60 / 91
3章 続く日常と続かない平穏
19話 エル先生
しおりを挟む
誘拐事件から数日、仕事が休みの日である今日。わたくしはオーリに呼ばれ、イルファス家の屋敷の彼が借りている部屋にいた。
「いい?エル様、イリスを守ろうとしたその気持ちは褒めるよ?
でも、エル様の行動は褒められたものじゃないって分かる?」
絶賛説教中である。日本みたいに正座の文化がなくてよかった、と心底思う。
「分かってるわよ…。あの時は2人で行くのが正しかったわ。」
「全く…。ちゃんと理解してくれているならいいんだけど。小さい頃にあれだけ言って聞かせたのに、また1人で無茶しようとしたなんて、先生としてちゃんと出来ていたのか不安になるよ。」
少し呆れがまざった苦笑をこぼす彼に、今更ながら申し訳なさがこみあげる。
「分かっては、いるのよ。オーリは悪くない。あなたはいい先生で、いいお兄ちゃんだわ。
とっさのときに、どうしても守らなきゃって思ってしまうのよ。わたくしは、守られる側の人間じゃない。」
たぶんこれは、伊織としての記憶。守られることなんてなかった、あの頃の。
「エル様、そんな顔しないでよ。
これからでもまだ遅くない。変わっていけばいい。立場とか関係なくエル様を大事に思っている人もいるってこと、忘れないでね。」
どんな顔をしていたのか、自分じゃよく分からない。ただ、わたくしの頭をなでる優しい手にどうしようもなく泣きたくなってしまった。
「ありがとう。」
ただ一言、それだけで伝わっただろうか。
わたくしの言葉に満足げ頷いたオーリが、空気を変えるように、よしっと声をあげ立ち上がる。
「じゃあこの話はおしまい。今度からは気をつけてよ。今度、なんて無い方がいいんだけどね。」
誘拐や危険なことなんて無いに越したことはないけど、大貴族の令嬢であり魔導院の職員でもあるわたくしには無理な話だろう。それに、この世界が、ほんとうに乙女ゲームと同じような物語をたどっていくとしたら…。
「エル様?どうかした?」
ぼーっとしていたのかオーリが不思議そうにみてくる。
「何でもないわ。これからは、気をつける。」
わたくしの返事によかった、と笑ったオーリは、どこからか書類を取り出す。
「それじゃあ、次こっちね。
この間言ってた特許申請の話。」
ああ、そういえばそんなことも言ってたな。
「エル様が嫌だって言うから、リーダーは俺にしといたよ。グループで開発したってことにして、リーダーだけ名前書く形にしといた。あとは魔法の名前書けばいいところまでは書いたから、ここ、書いてね。」
テーブルの上においた紙の空欄を指でコツコツとたたく。1つの魔法につき1枚の紙なので、フライ、ミラー、クラウド、と3枚の紙にそれぞれ名前を書いていく。
「これでいいかしら?」
書き終えた紙をオーリに差し出せば、1枚1枚確認していく。
「良さそうだね。書類はこれで大丈夫。
俺が魔導院の魔法管理局のほうに申請してくるよ。てことで、この3つの魔法、教えてくれる?」
「ええ、もちろんよ。ふふ、この間までオーリが先生だったのにね。わたくしが教えるなんて、変な気分だわ。」
ということで、説教中に遊びに来ていたイリスくんと、ちょうど授業が終わったというマシューとともに訓練室にやってきました。
実はこの訓練室、わたくし達のために父様があいていた庭に建ててくれたのだ。ほんと親バカ。
「それじゃあ、一回見せますわね。」
マシューは見ていないし、オーリにももう一回見せた方がいいだろうと、見本をみせることにする。
説明はなしに、次々に魔法を展開して通勤スタイルに。そして一度全部解き、クラウドを。
「何度見てもすごいですね…。」
「姉様すごいです!!」
感心したように見つめるオーリと、きらきらと眩しい目を向けてくるマシュー。
「マシューを見てると、時々自分がものすごく汚れてるんじゃないかって思ってしまうのよね…。」
ぽつりと呟くと、隣にいたイリスくんが頷く。
「何だろうな、あの純粋さ。あのまま育ってほしいな…。」
眩しいものをみるように目を細め、同意してくれる。
「何言ってるんですか。ほら、初めてください、エル先生。」
わたくし達の会話に気づいたオーリが苦笑とともに促してくる。
「それじゃあ、初めましょう。
まず軽量化の魔法は使えますよね?」
頷くオーリとマシュー。軽量化とかは結構一般的だしね。
「まず自分に軽量化をかけてください。」
わたくしの指示に従い魔法を展開する2人。一回イリスくんに教えてるから要領は前よりいいだろう。
「そうしたら…。」
「飛んでみせればいいだろ。それをイメージしてやってもらえばいい。」
イリスくんがアドバイスしてくれる。そして、教えるのを手伝ってくれるのか、自分も飛んでみせる。
イリスくんにお礼をいいつつわたくしも飛ぶ。
「これをイメージしてください。
最初は、飛べ―我が意のままに、と呪文を唱えた方がやりやすいかもしれません。」
2人とも挑戦してみるが中々上手くいかない。
「難しいですね。」
「そんなもんだ。俺もはじめはそうだったしな。一発で成功させたこいつがおかしいんだ。」
「一発、ではありませんわ。試行錯誤の上ですわよ。」
私語をはさみながら何回かやって、ようやく安定して浮けるようになってきた。まだ移動は難しそう。
「練習あるのみ、ですわね。今日はこのくらいにしましょう。」
魔力の消費も結構なので、今日のところはこれで終了となった。
「いい?エル様、イリスを守ろうとしたその気持ちは褒めるよ?
でも、エル様の行動は褒められたものじゃないって分かる?」
絶賛説教中である。日本みたいに正座の文化がなくてよかった、と心底思う。
「分かってるわよ…。あの時は2人で行くのが正しかったわ。」
「全く…。ちゃんと理解してくれているならいいんだけど。小さい頃にあれだけ言って聞かせたのに、また1人で無茶しようとしたなんて、先生としてちゃんと出来ていたのか不安になるよ。」
少し呆れがまざった苦笑をこぼす彼に、今更ながら申し訳なさがこみあげる。
「分かっては、いるのよ。オーリは悪くない。あなたはいい先生で、いいお兄ちゃんだわ。
とっさのときに、どうしても守らなきゃって思ってしまうのよ。わたくしは、守られる側の人間じゃない。」
たぶんこれは、伊織としての記憶。守られることなんてなかった、あの頃の。
「エル様、そんな顔しないでよ。
これからでもまだ遅くない。変わっていけばいい。立場とか関係なくエル様を大事に思っている人もいるってこと、忘れないでね。」
どんな顔をしていたのか、自分じゃよく分からない。ただ、わたくしの頭をなでる優しい手にどうしようもなく泣きたくなってしまった。
「ありがとう。」
ただ一言、それだけで伝わっただろうか。
わたくしの言葉に満足げ頷いたオーリが、空気を変えるように、よしっと声をあげ立ち上がる。
「じゃあこの話はおしまい。今度からは気をつけてよ。今度、なんて無い方がいいんだけどね。」
誘拐や危険なことなんて無いに越したことはないけど、大貴族の令嬢であり魔導院の職員でもあるわたくしには無理な話だろう。それに、この世界が、ほんとうに乙女ゲームと同じような物語をたどっていくとしたら…。
「エル様?どうかした?」
ぼーっとしていたのかオーリが不思議そうにみてくる。
「何でもないわ。これからは、気をつける。」
わたくしの返事によかった、と笑ったオーリは、どこからか書類を取り出す。
「それじゃあ、次こっちね。
この間言ってた特許申請の話。」
ああ、そういえばそんなことも言ってたな。
「エル様が嫌だって言うから、リーダーは俺にしといたよ。グループで開発したってことにして、リーダーだけ名前書く形にしといた。あとは魔法の名前書けばいいところまでは書いたから、ここ、書いてね。」
テーブルの上においた紙の空欄を指でコツコツとたたく。1つの魔法につき1枚の紙なので、フライ、ミラー、クラウド、と3枚の紙にそれぞれ名前を書いていく。
「これでいいかしら?」
書き終えた紙をオーリに差し出せば、1枚1枚確認していく。
「良さそうだね。書類はこれで大丈夫。
俺が魔導院の魔法管理局のほうに申請してくるよ。てことで、この3つの魔法、教えてくれる?」
「ええ、もちろんよ。ふふ、この間までオーリが先生だったのにね。わたくしが教えるなんて、変な気分だわ。」
ということで、説教中に遊びに来ていたイリスくんと、ちょうど授業が終わったというマシューとともに訓練室にやってきました。
実はこの訓練室、わたくし達のために父様があいていた庭に建ててくれたのだ。ほんと親バカ。
「それじゃあ、一回見せますわね。」
マシューは見ていないし、オーリにももう一回見せた方がいいだろうと、見本をみせることにする。
説明はなしに、次々に魔法を展開して通勤スタイルに。そして一度全部解き、クラウドを。
「何度見てもすごいですね…。」
「姉様すごいです!!」
感心したように見つめるオーリと、きらきらと眩しい目を向けてくるマシュー。
「マシューを見てると、時々自分がものすごく汚れてるんじゃないかって思ってしまうのよね…。」
ぽつりと呟くと、隣にいたイリスくんが頷く。
「何だろうな、あの純粋さ。あのまま育ってほしいな…。」
眩しいものをみるように目を細め、同意してくれる。
「何言ってるんですか。ほら、初めてください、エル先生。」
わたくし達の会話に気づいたオーリが苦笑とともに促してくる。
「それじゃあ、初めましょう。
まず軽量化の魔法は使えますよね?」
頷くオーリとマシュー。軽量化とかは結構一般的だしね。
「まず自分に軽量化をかけてください。」
わたくしの指示に従い魔法を展開する2人。一回イリスくんに教えてるから要領は前よりいいだろう。
「そうしたら…。」
「飛んでみせればいいだろ。それをイメージしてやってもらえばいい。」
イリスくんがアドバイスしてくれる。そして、教えるのを手伝ってくれるのか、自分も飛んでみせる。
イリスくんにお礼をいいつつわたくしも飛ぶ。
「これをイメージしてください。
最初は、飛べ―我が意のままに、と呪文を唱えた方がやりやすいかもしれません。」
2人とも挑戦してみるが中々上手くいかない。
「難しいですね。」
「そんなもんだ。俺もはじめはそうだったしな。一発で成功させたこいつがおかしいんだ。」
「一発、ではありませんわ。試行錯誤の上ですわよ。」
私語をはさみながら何回かやって、ようやく安定して浮けるようになってきた。まだ移動は難しそう。
「練習あるのみ、ですわね。今日はこのくらいにしましょう。」
魔力の消費も結構なので、今日のところはこれで終了となった。
0
お気に入りに追加
2,008
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?
ラララキヲ
恋愛
乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。
学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。
でも、ねぇ……?
何故それをわたくしが待たなきゃいけないの?
※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。
◇テンプレ乙女ゲームモノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げてます。
【完結】死がふたりを分かつとも
杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」
私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。
ああ、やった。
とうとうやり遂げた。
これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。
私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。
自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。
彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。
それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。
やれるかどうか何とも言えない。
だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。
だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺!
◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。
詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。
◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。
1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。
◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます!
◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。
婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?
ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした
黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん!
しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。
ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない!
清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!!
*R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる