21 / 28
6章:永き夢想の果て
4
しおりを挟む
まだ日本人が着物姿であった遠い昔。まだ妖怪が物の怪の呼び名であった頃、昊はいつの間にか物の怪として生まれていた。生まれた場所は今でいう辰野。自分が只のホタルであったことを知っているが、何を持って物の怪になったのか……。いつも考えていた。
「僕は、どうして物の怪になったんだっけ?」
仲間たちに聞いても、分かるものなどおらず、一人で考えるのが日常だった。
だがそんな昊にも楽しみがあった。毎年、ある時季にあった人間との交流だ。
ホタルは綺麗な河原を住処とする。そこに人間がホタルを鑑賞しに来るのだ。その時、身なりを変えたりして人間に紛れ人間と話をする。それが昊に取っての楽しみだった。
時代が変わっても、その時季になると人間が訪れる。時折仲間を捕まえ持って行ってしまう人間もいたが、後をついて行き、目を離した隙に逃がしたりした。自身は物の怪であるから人間の隙を突く等朝飯前だった。
そんなある時、鑑賞の時季でもないのに、一人の年老いた男が河原に訪れていた。昊は興味本位で近づき彼と話をした。お爺さんは昊の世間知らずな物言いや行動に、腹を立てる事はなくいつも穏やかだった。
「ねぇ、お爺さん。信じてもらえないだろうけど……僕は物の怪なんだ。それでね、どうして僕は物の怪としてここにいるんだろうって、ずっと考えて来たんだ。でも何も分からなくて……」
「うーむ、そうだねぇ……。昊、きっとお前が人間のことを好きだからだろう。好きでもなければ、姿なんて見せないし、人間を食べるんだろう?」
お爺さんの言葉に昊はようやく納得がいった。そうだ自分は虫であったあの頃から、人間が好きだった。いつも面白い話を知っていて、色んな場所に行けて、苦しくても助け合って……。そんな人間が昊は好きだったし憧れていた。だから、自分も人間に近いモノに成れたらきっと楽しいはず、とそんな楽観的思考で物の怪になったのだ。
昊は自分の考えが可笑しく吹き出して笑った。
「昊、人間は良い奴ばかりではない。きっとお前達に害を為す連中は現れる。避けては通れない。それでも、人間がこれからも好きだと思えるかい?」
「うん。多分!」
多分と言葉を付けた昊に、今度はお爺さんが笑った。一頻り笑ったお爺さんは、咳払いをすると立ち上がる。
「その時にならないと分からんしなぁ。さて、ワシはもう帰るとしよう。ありがとうな、昊。お前さんと話せてとても楽しかった。だが、これだけは覚えておいて欲しい。『壊す人間は必ずいるが、守る人間も必ずいる』だから、どうかお前が好きな人間を信じてやっておくれ」
「うん、分かった」
お爺さんは「達者でな」と手を振り帰っていった。
それから、お爺さんは二度とこの河原に訪れる事はなかった。
風の噂でお爺さんが亡くなったと知ったのはいつだったか──。
「ありがとう。お爺さん、お元気で」
その言葉は響くことなく風にかき消された。
お爺さんが眠りにつき、いくつもの年を越え、時代も移り変わり、やがて着物から洋服へと変わった。道が舗装され、馬ではなく車が走るようになり、便利になっていくと同時にどんどん町並みが変わって行く。
だが決して良いことばかりではなかった。仲間が大勢、寿命よりも早く死んでいく。自分達が住めない程水が汚れていた。昊は何も出来なかった。人間に訴えようと近づいても、誰もこちらに気付く事なく素通りされる日々。
もう人間には見えていない……。死にゆく事は分かっている、だけど、これは殺戮とどう違うのだろう?
あの日、教えてくれたお爺さんはもういない。一人きりで消えて行ってしまうのだろうか。手の中にいる仲間は冷たくてとても軽かった。
「僕たちの生命は、軽かったのかな……」
足元から崩れていく、楽しく美しかったかつての世界の記憶。
昔は、あの頃は、分かっていたはずだったのに、今は何がシアワセなのか分からない。
自分の死期が近づいている。
変わりきってからしか気付けないのだ。後戻りなど出来ない事に。
「僕は、どうして物の怪になったんだっけ?」
仲間たちに聞いても、分かるものなどおらず、一人で考えるのが日常だった。
だがそんな昊にも楽しみがあった。毎年、ある時季にあった人間との交流だ。
ホタルは綺麗な河原を住処とする。そこに人間がホタルを鑑賞しに来るのだ。その時、身なりを変えたりして人間に紛れ人間と話をする。それが昊に取っての楽しみだった。
時代が変わっても、その時季になると人間が訪れる。時折仲間を捕まえ持って行ってしまう人間もいたが、後をついて行き、目を離した隙に逃がしたりした。自身は物の怪であるから人間の隙を突く等朝飯前だった。
そんなある時、鑑賞の時季でもないのに、一人の年老いた男が河原に訪れていた。昊は興味本位で近づき彼と話をした。お爺さんは昊の世間知らずな物言いや行動に、腹を立てる事はなくいつも穏やかだった。
「ねぇ、お爺さん。信じてもらえないだろうけど……僕は物の怪なんだ。それでね、どうして僕は物の怪としてここにいるんだろうって、ずっと考えて来たんだ。でも何も分からなくて……」
「うーむ、そうだねぇ……。昊、きっとお前が人間のことを好きだからだろう。好きでもなければ、姿なんて見せないし、人間を食べるんだろう?」
お爺さんの言葉に昊はようやく納得がいった。そうだ自分は虫であったあの頃から、人間が好きだった。いつも面白い話を知っていて、色んな場所に行けて、苦しくても助け合って……。そんな人間が昊は好きだったし憧れていた。だから、自分も人間に近いモノに成れたらきっと楽しいはず、とそんな楽観的思考で物の怪になったのだ。
昊は自分の考えが可笑しく吹き出して笑った。
「昊、人間は良い奴ばかりではない。きっとお前達に害を為す連中は現れる。避けては通れない。それでも、人間がこれからも好きだと思えるかい?」
「うん。多分!」
多分と言葉を付けた昊に、今度はお爺さんが笑った。一頻り笑ったお爺さんは、咳払いをすると立ち上がる。
「その時にならないと分からんしなぁ。さて、ワシはもう帰るとしよう。ありがとうな、昊。お前さんと話せてとても楽しかった。だが、これだけは覚えておいて欲しい。『壊す人間は必ずいるが、守る人間も必ずいる』だから、どうかお前が好きな人間を信じてやっておくれ」
「うん、分かった」
お爺さんは「達者でな」と手を振り帰っていった。
それから、お爺さんは二度とこの河原に訪れる事はなかった。
風の噂でお爺さんが亡くなったと知ったのはいつだったか──。
「ありがとう。お爺さん、お元気で」
その言葉は響くことなく風にかき消された。
お爺さんが眠りにつき、いくつもの年を越え、時代も移り変わり、やがて着物から洋服へと変わった。道が舗装され、馬ではなく車が走るようになり、便利になっていくと同時にどんどん町並みが変わって行く。
だが決して良いことばかりではなかった。仲間が大勢、寿命よりも早く死んでいく。自分達が住めない程水が汚れていた。昊は何も出来なかった。人間に訴えようと近づいても、誰もこちらに気付く事なく素通りされる日々。
もう人間には見えていない……。死にゆく事は分かっている、だけど、これは殺戮とどう違うのだろう?
あの日、教えてくれたお爺さんはもういない。一人きりで消えて行ってしまうのだろうか。手の中にいる仲間は冷たくてとても軽かった。
「僕たちの生命は、軽かったのかな……」
足元から崩れていく、楽しく美しかったかつての世界の記憶。
昔は、あの頃は、分かっていたはずだったのに、今は何がシアワセなのか分からない。
自分の死期が近づいている。
変わりきってからしか気付けないのだ。後戻りなど出来ない事に。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
呪縛 ~呪われた過去、消せない想い~
ひろ
ホラー
二年前、何者かに妹を殺された―――そんな凄惨な出来事以外、主人公の時坂優は幼馴染の小日向みらいとごく普通の高校生活を送っていた。しかしそんなある日、唐突に起こったクラスメイトの不審死と一家全焼の大規模火災。興味本位で火事の現場に立ち寄った彼は、そこでどこか神秘的な存在感を放つ少女、神崎さよと名乗る人物に出逢う。彼女は自身の身に宿る〝霊力〟を操り不思議な力を使うことができた。そんな現実離れした彼女によると、件の火事は呪いの力による放火だということ。何かに導かれるようにして、彼は彼女と共に事件を調べ始めることになる。
そして事件から一週間―――またもや発生した生徒の不審死と謎の大火災。疑いの目は彼の幼馴染へと向けられることになった。
呪いとは何か。犯人の目的とは何なのか。事件の真相を追い求めるにつれて明らかになっていく驚愕の真実とは―――
イケメン歯科医の日常
moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。
親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。
イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。
しかし彼には裏の顔が…
歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。
※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと68隻!(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。もちろんがっつり性描写はないですが、GL要素大いにありです。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。また、船魄紹介だけを別にまとめてありますので、見返したい時はご利用ください(https://www.alphapolis.co.jp/novel/176458335/696934273)。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。
●お気に入りや感想などよろしくお願いします。毎日一話投稿します。
【完結】神様WEB!そのネットショップには、神様が棲んでいる。
かざみはら まなか
キャラ文芸
22歳の男子大学生が主人公。
就活に疲れて、山のふもとの一軒家を買った。
その一軒家の神棚には、神様がいた。
神様が常世へ還るまでの間、男子大学生と暮らすことに。
神様をお見送りした、大学四年生の冬。
もうすぐ卒業だけど、就職先が決まらない。
就職先が決まらないなら、自分で自分を雇う!
男子大学生は、イラストを売るネットショップをオープンした。
なかなか、売れない。
やっと、一つ、売れた日。
ネットショップに、作った覚えがないアバターが出現!
「神様?」
常世が満席になっていたために、人の世に戻ってきた神様は、男子学生のネットショップの中で、住み込み店員になった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる