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5章 願わくは、愛を
5話 友のためならば
しおりを挟む真摯な瞳と視線がぶつかる。
「エル様、私と友達になることは嫌ですか?」
「そんなことないわ!」
「じゃあ、なんで私を遠ざけるんですか?」
「それが最善だからよ。今、今後どうするのか話しておけば学園が始まってからどう動くか決められるわ。ちょうどいい機会でしょう?あなたにとっての最善を選びなさい。
わたくしが思う最善は、さっき話した通り。あなたがわたくしから距離を置くこと。わたくしは裏であなたのサポートをするつもり。」
汚れ役、なんて自分で言うつもりはないけれど、つまりそういうことだ。あれだけ嫌悪していた乙女ゲームの悪役になるなんて、と思わないわけではないが、今のところ最も手っ取り早くリリアンネさんに同情を集め彼女の安全を確保するのにこんなに適した役はない。ご都合主義でもなんでも、悪役令嬢という存在は結果的にヒロインを助けることに一役買っていたのだ、と今更ながら思う。
わたくしが悪役にならなかったことで必要以上に彼女を傷つけてしまうなら─。
ようはリリアンネさんにやさしくしておいた方が得だ、と思わせればいい。ゲームと同じ状況を作るのだ。王子や公爵子息たちが積極的にリリアンネさんを守っているだけじゃ足りない。明確な敵が必要だ。わたくしがシナリオを書けばいい。
フレディ様やイリスくん、マシューはこの計画に乗ってくれるだろうか。…………。
「…エル様が言う幸せに…最も善いと考えている策に、自分自身の幸せをいれない理由はなんですか?私と友達になったことに喜んでくれたエル様は、嘘だったんですか?」
「…嘘ではないわ。これが友達にできるわたくしの最善だから─。
それに、わたくしはもう十分幸せよ。これ以上は贅沢だわ。わたくしは貰いすぎてしまったから、そろそろ返さなきゃって思ってたのよ。皆の役に立てるなら本望だわ。」
「嘘じゃないなら!一緒に、もっと幸せになれる方法を考えましょうよ!た、たしかに私は貴族とかなんか…そういうことは、まだよく分からないけど…。でも、私、エル様を犠牲にして得る幸せなんていりません。エル様がしようとしていることはきっと間違っています。マシュー様達もきっと反対します。だから二人になってからこんなこと言いだしたんですよね?エル様の感情を蔑ろにするなんて絶対嫌ですからね!」
「…。あなたがこの話に簡単に乗ってくるような人じゃなくてよかった、と言うべきかしらね。
ありがとう。あなたの気持ちが嬉しいわ。
ごめんなさいね、試すようなことして。」
ふっと張りつめていた息を吐きだしすっかりぬるくなってしまった紅茶を口にする。
「え…?た、試す…?」
ぽかん、と間抜けな顔をさらすリリアンネさん。
「ふふ、お口が開きっぱなしよ。」
「え?え?え?ど、どういうことですか??」
あわあわと頭にはてなマークをたくさん浮かべる姿に笑みがこぼれる。
「さっきまで言っていたことは本当よ。わたくしは彼らやあなた…皆のためならわたくしは感情も、命ですら惜しまないわ。わたくしが一番初めに思いついた案で一番いいと思っていた方法は今言っていたものよ。
でもね、わたくしも学んだの。この案をわたくしの独断でやったら怒られてしまうわ。
今回はわたくしがこれからの対応を決める上であなたのことをちゃんと見ておきたかったから、マシューに頼んだの。まぁ、この案に頷いてくれても、構わなかったのだけどね。」
そう、今回この話をすることはマシューには話してあった。リリアンネさんがもし頷いたとしても計画通りに進められるように。最初は渋っていたが、最後にはリリアンネさんの良心に賭けて手伝ってくれた。結果的にリリアンネさんに断られたのでマシューはほっとすることだろう。
「もし、私がここで頷いてたらどうなってたんですか…?」
「わたくしが悪役となって学校中のヘイトをわたくしに集めて、あなたには同情が集まるようにするのよ。最後は皆納得してリリアンネさんを助けるようになるわ。その方が得だからね。王子たちが公爵令嬢から守っている光の精霊加護持ちの方についていた方が断然いいでしょう?
今はまだあなたは微妙な立場だからああいうやつがでてくるの。だから明確な敵を作ることであなたの立ち位置を明確にするの。王子が大切にしている人には優しくするか関わらないのが一番。それでも黙らないような察しの悪いお馬鹿さんはいらないわ。だからわたくしの取り巻きにして一緒に破滅するのよ。一石二鳥でしょう?
それが一番簡単で手っ取り早いわたくしを利用する方法。」
簡単に計画を説明すると、顔を青ざめさせるリリアンネさん。
「頷かなくて、本当に、心の底から良かったです…!!そんな、エル様を犠牲にして…絶対、ぜぇえっったい!いやですからね!!」
目の前のテーブルに手をつき、ぐっとこちらに身を乗り出してくる。思わず体を後ろに引いてしまった。
「あ、ごめんなさい!と、とにかく、そんな案はやめましょう!あの、でも、ほんとに私、貴族の方の考え方とかよく分からなくて…。」
「ふふ、大丈夫よ。そのあたりは、わたくしが教えるわ。
それに関わることで…もう一つの対策の話なんだけどね?うーん…これはあなたの努力次第というか…。」
「何をすればいいんですか!?」
「あなたには貴族の常識や対策を叩きこみたいと思っているの。どちらにしろ学んでいて損はないわ。あなたを誰も文句を言わないほどの淑女にしたいの。
だから手始めにこの長期休みの間でリリアンネさんをある程度の淑女に仕立て上げたいのだけれど…。」
「もちろんやります!むしろいいんですか…?エル様に迷惑じゃ…。」
申し訳なさそうな顔で首を傾げる。ころころと変わる表情が可愛らしいと思ってしまったわたくしは、すでに彼女に絆されているのだろう。
「迷惑ではないわ。
……それに、わたくし達、と、友達なのでしょう?友達のためなら、精一杯協力しますわ。」
ぱちくり。驚きに目を瞬かせる彼女をみて不安になる。
「あ…もしかして…あんな試すようなことをするわたくしは嫌かしら…?じ、じ、自業自得だと分かっていますわ。遠ざけるようなことを言ったのもわたくしですもの…。」
ああ、そうだ…迷惑じゃないかって聞かれたのもきっとリリアンネさんなりにわたくしを傷つけないように遠回しに断ってくれていたんだ…。
気落ちするもこんなんじゃいけない、と笑顔を作る。
「そうよね、わたくしじゃ嫌よね…。友達なんて勝手に言ってごめんなさい。
リリアンネさんには悪いけれど、まず貴族のマナーは身に着けてもらわないと困るの。教師を付けるわ。我慢してちょうだい…。」
「な、なんでエル様はそんなにネガティブなんですか!違います。私がびっくりしたのは、エル様が私を友達と認めて下さったのが嬉しくて!えーと、だから、私、習うならエル様がいいです!」
鬱々とした気分で手を握られお願いします!と頼み込まれる。
「わ、わたくしでいいの?」
「はい!エル様がいいんです。私たち友達なんですよね?」
「…!ええ!もちろんですわ!ありがとう、リリアンネさん。」
今度は、心から。笑みを浮かべてリリアンネさんの手を握り返した。
「こちらこそありがとうございます!これからお願いします、エル様!
あ、私のことはリリーと呼んでくださいね!」
「リリー、これからよろしくね。わたくしのことも、エルでかまわないわ。」
「いいんですか!じゃあ…エル、これから仲良くしてくださいね!」
「ええ、リリー。」
二人で向き合い笑いあう。
そのあと、今後の予定を決めているともう空は赤く染まりリリーの帰宅時間になっていた。マナーを教えるのは次からとなり、用事を終えたマシューと合流して見送りをする。
「姉さんのこと、ありがとう。気を付けて帰ってね。」
「リリー、またね。」
「はい、また!マシュー様もありがとうございました!」
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