ほたる祭りと2人の怪奇

飴之ゆう

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2章:幽明ヶ原

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神社に続く川沿いの道は探索では通らなかったが、螢はあることに気付いた。人型の影が最初自分達が見かけた頃よりも多い。それを鯉達に聞こうとすると急に鯉達が止まった。それにつられて二人も足を止める。
なにごとかと鯉達の前を見ると、進行方向で何かが蠢いていた。
それを見た二人は手足から熱が引いてゆくのを感じる。腹の底からドロドロと嫌なモノがせり上がってくる。他の影はそこから逃げるように散っていった。

鯉達は二人の前に庇うように出る。前から来るモノ……その姿は真っ黒でゆうに二メートルを超えるほど大きな影で、影が泥の様にぼたぼたと垂れている。大きく赤い目玉が顔と思わしき場所に一つついていた。
ギョロリと血走った恨みがましい目がこちらを向く。全体的な形は人に似ているがソレは明らかに異形の存在だった。
そしてソレはこちらに手を伸ばす。すると手から泥のような無数の影が針の様に勢いよく飛んできた。

「何か飛んできた!!」
「下ガッテ!」

鯉乃進が素早く手で印を結び両手を地面につける。水が盾の様に飛び出し影の針を防いだ。
更に水の盾から同じように針を作り飛ばし、防げなかった分を相殺する。しかし向こうの勢いは止まらず、むしろ針の数も増していて盾が揺らいでしまう。このままでは盾が破られてしまいそうだ。

「今!!」

鯉乃進が叫ぶ。
その声を待っていたとばかりに、いつの間にか影の脇いた緋鯉と菊鯉が同時に印を結び両手を交差させ、そこから電撃を繰り出した。衝撃で道路にヒビが入る。
まともに電撃を受けたはずの影だが怯む様子はなく、一度攻撃を止めると今度は攻撃先を緋鯉と菊鯉に変えた。しかし二人は鯉の姿に戻り縦横無尽に影の周りを泳ぎ翻弄させ、時折人型になってはそれぞれ攻撃をしていく。だが、あまりダメージは受けていないようにも見えた。
鯉乃進は苦い顔をしながら螢と信乃を水の盾で護る。

「流石二……コノママ長引カセル訳ニハイカナイ。先程ノ電撃ガ効カナカッタノハ不味イ」
「ど、どうするの?」
「ウーン、コレハ痛クナルカラ……イヤ、緋鯉! 菊鯉! コレカラ呪符ヲ使ウ! 合図ヲシタラ足止メ、ソノ後コチラニ退避!!」

緋鯉と菊鯉にそう指示を出し、鯉乃進は懐から三枚の札を出した。そして螢と信乃をもう少し後ろに下がらせた。
鯉乃進は「固ク足止メヲ!」と叫ぶと、その声を合図に緋鯉と菊鯉は影を翻弄しつつ印を結び地面をサッとなで螢と信乃の方に退避してきた。
すると地面は一気に凍りつき影の両腕と思わしき場所と下半身を氷漬けにした。凍ったのを確認すると、鯉乃進はまず二枚の札を先行させるよう飛ばし、今度は自分が一気に駆け間合いを詰めていく。残りの一枚を右の掌に貼り付け、影に叩きつけるように掌底打ちをした。
バチバチと火花がはじけるのに札が共鳴し爆発が起こる。

煙が辺りに充満し、鯉乃進と影が見えなくなってしばらく。
菊鯉が印を結び風を起こした風で視界が晴れる。鯉乃進だけがそこに立っていた。影だったものは地面に小さな水溜まりのようになっている。その水溜まりはみるみるうちに消えてなくなった。
ホッとしたのもつかの間、鯉乃進が右手を押さえてうずくまった。その右手は真っ赤に腫れ上がり鱗が見えている。

「鯉乃進! 大丈夫?」
「ウ……流石二コレハ、痛イ……。『退魔ノ呪符』ハ妖怪ヤ、ソノテノ者ニトテモ効ク……」

痛々しい手を見て顔をしかめた信乃が兎に角冷やそう、と言うとじきにひくから問題ないと言われた。

「退魔の呪符……それって、よくある御札ってやつか?」
「ウン。デモ、コチラノ世界デハ向コウノ世界ノ御札ハ、キカナイヨ……。ソレニスゴク強力デ、誤動作サセタラ怒ラレチャウノ……」

菊鯉がしょんぼりとした声で答えた。
強力だが発動は簡単で、うっかり発動すると妖怪やその手の者だと身体が吹き飛んでしまい、下手したら再生不可能で死んでしまうらしい。人間には効かないらしいが……。
鯉乃進の右手の腫れはまだいい方で、そっとしておけば大丈夫らしい。

「凄いね、それは誰が作ったの?」
「貴方達と同じ人間よ」

背後から聞き覚えのある声とともにサアァァァ……と雨音が聞こえてきた。振り返ると雨女が和傘を差し立っていた。
信乃は雨女に何故ここに、と聞く。

「影があり得ないくらい逃げ回っていたから様子を見に来たの。影達の流れをたどったら退魔の呪符の爆発が見えて……貴方達がいたということ。何があったの?」
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