メッセージ ~三年後のあなたへ~

秋風遥

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後編

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 校舎の裏を回って再び、あの白い桜の下にたどり着く。
 春の日差しに輝き、透き通る花びら。その下にいた彼。
 いつもの笑顔で渡されたクッキーの袋。

「お礼だから」と軽い調子で渡したあの小さな箱。
 そのまま、彼を置いて歩み去った。
 笑顔の中に混じっていた苦痛には気づかないふりをして―――。



 苦しさを覚え、桜から目を逸らして校舎を見上げる。
 最後の一年を過ごした教室。
 仲の良い友人 のままで終わった三年間。

 もう少しの勇気があったら、どうなっていただろうか?

 離ればなれになる不安を無視して付き合っていても、今頃はまた別れていたのかもしれない。
 その恐れを理由に断られていたのかも―――。
 あるいは、彼の隣で笑っていたのは自分だったのかもしれない。
 
 遠い日の面影が、新しい記憶に変わる。
 桜の下で自分に微笑みかけていた彼から、知らない誰かに笑いかけていた彼に。

 強い後悔が胸をめ付ける。

 戻りたい。
 あの日、あの時の彼の元へ。

 教室の窓が、語りかけるようにきらめいた。



 気がつくと、こずえは一人懐かしい教室の中にいた。

(どういうこと!?)

 思わず窓に駆け寄ると、ガラスに映った姿にはっとする。
 見慣れたはずの顔が幼くなり、背の半ばまであった長い黒髪が、肩をおおうくらいの長さになっている。
 まるで、昔の自分に戻ったように―――。

(!?)

 振り返っても、周りには誰もいない。
 不思議なほど、静かな空間。
 壁の時計は針を止めたまま、動かない。

(時間が止まってる?)

 教室の中をぐるっと見回す。
 見覚えのある壁の落書き、がれかけたプリント。
 黒板に書かれたかつてのクラスメートの名前。

 何もかも昔のままだ。
 桜の木の下で、彼に会う前のように。

(今、外に出たら拓馬たくまくんに会える? )

 なぜか、彼がそこにいるという確信があった。だが―――。
 心はいだまま。
 教室のドアの前に来たけれど、開いて出ていく気にはなれなかった。

拓馬たくまくんに会いたい、けど…………)

 思い浮かべた彼の顔は、自分を見てくれていた幼い彼ではなく、自分に気づきもしなかった、大人びた彼だった。

 こずえは決然と入り口から離れ、自分の机を探した。
 中にはまだ、あの小さな箱があった。

 箱を取り出すと、リボンをほどき、包み紙を開いてふたを開ける。
 チョコレートの上に四角いカードが乗っていた。
 カードを取り出すと、こずえ思案しあんする。

(何を書けばいいのかな)

 三年前の彼に、三年前の自分が手渡す前に、伝えるべき言葉を書いておきたかった。
 過去と未来をつなぐ、そんな言葉を―――。
 考えあぐねて、窓の外に視線を彷徨さまよわせる。

(え!?)

 窓の外が暗くなったり明るくなったり、目まぐるしく変化していた。
 星がまたたき、月が輝いたと思えば、まぶしい日差しが差し込み、赤い夕焼け雲が流れていく。

 変化は、教室の中にも忍び寄っていた。
 カーテンが閉じたり開いたり、机があちこち移動したり。
 こずえの机だけが動かないまま。

 時計の針がぐるぐる回りだした。

(時間が戻ろうとしているの!?)

 こずえは慌てて机に向かい、シャーペンを取り上げ、カードに文字を書き込んでいく。
 机に日が当たり、また闇の中に沈む。

(早く―――!)

 全力で手を動かし、文章を完成させていく。
 ふいに暗闇に飲み込まれたかと思うと、意識が消え去っていった。
 


 再び意識がはっきりした時、こずえはまだ教室の中にいた。

(夢じゃ、ない?)

 窓ガラスに映るのは、髪の長い元の自分だ。

(もう奇跡は終わったの……?)

 窓の外では、白く輝く木が静かにたたずんでいる。
 その真っ白な桜に目を止めた時、木の下の影に気づいた。
 遠く離れていても、はっきりとわかる。あれは―――。

 こずえは教室を飛び出し、桜の木へと走り出した。



 満開の花びらが純白の雲のようにふわふわと揺れている。
 その下にたたずんでいるのは、同じくらいの年齢の少年。
 駆け寄ってくる少女に、彼は嬉しそうな笑顔を向けた。

こずえ! 久しぶりだな!」
「た……拓馬たくまくん…………!」

 息を整えながら、こずえは彼を見上げた。
 背が伸び、大人びた顔になっているが、まぎれもなく懐かしい彼だ。
 拓馬たくまはポケットから小さなカードを取り出し、目の前にかかげる。



 ―――三年後の今日、この桜の木の下で会ってくれますか―――



「約束通り、ここに来たよ。でも、どうして三年後なんだ?」
「たった今、書いたところだもの」

 こずえは幸福な気持ちで微笑んだ。
 拓馬たくまは不思議そうにつぶく。

「うーん? 変な話だけどな、前は何も書いてなかったはずなのに、最近見たら急に文字が出てきたような気がするんだ」

 拓馬たくまは明るく笑った。

「でもいいか。こずえにまた会えたんだから。駅前では見失ったからな」
「えっ!? 私に気づいてたの?」

 こずえは驚いて拓馬たくまに尋ねた。

「あぁ、話がしたかったんだけどな。何だ、こずえも気づいてたのか」
「声をかける勇気が出なかったの。三年前だって―――」

 こずえは勇気を振りしぼって語った。

「あのチョコレート、本当は二月十四日に渡したかったの」
「えっ!? そうだったのか。何も貰えなかったから、俺のことは何とも思ってないのかと思ったよ」
「そんなことないから……」

 恥ずかしそうに言うこずえに、拓馬たくまは嬉しそうに微笑んだ。

「俺もあのクッキーは、三月十四日に渡したかったんだ。何も貰ってないのに変だけど、少しだけでも気持ちを伝えたくて、最後に渡したんだ」

 拓馬たくまは決まり悪そうに笑った。

「意味なかったのかもしれないけど」
「ううん、嬉しかったよ」

 微笑むこずえ拓馬たくまも笑顔を返す。

「今年から、まだこずえと同じ大学に通うことになったよ」
「そうなの!? これからまた、いつでも会えるんだね」

 拓馬たくまが差し出された手をこずえも握り返す。

「最初に会った時みたいだな」
「私もちょうどそれを思い出したの」

 微笑み交わし二人、肩を並べて歩き出す。
 白い花びらが祝福するようにひらひらと舞う。

「でも、昔のままじゃないんだな。こずえが大人っぽくなってて、もう他の男に取られたかと心配したよ」
「……あれから他の人を好きになったことはないよ」

 三年間ずっと拓馬たくまのことを忘れずにいたわけではないけれど、他の人と付き合う気になれなかったのは、彼の存在が心のどこかに引っかかっていたからなのかもしれない。

拓馬たくまくんだって、昔より素敵になったもの。周りに女の子もいたし、もう誰か好きな人がいるのかと思った」
こずえ以外に好きになった子はいない」

 真っ直ぐにこずえを見すえて、拓馬たくまはきっぱりと言った。
 その真剣な顔に、こずえは顔が赤くなるのを感じた。

「もう言わずに後悔するのは嫌だからな。遅くなったけど、俺の気持ちを伝えたかった。こずえの気持ちも聞かせてくれよ」

 うるんだ瞳で彼を見上げ、こずえはゆっくりと言葉をつむぐ。

拓馬たくまのことがずっと好きだったの。初めて会った時からずっと。あきらめたつもりだったけど、この間会ったら、前よりももっと好きになってた」

 まぶしいほどの笑顔を向けて、拓馬たくまこずえの手を取った。
 そのまま手をつないで、二人寄りい歩く。

 三年前、ここで終わった恋がまた始まる。
 三年の時を経て、めぐり会えた奇跡。
 この幸福をずっと大切に守っていく。

 新たな誓いを胸に――――。




 (完)
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