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3章 続く日常と続かない平穏

19話 エル先生

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誘拐事件から数日、仕事が休みの日である今日。わたくしはオーリに呼ばれ、イルファス家の屋敷の彼が借りている部屋にいた。
「いい?エル様、イリスを守ろうとしたその気持ちは褒めるよ?
でも、エル様の行動は褒められたものじゃないって分かる?」
絶賛説教中である。日本みたいに正座の文化がなくてよかった、と心底思う。
「分かってるわよ…。あの時は2人で行くのが正しかったわ。」
「全く…。ちゃんと理解してくれているならいいんだけど。小さい頃にあれだけ言って聞かせたのに、また1人で無茶しようとしたなんて、先生としてちゃんと出来ていたのか不安になるよ。」
少し呆れがまざった苦笑をこぼす彼に、今更ながら申し訳なさがこみあげる。
「分かっては、いるのよ。オーリは悪くない。あなたはいい先生で、いいお兄ちゃんだわ。
とっさのときに、どうしても守らなきゃって思ってしまうのよ。わたくしは、守られる側の人間じゃない。」
たぶんこれは、伊織としての記憶。守られることなんてなかった、あの頃の。
「エル様、そんな顔しないでよ。
これからでもまだ遅くない。変わっていけばいい。立場とか関係なくエル様を大事に思っている人もいるってこと、忘れないでね。」
どんな顔をしていたのか、自分じゃよく分からない。ただ、わたくしの頭をなでる優しい手にどうしようもなく泣きたくなってしまった。
「ありがとう。」
ただ一言、それだけで伝わっただろうか。
わたくしの言葉に満足げ頷いたオーリが、空気を変えるように、よしっと声をあげ立ち上がる。
「じゃあこの話はおしまい。今度からは気をつけてよ。今度、なんて無い方がいいんだけどね。」
誘拐や危険なことなんて無いに越したことはないけど、大貴族の令嬢であり魔導院の職員でもあるわたくしには無理な話だろう。それに、この世界が、ほんとうに乙女ゲームと同じような物語をたどっていくとしたら…。
「エル様?どうかした?」
ぼーっとしていたのかオーリが不思議そうにみてくる。
「何でもないわ。これからは、気をつける。」
わたくしの返事によかった、と笑ったオーリは、どこからか書類を取り出す。
「それじゃあ、次こっちね。
この間言ってた特許申請の話。」
ああ、そういえばそんなことも言ってたな。
「エル様が嫌だって言うから、リーダーは俺にしといたよ。グループで開発したってことにして、リーダーだけ名前書く形にしといた。あとは魔法の名前書けばいいところまでは書いたから、ここ、書いてね。」
テーブルの上においた紙の空欄を指でコツコツとたたく。1つの魔法につき1枚の紙なので、フライ、ミラー、クラウド、と3枚の紙にそれぞれ名前を書いていく。
「これでいいかしら?」
書き終えた紙をオーリに差し出せば、1枚1枚確認していく。
「良さそうだね。書類はこれで大丈夫。
俺が魔導院の魔法管理局のほうに申請してくるよ。てことで、この3つの魔法、教えてくれる?」
「ええ、もちろんよ。ふふ、この間までオーリが先生だったのにね。わたくしが教えるなんて、変な気分だわ。」

ということで、説教中に遊びに来ていたイリスくんと、ちょうど授業が終わったというマシューとともに訓練室にやってきました。
実はこの訓練室、わたくし達のために父様があいていた庭に建ててくれたのだ。ほんと親バカ。
「それじゃあ、一回見せますわね。」
マシューは見ていないし、オーリにももう一回見せた方がいいだろうと、見本をみせることにする。
説明はなしに、次々に魔法を展開して通勤スタイルに。そして一度全部解き、クラウドを。
「何度見てもすごいですね…。」
「姉様すごいです!!」
感心したように見つめるオーリと、きらきらと眩しい目を向けてくるマシュー。
「マシューを見てると、時々自分がものすごく汚れてるんじゃないかって思ってしまうのよね…。」
ぽつりと呟くと、隣にいたイリスくんが頷く。
「何だろうな、あの純粋さ。あのまま育ってほしいな…。」
眩しいものをみるように目を細め、同意してくれる。
「何言ってるんですか。ほら、初めてください、エル先生。」
わたくし達の会話に気づいたオーリが苦笑とともに促してくる。
「それじゃあ、初めましょう。
まず軽量化の魔法は使えますよね?」
頷くオーリとマシュー。軽量化とかは結構一般的だしね。
「まず自分に軽量化をかけてください。」
わたくしの指示に従い魔法を展開する2人。一回イリスくんに教えてるから要領は前よりいいだろう。
「そうしたら…。」
「飛んでみせればいいだろ。それをイメージしてやってもらえばいい。」
イリスくんがアドバイスしてくれる。そして、教えるのを手伝ってくれるのか、自分も飛んでみせる。
イリスくんにお礼をいいつつわたくしも飛ぶ。
「これをイメージしてください。
最初は、飛べフライ―我が意のままに、と呪文を唱えた方がやりやすいかもしれません。」
2人とも挑戦してみるが中々上手くいかない。
「難しいですね。」
「そんなもんだ。俺もはじめはそうだったしな。一発で成功させたこいつがおかしいんだ。」
「一発、ではありませんわ。試行錯誤の上ですわよ。」
私語をはさみながら何回かやって、ようやく安定して浮けるようになってきた。まだ移動は難しそう。
「練習あるのみ、ですわね。今日はこのくらいにしましょう。」
魔力の消費も結構なので、今日のところはこれで終了となった。

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