12 / 28
3章:水無月神社
3
しおりを挟む
曰く、こちらの世界に来る人間の八割はこちらの世界の養分になるとのこと。
境界は『逢魔時』のみ、必要に応じて緩むモノで、毎日緩くなることは無い。適合した人間がこちらの世界に来てしまうことはあるがそれもまれ。
そして残りの二割はこちらの世界の住人になってしまう。適合条件は妖怪や幽霊等との繋がりがある者のみ。
水無月は、自分に会い、ここから出してほしいと言われれば向こうの世界に帰すと言ったが、こちらも生きるためであるから、この神社はこの世界の者でないと見えないと──。帰ろうと動き、こちらの住人の助けがあって初めて出ることができるのだ。だから、二人は望めば帰れるという。
しかし水無月は二人の顔色を見て言葉を止めた。
「顔色が悪いな……この話は酷であったか」
「いえ……驚いただけなので大丈夫です。続きをお願いします」
水無月はそうか、と言うと話を続ける。
螢と信乃がこの世界に来て目撃したあの大きな穴はふるい分ける為のもので、脳に干渉し意識を混濁させ穴に自ら落ちるよう仕向ける。落ちてしまった者は……お察しだ。
しかし、救済もある。三度鐘を鳴らし、そこで正気を取り戻せばこちらの世界に馴染み始める。昔とはシステムが変わったのだと場違いに懐かしむ水無月に黒曜が咳ばらいをすることで話をもどす。
鯉達に言われたように、こちらの世界の食べ物を口にしてしまうと一瞬でこちらの世界に体が馴染んでしまい、住人になってしまう、と続けた。
「そして信乃、お前が気にしていることの答えを言おう。ここ、幽明ヶ原はあの世と言っても差し支えない。そなたらも薄々感づいているだろうが……あの影達は、養分になった人間の魂の残痕だ。こちらの世界の住人になった者は、たとえ向こうの世界に戻ったとしても肉体が崩壊し直ぐに死ぬだろう」
「そう、なんですか……」
「そんな……私達は大丈夫なんですか?」
螢の問いに水無月は頷く。
螢と信乃は手遅れな程馴染んでいる訳ではないため、今はまだ問題ないと告げる。が、螢と結びつきが強い影を何とかしない限り向こうの世界への帰還を許可したとしても何度でも繰り返されると言う。
「影を断ち切るにはそなたの記憶を探らねばならない」
「なるほど……ここまでは分かりました。」
「それで、なぜ記憶を消すのかだったな。……記憶を消されると、自分が何者か曖昧で分からなくなるだろう?そうなると、自身の目的や生きる術すら消え、残るのは虚無感や負の感情になる。それが行き場を無くし溢れ、支配される。人間は強かだが、何も無くなると途端に脆くなってしまう。しかも、こちらの世界に止める者は誰もいない。自ら落ちていく、自殺だ」
手引きは我々だがな、と水無月は静かに告げる。
水無月自身、幽明ヶ原を全て見通せ、何があったかは知ることが出来る。が、そこに居合わせた当事者に一任し自分は傍観していた。だが、対面し聞かれたら答え、願われたらできる限り叶えたいと思っている。もちろん全部は無理だが。
「儂は曲がりなりにも神であるからな。幽明ヶ原には幾つか規約はあるが……そこまで気にしなくて良い。ある程度疑問は解けたか?」
曖昧に頷く螢達。なんとなく分かりはしたものの理解はまだ追いついていないようだった。
「それでは、そなたらの記憶を戻そう。何かあればまた後で」
「え! あっ、わ、分かりました」
「唐突……じゃない、か?」
「別にもう、答えないと言った訳ではないから良いだろう」
満足げに話を切り上げた水無月は二人の戸惑いを意に介さず、右手をかざした。
「心を静め、儂が声をかけるまで目を閉じよ」
螢と信乃はそれに従い目を閉じた。
すると、水無月のかざした右手から淡く青い光が蝶になり、二人の額に入っていく。
脳裏に蝶がとんでいる──。身を委ねるように心を静めた。
スルスルと水が流れるように記憶が戻ってくる。
「良い、目を開けよ」
水無月が静かに告げる。信乃は安堵し大きく息を吐きゆっくり目を開ける。隣にいる螢に、やっと戻ったな、と声をかけたが、反応がない。螢?と肩を軽く叩くと彼女はそのまま重力に従い倒れてしまった。
直ぐに立ち上がり、抱きかかえる。螢はぐったりとしていたが眠っているだけのようにも見える。水無月に助けを求めるように顔を上げると水無月はすでに近くまで来ており、しゃがみこむと螢の額に手を当てる。
「……問題ない。安静にしていれば直ぐに目覚めるだろう。……黒曜」
「心得ました。信乃くん、螢さんを社務所に移します。来て下さい」
「分かりました……」
信乃は螢を抱え直し立ち上がると黒曜の後を追う。菊鯉がパタパタと駆け寄って「付キ添ウ!」と付いてきた。そんな菊鯉を見て兎達も向こうで話そうということで、連れ立って社務所に向かった。
境界は『逢魔時』のみ、必要に応じて緩むモノで、毎日緩くなることは無い。適合した人間がこちらの世界に来てしまうことはあるがそれもまれ。
そして残りの二割はこちらの世界の住人になってしまう。適合条件は妖怪や幽霊等との繋がりがある者のみ。
水無月は、自分に会い、ここから出してほしいと言われれば向こうの世界に帰すと言ったが、こちらも生きるためであるから、この神社はこの世界の者でないと見えないと──。帰ろうと動き、こちらの住人の助けがあって初めて出ることができるのだ。だから、二人は望めば帰れるという。
しかし水無月は二人の顔色を見て言葉を止めた。
「顔色が悪いな……この話は酷であったか」
「いえ……驚いただけなので大丈夫です。続きをお願いします」
水無月はそうか、と言うと話を続ける。
螢と信乃がこの世界に来て目撃したあの大きな穴はふるい分ける為のもので、脳に干渉し意識を混濁させ穴に自ら落ちるよう仕向ける。落ちてしまった者は……お察しだ。
しかし、救済もある。三度鐘を鳴らし、そこで正気を取り戻せばこちらの世界に馴染み始める。昔とはシステムが変わったのだと場違いに懐かしむ水無月に黒曜が咳ばらいをすることで話をもどす。
鯉達に言われたように、こちらの世界の食べ物を口にしてしまうと一瞬でこちらの世界に体が馴染んでしまい、住人になってしまう、と続けた。
「そして信乃、お前が気にしていることの答えを言おう。ここ、幽明ヶ原はあの世と言っても差し支えない。そなたらも薄々感づいているだろうが……あの影達は、養分になった人間の魂の残痕だ。こちらの世界の住人になった者は、たとえ向こうの世界に戻ったとしても肉体が崩壊し直ぐに死ぬだろう」
「そう、なんですか……」
「そんな……私達は大丈夫なんですか?」
螢の問いに水無月は頷く。
螢と信乃は手遅れな程馴染んでいる訳ではないため、今はまだ問題ないと告げる。が、螢と結びつきが強い影を何とかしない限り向こうの世界への帰還を許可したとしても何度でも繰り返されると言う。
「影を断ち切るにはそなたの記憶を探らねばならない」
「なるほど……ここまでは分かりました。」
「それで、なぜ記憶を消すのかだったな。……記憶を消されると、自分が何者か曖昧で分からなくなるだろう?そうなると、自身の目的や生きる術すら消え、残るのは虚無感や負の感情になる。それが行き場を無くし溢れ、支配される。人間は強かだが、何も無くなると途端に脆くなってしまう。しかも、こちらの世界に止める者は誰もいない。自ら落ちていく、自殺だ」
手引きは我々だがな、と水無月は静かに告げる。
水無月自身、幽明ヶ原を全て見通せ、何があったかは知ることが出来る。が、そこに居合わせた当事者に一任し自分は傍観していた。だが、対面し聞かれたら答え、願われたらできる限り叶えたいと思っている。もちろん全部は無理だが。
「儂は曲がりなりにも神であるからな。幽明ヶ原には幾つか規約はあるが……そこまで気にしなくて良い。ある程度疑問は解けたか?」
曖昧に頷く螢達。なんとなく分かりはしたものの理解はまだ追いついていないようだった。
「それでは、そなたらの記憶を戻そう。何かあればまた後で」
「え! あっ、わ、分かりました」
「唐突……じゃない、か?」
「別にもう、答えないと言った訳ではないから良いだろう」
満足げに話を切り上げた水無月は二人の戸惑いを意に介さず、右手をかざした。
「心を静め、儂が声をかけるまで目を閉じよ」
螢と信乃はそれに従い目を閉じた。
すると、水無月のかざした右手から淡く青い光が蝶になり、二人の額に入っていく。
脳裏に蝶がとんでいる──。身を委ねるように心を静めた。
スルスルと水が流れるように記憶が戻ってくる。
「良い、目を開けよ」
水無月が静かに告げる。信乃は安堵し大きく息を吐きゆっくり目を開ける。隣にいる螢に、やっと戻ったな、と声をかけたが、反応がない。螢?と肩を軽く叩くと彼女はそのまま重力に従い倒れてしまった。
直ぐに立ち上がり、抱きかかえる。螢はぐったりとしていたが眠っているだけのようにも見える。水無月に助けを求めるように顔を上げると水無月はすでに近くまで来ており、しゃがみこむと螢の額に手を当てる。
「……問題ない。安静にしていれば直ぐに目覚めるだろう。……黒曜」
「心得ました。信乃くん、螢さんを社務所に移します。来て下さい」
「分かりました……」
信乃は螢を抱え直し立ち上がると黒曜の後を追う。菊鯉がパタパタと駆け寄って「付キ添ウ!」と付いてきた。そんな菊鯉を見て兎達も向こうで話そうということで、連れ立って社務所に向かった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
【完結】パンでパンでポン!!〜付喪神と作る美味しいパンたち〜
櫛田こころ
キャラ文芸
水乃町のパン屋『ルーブル』。
そこがあたし、水城桜乃(みずき さくの)のお家。
あたしの……大事な場所。
お父さんお母さんが、頑張ってパンを作って。たくさんのお客さん達に売っている場所。
あたしが七歳になって、お母さんが男の子を産んだの。大事な赤ちゃんだけど……お母さんがあたしに構ってくれないのが、だんだんと悲しくなって。
ある日、大っきなケンカをしちゃって。謝るのも嫌で……蔵に行ったら、出会ったの。
あたしが、保育園の時に遊んでいた……ままごとキッチン。
それが光って出会えたのが、『つくもがみ』の美濃さん。
関西弁って話し方をする女の人の見た目だけど、人間じゃないんだって。
あたしに……お父さん達ががんばって作っている『パン』がどれくらい大変なのかを……ままごとキッチンを使って教えてくれることになったの!!
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる