9 / 18
9 手負の獣のいる戦場
しおりを挟む▫︎◇▫︎
大鎌で炎を切って、私は足場の悪い獣道を躊躇い物なく全力疾走で直進する。
すれ違う敵兵を躊躇いもなく真っ二つにする様は、間違いなく『戦姫』よりも『死神』という言葉の方が似合いそうだ。
我ながらなかなかに上手なネーミングセンスに、乾いた笑いがこぼれる。
走って走って走った先に、私の待ち望み場所は存在しているはずだった。
けれど、実際のところ、そんなものはもう存在していなかった。
昨日まであった“奇跡”は、今日にはもう無くなっていた。
私の目の前に広がっているのは予想よりも最悪な状況であり戦況だった。
3つ、否、2つの国が戦っている。
森を、花畑を守るように戦うヴァルキリー王国と何もかもを破壊する覚悟で戦うヴィクトリア公国。
『手負の獣ほど危険なものはない』という教訓が、私の頭をこだました。
「チッ、」
ここ数日で戦況が一気に変動した理由は、ヴィクトリア公国の公王の死去によるものだった。どうやらディステニーの暗部が毒殺したらしい。
文明国家の中でもズバ抜けて最も賢く、戦場の指揮を遠隔で行っていた公王の死後、ヴィクトリア公国は見境がなくなり、まさに手負の獣と化してしまった。
私はそんな状況を楽観視していた。
大丈夫だろうと踏んでいた。
指揮者なき今、兵士には戦い抜く力がないだろうと判断していた。
でも、彼らは想定していた中で最も最悪なエンディングを選択してしまった。
何もかもを破壊して、全てを道連れにして行く道だ。
こうされてしまえば、圧倒的な技術力を持つ彼の国にディステニーにヴァルキリーもなす術もなく蹂躙されてしまって終局を迎えることになるだろう。
ーーーバーン!!
無慈悲な音と共に世界がどんどん破壊されて行く。
「っ、」
咄嗟の判断で大鎌を振るって攻撃を風圧によって切るが、どうにもならない。どんどん迫り来る攻撃は、私の体力をも削ぎ落とす。
ヴィクトリア公国の戦士はヴァルキリー王国の戦士によってどんどん殺されていっている。複雑でいて残虐な魔法は、時に文明をも超える。
正直に言って、この3カ国の中で最弱なのは肉体のみを鍛え上げる精神論などしか持ち出さないディステニー帝国だろう。
本当に情けなくなってくる。
「発射よーい!!」
ヴィクトリア公国の兵士の高らかな声と共に、今までの兵器とは見た目から明らかに違う兵器が構えられる。
頭の中にけたたましい警鐘が鳴り響く。
直感的に感じる死。
絶望的な生存確率。
私はくちびるを噛み締めて、私を覚悟する。
でも、なんとなく、それは違う気がした。
ぐっと相棒である大鎌を握りしめて、私はちゅっと口付ける。
「………もう少しだけ、一緒に戦ってくれる?」
ずっと重たくなっていた大鎌が、少しだけ軽くなった気がした。
私は大鎌をぶんと勢いよく振り回してから柄の下をぐさっと深く地面に刺し、大きな青い魔石に向かって詠唱をする。
「『風よ風。水よ水。我、我が身を守る盾を望む。激し炎を、風を、ありとあらゆる攻撃から我を守る盾となれ!!』」
ーーー詠唱が終わった瞬間、私の世界は白く染まった。
痛み、苦しみ、熱さはほんの一瞬で、私の身体は地面に倒れ込んでいた。
右手の感覚がないし、肋が筆舌し難いほどに痛い。
どくどくと命がなくなって行く感覚がする。
「フローラ!!」
大きな声と共に、ぼろぼろの青年が走ってくる。
痛む身体を叱咤して視線を動かすと、彼の後ろにはたくさんの兵士の屍があった。彼以外は、敵味方関係なく大きな攻撃を行う新兵器の攻撃を防ぎきれなかったのだろう。
本当に、彼の魔法は規格外だ。
魔法を教えてもらったからこそ分かった彼のすごさを、私はこんな死期に向かう場所で実感した。
あんな攻撃を受けてなお服がぼろぼろになりつつも平然としている彼に、驚いた。
「………あん、そにー」
けほっと口からも私の大切なものが溢れ落ちる。
今にも泣きそうな顔をしている彼は、味方を捨てて私の方に来たようだ。
本当に、味方を置いてここまで走ってきた私が言えた義理でもないが、『将軍』失格ではないだろうか。
「ーーーなにを、しに来たの、ですか。………てお、どーる・あんそ、にー・ゔぁる、きりー」
私はこの時初めて、拒絶の意味を込めて彼の本名を告げた。
ずっと前から気がついていた彼の本当のお名前。
私の母、忘れ去られたヴァルキリー王国第3王女エミーリエ・ネルケ・ヴァルキリーの甥であり、私の従兄弟にあたる敵国ヴァルキリー王国の第7王子テオドール・アンソニー・ヴァルキリー。
ぼたぼたと命がなくなっていく。
痛くて苦しくて、早く時間が経ってくれないかと身体は悲鳴をあげているのに、心は彼との逢瀬を喜んでいた。
この場所には、もう彼との思い出にものは残っていない。
でも、最期に彼に会えて、私はとても嬉しかった。
しかし、私は今、彼の敵国の将軍であり戦姫だ。
そんなことはおくびも出してはいけない。
「………フローラ」
将軍としての格好を見てなお、私の名前を愛おしいものを呼ぶ声で、表情で、雰囲気で呼ぶ彼に、私は苦笑する。
そんな気力が残っていたことに、私は我ながら驚いた。
私の今の格好は見るも無惨だろう。
多分右手はもう千切れているし、肋は折れているから、腕周りも腹回りも血だらけ。足の感覚があることすらも不思議な状態だ。
見られたくなかった。
ズボン姿の私なんて。ましてや、軍服姿の私なんて。
「………今、治すから」
そう言った彼は至極真面目な表情で、私は一瞬拍子抜けした。
「ふふっ」
「なに?」
「いい、え?………おなかは、どうなっても、いいから、て、から、なお、して?」
少し怖い顔をした彼に、私は笑った。
治せるものなら治してみるといい。こんな傷、治りっこない。どうせ死にゆく運命ならば、私は自分の手が欲しい。
「っ、そんなこと許すわけないだろ!?」
彼が魔法を使ったからか、少しだけ呼吸が楽になった。
「右手は、商売道具だから、………いるの」
「必要ない!!」
絶望のような絶叫に、私は苦笑した。
「絶対に死なせない!!」
彼の地を這うような低い怒りのこもった叫びを最後に、私のどうにか保っていた意識は、深い眠りへと落ちていった。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈⬛🐈
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説

夫は私を愛してくれない
はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」
「…ああ。ご苦労様」
彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。
二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
君は妾の子だから、次男がちょうどいい
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。
藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。
何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。
同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。
もうやめる。
カイン様との婚約は解消する。
でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。
愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません!
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。

【完結】白い結婚はあなたへの導き
白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。
彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。
何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。
先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。
悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。
運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる