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6日目、私の最後
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▫︎◇▫︎
あなたは明日死ぬならば、何がしたいですか?
ーーー私は、好きな人と一緒にいたい。
たとえそれが、自らの寿命を削ることになったとしても、私は彼と共にいる時間を大事にしたい。
奏馬くんのために作ったキーホルダーを握りながら、私は苦笑する。だんだんと動かなくなってしまった私の手では、思うように綺麗な縫い目を紡ぐことはできなかった。
サッカー日本代表のユニフォームを着せた柴犬のマスコットの背中には、彼が背負いたいと願っていた10番と彼の名前を刺繍している。
「けほっ、けほっ、」
咄嗟に口元に布を当てると、真っ白だった布は赤く染まっていく。
「………屋上に、連れて行って」
「あゆみちゃん………」
「お願い。私は、最後まで奏馬くんの隣に………!!」
じわじわと涙が滲む瞳で希うと、看護師さんはぐっとくちびるを噛み締めてから私の手に繋がっている点滴パックを丁寧に除けながら、私に肩を貸してくれる。残り2日でここまで弱りきってしまうとは思ってもみなかった。
「ねえ、………私、明日には死ぬんだよね」
「………………」
何も言わないのが何よりも雄弁で、私は苦笑する。
何度も何度も、来る日も来る日も点滴を繋ぎ続けていた私の腕は、紫色に染まっている。痛々しい点滴の刺し跡の数々は、それだかけ長い間私がこの病気と闘い続けた証だろう。
この病気とは生まれた時からの付き合いだ。だから、この痛みも、苦しみも、私が生まれた時から付き合っているもの。
もう、相棒みたいなものだ。
けれど、今胸の中にある新しい痛みは、たった1週間前に患ったもの。
彼のことを考えるだけで、ぎゅうっと痛くなる胸は、苦しくて悲しくて辛いのに、どこか誇らしくて愛おしい。
『恋は病』という言葉は、なんとなくしっくりとくる気がする。
こんなにも痛くて辛いのに、愛おしくて仕方がない。大事にしたくて仕方がない。
私の、大事な大事な宝物。
「もう、着くわよ」
「うん。ありがとう。帰りは自力で帰ってくるね」
にっこりと笑ってお礼を言うと、看護師さんは困ったように微笑んだ。
「彼の記憶の中の私はね、ずっとずっと笑顔でいたいの。昨日は泣いちゃったけど、今日は笑っていたい。記憶の中に少しでも残り続ける顔が泣き顔だなんて、そんなの嫌でしょ?」
悪戯っ子のようにくちびるに人差し指を当ててにこっと笑うと、看護師さんは泣き笑いをした後、屋上へ入る扉に背を向けて歩き出した。
私は大きく息を吸って、うまく制御できなくなってきている表情筋を必死に動かす。しゃらんと耳元で私が唯一持っているイヤリングが揺れて、私に元気を与えてくれる。
「たーのもー!!」
大きな声は出なかった。
でも、精一杯の元気な声が出せたと思う。
「よう」
片手を上げて迎え入れてくれた彼は、淡く微笑んでいた。
「来るの遅くなってごめんね。ちょっと看護師さんと揉めちゃって、」
「気にするな」
よしよしと頭を撫でてくれた彼は、あぐらをかいてその上に私を乗せた。
「?」
「………無理すんな」
どうやら体調不良がバレてしまっていたらしい。
彼なりの不器用な優しさが、痛みの広がっていた胸にじんわりと沁みる。
ーーー暖かい。
微睡むような暖かさは、私の心を、理性を、どろどろに溶かしていく。
ずっとこのままならいいのにとしか思えない現状は、明日には消え失せるのだろう。そう思うと、苦しくて辛くて、泣きそうになってしまう。
「………すき」
口からこぼれ出した言葉は、意識したものだったのか、無意識だったのかは分からなかった。身体が痙攣し始めたのを感じながら、動かない身体を叱咤して、私は彼の手にマスコットを乗せる。
「………君がボールを蹴る姿、見てみたかったな………。かはっ、」
別れは唐突で、病気は言うことを聞いてくれない。
嫌と言うほどに実感していたはずだ。知っていたはずだ。無理をし過ぎた身体は、もう全く言うことを聞いてくれない。口からごぼごぼ生命がこぼれ落ちていく。
慌てて叫ぶ奏馬くんの声が聞こえるけれど、私は何も言えない。
最後の力を振り絞るようにして身体を持ち上げて、私は血に濡れた真っ赤なくちびるを彼のそれに重ねる。
「そう、ま………」
驚いて、けれど、柔らかく微笑む彼の顔は、やっぱり国宝級だ。
「俺も、お前のことが、ーーーあゆみが好きだよ」
くしゃっと顔を歪めた彼の顔を見つめながら、私は初めて彼が名前を読んでくれたなと噛み締めて、そして漆黒の闇に飲み込まれていったーーー。
*************************
読んでいただきありがとうございます🐈🐈⬛🐈
あなたは明日死ぬならば、何がしたいですか?
ーーー私は、好きな人と一緒にいたい。
たとえそれが、自らの寿命を削ることになったとしても、私は彼と共にいる時間を大事にしたい。
奏馬くんのために作ったキーホルダーを握りながら、私は苦笑する。だんだんと動かなくなってしまった私の手では、思うように綺麗な縫い目を紡ぐことはできなかった。
サッカー日本代表のユニフォームを着せた柴犬のマスコットの背中には、彼が背負いたいと願っていた10番と彼の名前を刺繍している。
「けほっ、けほっ、」
咄嗟に口元に布を当てると、真っ白だった布は赤く染まっていく。
「………屋上に、連れて行って」
「あゆみちゃん………」
「お願い。私は、最後まで奏馬くんの隣に………!!」
じわじわと涙が滲む瞳で希うと、看護師さんはぐっとくちびるを噛み締めてから私の手に繋がっている点滴パックを丁寧に除けながら、私に肩を貸してくれる。残り2日でここまで弱りきってしまうとは思ってもみなかった。
「ねえ、………私、明日には死ぬんだよね」
「………………」
何も言わないのが何よりも雄弁で、私は苦笑する。
何度も何度も、来る日も来る日も点滴を繋ぎ続けていた私の腕は、紫色に染まっている。痛々しい点滴の刺し跡の数々は、それだかけ長い間私がこの病気と闘い続けた証だろう。
この病気とは生まれた時からの付き合いだ。だから、この痛みも、苦しみも、私が生まれた時から付き合っているもの。
もう、相棒みたいなものだ。
けれど、今胸の中にある新しい痛みは、たった1週間前に患ったもの。
彼のことを考えるだけで、ぎゅうっと痛くなる胸は、苦しくて悲しくて辛いのに、どこか誇らしくて愛おしい。
『恋は病』という言葉は、なんとなくしっくりとくる気がする。
こんなにも痛くて辛いのに、愛おしくて仕方がない。大事にしたくて仕方がない。
私の、大事な大事な宝物。
「もう、着くわよ」
「うん。ありがとう。帰りは自力で帰ってくるね」
にっこりと笑ってお礼を言うと、看護師さんは困ったように微笑んだ。
「彼の記憶の中の私はね、ずっとずっと笑顔でいたいの。昨日は泣いちゃったけど、今日は笑っていたい。記憶の中に少しでも残り続ける顔が泣き顔だなんて、そんなの嫌でしょ?」
悪戯っ子のようにくちびるに人差し指を当ててにこっと笑うと、看護師さんは泣き笑いをした後、屋上へ入る扉に背を向けて歩き出した。
私は大きく息を吸って、うまく制御できなくなってきている表情筋を必死に動かす。しゃらんと耳元で私が唯一持っているイヤリングが揺れて、私に元気を与えてくれる。
「たーのもー!!」
大きな声は出なかった。
でも、精一杯の元気な声が出せたと思う。
「よう」
片手を上げて迎え入れてくれた彼は、淡く微笑んでいた。
「来るの遅くなってごめんね。ちょっと看護師さんと揉めちゃって、」
「気にするな」
よしよしと頭を撫でてくれた彼は、あぐらをかいてその上に私を乗せた。
「?」
「………無理すんな」
どうやら体調不良がバレてしまっていたらしい。
彼なりの不器用な優しさが、痛みの広がっていた胸にじんわりと沁みる。
ーーー暖かい。
微睡むような暖かさは、私の心を、理性を、どろどろに溶かしていく。
ずっとこのままならいいのにとしか思えない現状は、明日には消え失せるのだろう。そう思うと、苦しくて辛くて、泣きそうになってしまう。
「………すき」
口からこぼれ出した言葉は、意識したものだったのか、無意識だったのかは分からなかった。身体が痙攣し始めたのを感じながら、動かない身体を叱咤して、私は彼の手にマスコットを乗せる。
「………君がボールを蹴る姿、見てみたかったな………。かはっ、」
別れは唐突で、病気は言うことを聞いてくれない。
嫌と言うほどに実感していたはずだ。知っていたはずだ。無理をし過ぎた身体は、もう全く言うことを聞いてくれない。口からごぼごぼ生命がこぼれ落ちていく。
慌てて叫ぶ奏馬くんの声が聞こえるけれど、私は何も言えない。
最後の力を振り絞るようにして身体を持ち上げて、私は血に濡れた真っ赤なくちびるを彼のそれに重ねる。
「そう、ま………」
驚いて、けれど、柔らかく微笑む彼の顔は、やっぱり国宝級だ。
「俺も、お前のことが、ーーーあゆみが好きだよ」
くしゃっと顔を歪めた彼の顔を見つめながら、私は初めて彼が名前を読んでくれたなと噛み締めて、そして漆黒の闇に飲み込まれていったーーー。
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