上 下
86 / 91
5章 願わくは、愛を

5話 友のためならば

しおりを挟む

真摯な瞳と視線がぶつかる。

「エル様、私と友達になることは嫌ですか?」
「そんなことないわ!」
「じゃあ、なんで私を遠ざけるんですか?」
「それが最善だからよ。今、今後どうするのか話しておけば学園が始まってからどう動くか決められるわ。ちょうどいい機会でしょう?あなたにとっての最善を選びなさい。
わたくしが思う最善は、さっき話した通り。あなたがわたくしから距離を置くこと。わたくしは裏であなたのサポートをするつもり。」

汚れ役、なんて自分で言うつもりはないけれど、つまりそういうことだ。あれだけ嫌悪していた乙女ゲームの悪役になるなんて、と思わないわけではないが、今のところ最も手っ取り早くリリアンネさんに同情を集め彼女の安全を確保するのにこんなに適した役はない。ご都合主義でもなんでも、悪役令嬢という存在は結果的にヒロインを助けることに一役買っていたのだ、と今更ながら思う。
わたくしが悪役にならなかったことで必要以上に彼女を傷つけてしまうなら─。
ようはリリアンネさんにやさしくしておいた方が得だ、と思わせればいい。ゲームと同じ状況を作るのだ。王子や公爵子息たちが積極的にリリアンネさんを守っているだけじゃ足りない。明確な敵が必要だ。わたくしがシナリオを書けばいい。
フレディ様やイリスくん、マシューはこの計画に乗ってくれるだろうか。…………。

「…エル様が言う幸せに…最も善いと考えている策に、自分自身の幸せをいれない理由はなんですか?私と友達になったことに喜んでくれたエル様は、嘘だったんですか?」
「…嘘ではないわ。これが友達にできるわたくしの最善だから─。
それに、わたくしはもう十分幸せよ。これ以上は贅沢だわ。わたくしは貰いすぎてしまったから、そろそろ返さなきゃって思ってたのよ。皆の役に立てるなら本望だわ。」
「嘘じゃないなら!一緒に、もっと幸せになれる方法を考えましょうよ!た、たしかに私は貴族とかなんか…そういうことは、まだよく分からないけど…。でも、私、エル様を犠牲にして得る幸せなんていりません。エル様がしようとしていることはきっと間違っています。マシュー様達もきっと反対します。だから二人になってからこんなこと言いだしたんですよね?エル様の感情を蔑ろにするなんて絶対嫌ですからね!」
「…。あなたがこの話に簡単に乗ってくるような人じゃなくてよかった、と言うべきかしらね。
ありがとう。あなたの気持ちが嬉しいわ。
ごめんなさいね、試すようなことして。」

ふっと張りつめていた息を吐きだしすっかりぬるくなってしまった紅茶を口にする。

「え…?た、試す…?」

ぽかん、と間抜けな顔をさらすリリアンネさん。

「ふふ、お口が開きっぱなしよ。」
「え?え?え?ど、どういうことですか??」

あわあわと頭にはてなマークをたくさん浮かべる姿に笑みがこぼれる。

「さっきまで言っていたことは本当よ。わたくしは彼らやあなた…皆のためならわたくしは感情も、命ですら惜しまないわ。わたくしが一番初めに思いついた案で一番いいと思っていた方法は今言っていたものよ。
でもね、わたくしも学んだの。この案をわたくしの独断でやったら怒られてしまうわ。
今回はわたくしがこれからの対応を決める上であなたのことをちゃんと見ておきたかったから、マシューに頼んだの。まぁ、この案に頷いてくれても、構わなかったのだけどね。」

そう、今回この話をすることはマシューには話してあった。リリアンネさんがもし頷いたとしても計画通りに進められるように。最初は渋っていたが、最後にはリリアンネさんの良心に賭けて手伝ってくれた。結果的にリリアンネさんに断られたのでマシューはほっとすることだろう。

「もし、私がここで頷いてたらどうなってたんですか…?」
「わたくしが悪役となって学校中のヘイトをわたくしに集めて、あなたには同情が集まるようにするのよ。最後は皆納得してリリアンネさんを助けるようになるわ。その方が得だからね。王子たちが公爵令嬢から守っている光の精霊加護持ちの方についていた方が断然いいでしょう?
今はまだあなたは微妙な立場だからああいうやつがでてくるの。だから明確な敵を作ることであなたの立ち位置を明確にするの。王子が大切にしている人には優しくするか関わらないのが一番。それでも黙らないような察しの悪いお馬鹿さんはいらないわ。だからわたくしの取り巻きにして一緒に破滅するのよ。一石二鳥でしょう?
それが一番簡単で手っ取り早いわたくしを利用する方法。」

簡単に計画を説明すると、顔を青ざめさせるリリアンネさん。

「頷かなくて、本当に、心の底から良かったです…!!そんな、エル様を犠牲にして…絶対、ぜぇえっったい!いやですからね!!」

目の前のテーブルに手をつき、ぐっとこちらに身を乗り出してくる。思わず体を後ろに引いてしまった。

「あ、ごめんなさい!と、とにかく、そんな案はやめましょう!あの、でも、ほんとに私、貴族の方の考え方とかよく分からなくて…。」
「ふふ、大丈夫よ。そのあたりは、わたくしが教えるわ。
それに関わることで…もう一つの対策の話なんだけどね?うーん…これはあなたの努力次第というか…。」
「何をすればいいんですか!?」
「あなたには貴族の常識や対策を叩きこみたいと思っているの。どちらにしろ学んでいて損はないわ。あなたを誰も文句を言わないほどの淑女にしたいの。
だから手始めにこの長期休みの間でリリアンネさんをある程度の淑女に仕立て上げたいのだけれど…。」
「もちろんやります!むしろいいんですか…?エル様に迷惑じゃ…。」

申し訳なさそうな顔で首を傾げる。ころころと変わる表情が可愛らしいと思ってしまったわたくしは、すでに彼女に絆されているのだろう。

「迷惑ではないわ。
……それに、わたくし達、と、友達なのでしょう?友達のためなら、精一杯協力しますわ。」

ぱちくり。驚きに目を瞬かせる彼女をみて不安になる。

「あ…もしかして…あんな試すようなことをするわたくしは嫌かしら…?じ、じ、自業自得だと分かっていますわ。遠ざけるようなことを言ったのもわたくしですもの…。」

ああ、そうだ…迷惑じゃないかって聞かれたのもきっとリリアンネさんなりにわたくしを傷つけないように遠回しに断ってくれていたんだ…。
気落ちするもこんなんじゃいけない、と笑顔を作る。

「そうよね、わたくしじゃ嫌よね…。友達なんて勝手に言ってごめんなさい。
リリアンネさんには悪いけれど、まず貴族のマナーは身に着けてもらわないと困るの。教師を付けるわ。我慢してちょうだい…。」
「な、なんでエル様はそんなにネガティブなんですか!違います。私がびっくりしたのは、エル様が私を友達と認めて下さったのが嬉しくて!えーと、だから、私、習うならエル様がいいです!」

鬱々とした気分で手を握られお願いします!と頼み込まれる。

「わ、わたくしでいいの?」
「はい!エル様いいんです。私たち友達なんですよね?」
「…!ええ!もちろんですわ!ありがとう、リリアンネさん。」

今度は、心から。笑みを浮かべてリリアンネさんの手を握り返した。

「こちらこそありがとうございます!これからお願いします、エル様!
あ、私のことはリリーと呼んでくださいね!」
「リリー、これからよろしくね。わたくしのことも、エルでかまわないわ。」
「いいんですか!じゃあ…エル、これから仲良くしてくださいね!」
「ええ、リリー。」

二人で向き合い笑いあう。
そのあと、今後の予定を決めているともう空は赤く染まりリリーの帰宅時間になっていた。マナーを教えるのは次からとなり、用事を終えたマシューと合流して見送りをする。

「姉さんのこと、ありがとう。気を付けて帰ってね。」
「リリー、またね。」
「はい、また!マシュー様もありがとうございました!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

ここは乙女ゲームの世界でわたくしは悪役令嬢。卒業式で断罪される予定だけど……何故わたくしがヒロインを待たなきゃいけないの?

ラララキヲ
恋愛
 乙女ゲームを始めたヒロイン。その悪役令嬢の立場のわたくし。  学園に入学してからの3年間、ヒロインとわたくしの婚約者の第一王子は愛を育んで卒業式の日にわたくしを断罪する。  でも、ねぇ……?  何故それをわたくしが待たなきゃいけないの? ※細かい描写は一切無いけど一応『R15』指定に。 ◇テンプレ乙女ゲームモノ。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。

婚約破棄ですか。ゲームみたいに上手くはいきませんよ?

ゆるり
恋愛
公爵令嬢スカーレットは婚約者を紹介された時に前世を思い出した。そして、この世界が前世での乙女ゲームの世界に似ていることに気付く。シナリオなんて気にせず生きていくことを決めたが、学園にヒロイン気取りの少女が入学してきたことで、スカーレットの運命が変わっていく。全6話予定

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

転生したら攻略対象者の母親(王妃)でした

黒木寿々
恋愛
我儘な公爵令嬢リザベル・フォリス、7歳。弟が産まれたことで前世の記憶を思い出したけど、この世界って前世でハマっていた乙女ゲームの世界!?私の未来って物凄く性悪な王妃様じゃん! しかもゲーム本編が始まる時点ですでに亡くなってるし・・・。 ゲームの中ではことごとく酷いことをしていたみたいだけど、私はそんなことしない! 清く正しい心で、未来の息子(攻略対象者)を愛でまくるぞ!!! *R15は保険です。小説家になろう様でも掲載しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?

との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」 結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。 夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、 えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。 どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに? ーーーーーー 完結、予約投稿済みです。 R15は、今回も念の為

処理中です...