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2章:幽明ヶ原
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螢が雨女に事情を説明すると、雨女は眉間に皺を寄せた。
「可能性があるとすれば貴方達が──。いえ……その影と深く結びついてしまった、もしくは結びつけられてしまった者がいるのね」
この世界、幽明ヶ原にいる影が向こうの世界、つまり表の世界の人間と何らかの接触で結びついた、あるいは結びつけられた者は幽明ヶ原に来てしまう確率が上がる。そして、いずれは結びついている影に取り込まれてしまう、と雨女は言った。
「ソウナンダ……デモ私達ハソンナコト水無月様ニモ、神主様ニモ教エテモラッテマセン……」
「極少数の妖怪とこちらの人間のみにしか言わないのよ。それを知ると力を付けようとする奴が必ず出るから。そんな奴が影をそそのかし人間を捕まえさせ、最終的にその影を喰らい力を付ける……。そうなると均衡が崩れて境界線が切れ、この世界が消えてしまう可能性があるから、限られた者のみにしか言えないの」
「ムゥ……。絶対喋ッタリシナイノニ……意地悪ダ!」
「仕方ないことなの。貴方達をのけ者にしたいわけじゃないのよ、私達は」
むくれる緋鯉の頭をたしなめる様に撫でる雨女。
そして雨女は螢と信乃に向き直ると二人を交互に見ると、手を顎につけ何かを考え出してしまった。
しばらくして考えがまとまったのか、螢の方に目を向ける。
ピリッとした視線の冷たさを螢は感じた。身体の奥底まで探られているようで目眩がしてきた。更にグイッと意識が引っ張られる感覚におそわれる。
「なるほどね、確か……螢って言ったわね。貴女があの影と結びついている。それもとても深くね」
「そんな!? 私そんなこと……!」
「落ち着きなさい。その影を貴女は知らないの?」
「……、分かりません。ここに来てから記憶が曖昧で……戻った記憶も本物なのか……」
螢はうつむき小さく答えた。
自分が何らかの原因でこちらの世界に来てしまった。自分一人だけならまだしも、信乃を巻き込んでしまった、という事実が重くのしかかる。
「なぁ、水無月様ってヤツに会わせてほしい。この世界を創ってルールも創ったソイツなら……俺達の記憶を戻せるんだろう?記憶が戻ればどうしてこうなったか分かるはずだ。螢だけでも構わない」
「信乃……」
彼に対する罪悪感が増す。自分のせいでこんな所に来てしまって、訳の分からない状況に戸惑って、苛立って、悪態の一つくらいついてもいいのに、それでも螢のために平静を保とうとしていたことを知っている。
「泣くなよ」
困ったように信乃が笑う。
決して螢を責めない、そんな優しさが嬉しくて、苦しかった。信乃に指で優しく拭われてはじめて自分が泣いていることに気づく。
「別に、私を置いていってもいいんだよ……」
「俺はそんな割り切れた人間じゃない、最後までお前に付き合う。それに辰野に来ようって最初に誘ったのは俺だからな」
「うぅうう……ありがとう……」
螢の頭をガシガシと荒っぽく撫でた信乃は、事実螢と同じように自身を責めていた。来なければよかったのではと、ここに来て何度か思った。それに、螢を置いて自分一人で帰るなどそんな悲しい事、出来るはずもない。
涙を拭い雨女の方を向く。雨女は呆れていたがどこか嬉しそうだった。鯉達も二人の調子が戻ってきた事が嬉しいのか、いつの間にか人型ではなく本来の鯉の姿に戻り、くるくる周りを泳いでいる。
「いいわ、水無月様には私が説明してあげる。さあ行きましょう」
「ありがとうございます!」
螢はお礼を言い頭を下げる。それにならい信乃も頭を下げた。
「お礼は結構よ、早く来て」
そう言った雨女は神社に足を進めた。螢達も後に続く。
何にも出くわさず、しばらく道なりに進むと鳥居が見えてきた。長く続く石段があり、それにそうように鳥居が等間隔で設置されている。鳥居の一つ一つには御札が数枚貼られていた。
雨女が先に鳥居をくぐるのに螢達も続く。
「あれ、雨女さん……」
「乾いてる?」
「ここはそういう場所だからね」
「神聖ナ場所デスカラ」
石段を登り鳥居をくぐるにつれ、空気が澄んでゆくようだった。
鯉乃進が、ここからは神様の領域で水無月様が浄化しており、悪しき者は来ないのだと言う。影はもちろん入ることが出来ず、妖怪も許された者しか立ち入りが出来ないが、人間は無条件に入れる、と雨女が補足する。人間はたとえ悪者でも対処が楽だから、らしい。
そんな話を聞きながら登っていると、そろそろだと言われた。
「可能性があるとすれば貴方達が──。いえ……その影と深く結びついてしまった、もしくは結びつけられてしまった者がいるのね」
この世界、幽明ヶ原にいる影が向こうの世界、つまり表の世界の人間と何らかの接触で結びついた、あるいは結びつけられた者は幽明ヶ原に来てしまう確率が上がる。そして、いずれは結びついている影に取り込まれてしまう、と雨女は言った。
「ソウナンダ……デモ私達ハソンナコト水無月様ニモ、神主様ニモ教エテモラッテマセン……」
「極少数の妖怪とこちらの人間のみにしか言わないのよ。それを知ると力を付けようとする奴が必ず出るから。そんな奴が影をそそのかし人間を捕まえさせ、最終的にその影を喰らい力を付ける……。そうなると均衡が崩れて境界線が切れ、この世界が消えてしまう可能性があるから、限られた者のみにしか言えないの」
「ムゥ……。絶対喋ッタリシナイノニ……意地悪ダ!」
「仕方ないことなの。貴方達をのけ者にしたいわけじゃないのよ、私達は」
むくれる緋鯉の頭をたしなめる様に撫でる雨女。
そして雨女は螢と信乃に向き直ると二人を交互に見ると、手を顎につけ何かを考え出してしまった。
しばらくして考えがまとまったのか、螢の方に目を向ける。
ピリッとした視線の冷たさを螢は感じた。身体の奥底まで探られているようで目眩がしてきた。更にグイッと意識が引っ張られる感覚におそわれる。
「なるほどね、確か……螢って言ったわね。貴女があの影と結びついている。それもとても深くね」
「そんな!? 私そんなこと……!」
「落ち着きなさい。その影を貴女は知らないの?」
「……、分かりません。ここに来てから記憶が曖昧で……戻った記憶も本物なのか……」
螢はうつむき小さく答えた。
自分が何らかの原因でこちらの世界に来てしまった。自分一人だけならまだしも、信乃を巻き込んでしまった、という事実が重くのしかかる。
「なぁ、水無月様ってヤツに会わせてほしい。この世界を創ってルールも創ったソイツなら……俺達の記憶を戻せるんだろう?記憶が戻ればどうしてこうなったか分かるはずだ。螢だけでも構わない」
「信乃……」
彼に対する罪悪感が増す。自分のせいでこんな所に来てしまって、訳の分からない状況に戸惑って、苛立って、悪態の一つくらいついてもいいのに、それでも螢のために平静を保とうとしていたことを知っている。
「泣くなよ」
困ったように信乃が笑う。
決して螢を責めない、そんな優しさが嬉しくて、苦しかった。信乃に指で優しく拭われてはじめて自分が泣いていることに気づく。
「別に、私を置いていってもいいんだよ……」
「俺はそんな割り切れた人間じゃない、最後までお前に付き合う。それに辰野に来ようって最初に誘ったのは俺だからな」
「うぅうう……ありがとう……」
螢の頭をガシガシと荒っぽく撫でた信乃は、事実螢と同じように自身を責めていた。来なければよかったのではと、ここに来て何度か思った。それに、螢を置いて自分一人で帰るなどそんな悲しい事、出来るはずもない。
涙を拭い雨女の方を向く。雨女は呆れていたがどこか嬉しそうだった。鯉達も二人の調子が戻ってきた事が嬉しいのか、いつの間にか人型ではなく本来の鯉の姿に戻り、くるくる周りを泳いでいる。
「いいわ、水無月様には私が説明してあげる。さあ行きましょう」
「ありがとうございます!」
螢はお礼を言い頭を下げる。それにならい信乃も頭を下げた。
「お礼は結構よ、早く来て」
そう言った雨女は神社に足を進めた。螢達も後に続く。
何にも出くわさず、しばらく道なりに進むと鳥居が見えてきた。長く続く石段があり、それにそうように鳥居が等間隔で設置されている。鳥居の一つ一つには御札が数枚貼られていた。
雨女が先に鳥居をくぐるのに螢達も続く。
「あれ、雨女さん……」
「乾いてる?」
「ここはそういう場所だからね」
「神聖ナ場所デスカラ」
石段を登り鳥居をくぐるにつれ、空気が澄んでゆくようだった。
鯉乃進が、ここからは神様の領域で水無月様が浄化しており、悪しき者は来ないのだと言う。影はもちろん入ることが出来ず、妖怪も許された者しか立ち入りが出来ないが、人間は無条件に入れる、と雨女が補足する。人間はたとえ悪者でも対処が楽だから、らしい。
そんな話を聞きながら登っていると、そろそろだと言われた。
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