探るように見つめていると、彼女はため息をついて右手の薬指に嵌めている銀製の青い小さな宝石のついた指輪を撫でながら、小さく口を開いた。
「『水よ水。我は雨雲を望む者なり。花々にお水を与えたまえ。小さな雲、降り注ぐ優しいお水。我は望む、花を慈しむ雨雲を』」
「ーーー君も魔法使いなんだ」
「………一応」
決して高度な魔法ではない。
詠唱も魔力の使い方も荒削りだし、使用しているのは水魔法のみだ。
けれど、彼女の魔法には圧倒的な暖かさとセンスを感じた。
彼女は、僕をも上回る魔法使いになるかもしれない………!!
ぱちぱちと瞬きをしながら考えていたら、彼女は真っ直ぐと僕を見据えて願いを告げてきた。
「………魔法、教えて」
願ってもないお願いだ。
僕はにっこりと笑って、彼女に頷く。
「ーーーいいよ。そのかわり、剣を教えて」
僕がずっと欲しかった能力を、彼女は持っている。
だからこそ、圧倒的センスを持っていると分かっている彼女に、僕は希う。
でも、彼女は案外乗り気意ではないようだ。
僕は彼女に教えてもらうために、少しだけ上目遣いにして彼女にすがる。
「僕、剣は習っちゃダメなんだ。今は自己流」
一瞬だけ考え込んだ彼女は、やがて頷いた。
「………いいよ。簡単なものでいいなら」
「やったっ!」
ついついガッツポーズをすると、彼女は優しく笑った。
「ここには3日に1回集合でいいのかな?」
はやる気持ちを抑えることができずにうずうずと尋ねると、彼女はゆったりと頷いた。
「………いいよ。来れない時は………」
「その時はその時で」
「分かったわ」
紫紺を混ぜ込み始めた空を見上げながら、彼女は先に立ち上がる。
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてしまうものらしい。
僕は悔しい気持ちを抑え込みながら、彼女の背中を見送る。
「じゃあね、アンソニー」
「うん。………またね、フローラさん」
「………『さん』は要らないわ。むず痒いもの」
ぱたぱたと手を振ると、彼女はくすっと笑って手を振ってくれた。
可愛い。
後ろから噴き上げる風が、なんだかとても心地よかった。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈⬛🐈
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

【完結】皇女は当て馬令息に恋をする
かのん
恋愛
オフィリア帝国の皇女オーレリアは和平条約の人質として敵国レイズ王国の学園へと入学する。
そこで見たのは妖精に群がられる公爵令息レスターであった。
レスターは叶わぬ恋と知りながらも男爵令嬢マリアを見つめており、その姿をオーレリアは目で追ってしまう。
暗殺されそうになる皇女が、帝国の為に働きながらもレスターへの恋をつのらせていく(予定)のお話です。

夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない
曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが──
「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」
戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。
そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……?
──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。
★小説家になろうさまでも公開中
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる