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3話

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一年後、予想通りというか、なんというか、お父様は伯爵家の未亡人と再婚した。
貴族ではこんなの珍しくもない。

新しく義母になったのはビビアリアという方で淡い金の髪の優し気な女性だ。
その娘…つまり私の義妹になった子は、私の二歳年下のアーリアという少女。淡い金髪にルビーの瞳の可愛らしい女の子。

対して私は背中に大きな傷跡が今なお残っている欠陥品。冷たいアメジストの瞳はルビーにはならないし、赤みがかった胡桃の髪は淡い金にはなれない。

だから私はいつまでたってもこの状況から抜け出せないのだ、なんて。半ば八つ当たりのような思考にさらに惨めになっていく。


「フィリアーチェ様、朝食のお時間です。」

私を呼びに来たのはビビアリア様が連れてきた侍女。
不愛想で、明らかに私を嫌っているのが分かる。
彼女はお父様とビビアリア様が結婚することを望んでいたうちの一人で、お父様とビビアリア様、アーリア様の幸せを邪魔する要因である私を嫌っているのだ。こういう人は彼女だけではなく、特にビビアリア様が連れてきた侍女や執事たちはその傾向が強い。

私は彼女たちの幸せの邪魔なんてしない。いつかの生では邪魔をしていたが、もうそんなものとっくにやめている。意味がないことをしても時間の無駄なのだ。
邪魔をしても、仲良くしても、何もしなくても、結末は変わらないならば…関わらないという選択を私はとる。



それでも─。



ひとつ、気付かれない程度のため息をこぼす。

存在自体が邪魔だというのなら、いっそのこと私を殺してくれたら楽なのに…。

「…今行くわ。」

一言だけ返事をし、そのまま食堂に向かう。

そこにはすでに三人そろっていて…。この三人で完成された家族であるということを見せつけられているようでいつも胸が苦しくなる。

「おはよう、フィリアーチェ。」
「お姉さまおはようございます!」
「フィリアーチェちゃんおはよう。」

三人そろってこちらにあいさつをしてくるのにたじろいでしまう。
偽りの家族であろうとも仲良くしようとしてくれてるのは分かる。だがそれを気持ち悪く感じてしまうのは私が悪いのかもしれない。どうにも薄っぺらく見えてしまい、私はこの三人が苦手だった。

「おはよう、ございます。」

この屋敷は私にとってとても居心地の悪いものに変わってしまった。元から大して居心地のいい場所ではなかったが…。それでもまだ、今よりはマシだった、はずだ。

「さあ、ごはんにしようか。フィリアーチェも席について。」

味のしないご飯を一人もくもくと食べる。たまに振られる話に相槌を打ちながら幸せな家族を見つめていた。
いつもならそれで終わりだ。
しかし今日は、会話が少し途切れた隙に小さい声で切り出す。

「あの、私、今日の昼から部屋で食事をとろうと思います。だから、私のことは待たずに食べ始めて下さい。」

今世こそは、もしかしたら、好きになれるかもしれない…普通の家族になれるかもしれない、と思い一緒に食事をしていた。
わずかばかりの希望に縋って途中までは三人と食べていたことは前の生でも何度かあった。
けれど、前の生も今回も、駄目だった。
そろそろ諦めればいいのにと自分のことながら呆れてしまう。

「どうして?家族はみんなでご飯を食べるものよ?」

私の言葉にビビアリア様が心底不思議そうな顔でこてんと可愛らしく首をかしげる。
あなたの隣に座っている侯爵様は家族で食事なんて数回しかしたことありませんよ、と言ってやりたくなった。お父様はビビアリア様とは毎日必ず朝と夜、食事をともにしている。和気藹々とした食卓なんてビビアリア様たちがくるまで一度もなかったというのに…。
お母様が可哀想に思えてしょうがない。

「…私は、やらなければいけないことがあって、これから少し、食事が不規則になる可能性があるので…。」

苦しい言い訳だが、この人たちは私にそんなに興味がないので笑って許してくれるだろう。こんなことを言っても心配されることもない自分に悲しくなればいいのやら楽でいいと思えばいいのやら…。
ついでに侍女もいらない旨を伝える。あんな侍女ならいなくても一緒…どころかいない方が良いのだ。どうせ私のところではまともな仕事をしてくれない。

「まぁ、しょうがないわね…。フィリアーチェちゃんがそんなに人と接するのが苦手だって知らなかったわ。ごめんなさいね、気づいてあげられなくて…。」

申し訳なさそうな顔を作るビビアリア様に嫌悪感をいだいてしまう私こそが嫌な人間なのかもしれない。
しかし、いったいいつ私が人付き合いが苦手だと言ったのだ。なぜ私のあの言葉でその結論にいたったのか。心底不思議である。
それに、事情も知らず─知っているのかも知れないが─私が人付き合いが苦手だと決めつけているのも気にくわない。

「フィリアーチェ、体に気を付けて過ごすんだぞ。」
「はいお父様。」

食べる手をとめこちらを窺うようなそぶりのお父様に無表情に返事をする。
言葉では娘を心配する良い父親だが、その実厄介払いができて良かったのだろう。ほっとした顔が隠せていなかった。

「…ごちそうさまでした。では私は部屋に戻ります。」

一人先に食べ終え席を立つ。正直この空気の中にいたくなかった。この茶番のような家族ごっこから一刻も早く退場したかったのだ。


部屋に戻るといつもは一人は控えているはずの侍女が誰もいなかった。伝達だけは早いもんだ。

「この方が、気楽でいいわ…。」


本当は─。


「私の、何がいけなかった…?」

鏡に映る顔は無表情だ。喜ばしさもない。怒っているわけでもいない。悲しくもない。楽しいわけでもない。
ずっとそうだ。感情らしい感情を最後に自覚したのはいつだったか。それは怒りだったか諦めだったか絶望だったか…。どちらにしろ良い感情ではなかったことだけは確かだった。

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