3 / 3
後編 神官見習い
しおりを挟む
明るい日差しが眩しい。
空の中央に登った太陽は、草原の緑を、神殿の白い壁を、祭壇の上の透明なレンズを美しくきらめかせている。
私は祭壇から眼鏡を取り上げると、いつものように手入れを開始した。
水洗いして、水気を取って、布で念入りに磨き上げる。
「よし、できた!」
今日もまたひと際眩しく輝く眼鏡。
私は見習い神官として神殿で暮らすことになった。
もちろん、眼鏡の手入れは私の役目である。
眼鏡無しの生活は不便だけど、ようやく慣れてきた。
神殿の人達、特にリクさんが助けてくれるし。
転ばないように手を貸してくれたり、周りに何があるのか教えてくれる。
白い衣の神官らしき人が来た。
眼鏡を掛けてなくても、リクさんだとわかる。
「ミキさん、今日もご苦労様です」
「はい、メガネ様も絶好調です!」
『うむ。大儀であった』
厳かな眼鏡の声に恭しく頭を下げるリクさん。
「メガネ様、今日は森番の家までご足労願います。年老いた森番の母親がメガネ様のご加護を待ちわびております」
『そうであったな。大事な信徒が待っておる。ゆくとしよう』
私は眼鏡を取り上げ、掛けた。
眼鏡を運ぶ時には、こうして掛けることが許されている。
「わぁ、また一段と緑が濃くなってきましたね」
くっきりした視界に広がる鮮やかな緑。
初夏の心地よい風が吹き抜ける。
「えぇ、このような日に外を歩くのは、きっと楽しいことでしょう」
リクさんは穏やかな笑顔を浮かべて私を見ている。
眼鏡を掛けていると、整った顔立ちと澄んだ茶色の瞳がはっきりと見えて、思わず戸惑ってしまう。
「そ、そうですね!気持ちのいい季節ですよね!」
上ずった自分の声に戸惑い、眼鏡を外そうとすると、
「あ、お待ちください!」
リクさんに止められる。
「何ですか?」
気持ちを静めて、できるだけ普段通りの調子で答える。
リクさんは手にした小さな紫色の花を差し出した。
何とも言えない芳香が漂う。
「この花をよく見たいと仰っていたので……」
優しい笑顔でリクさんは言った。
「は、はい!ありがとうございます…………!」
そっと花を手に取ると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
信者さんの一人が持ってきた花がとてもいい香りだったので、どんな花なのか気になった。
眼鏡を掛けていないのが残念だと言ったっけ。
……覚えてくれてたんだなぁ。
小さな花がいくつも寄り添っているような、紫の花。
ライラックの花。
花言葉は、「恋の始まり」とか……。
いや、この世界にこんな花言葉なんて……。
『無いようだな。良ければそのような知識も広めて―――』
「さぁ!!眼鏡を届けに行きましょう!!」
私は大声で眼鏡様の言葉をさえぎる。
『うむ。野暮な真似はすまい』
「いい天気だな―――!!!」
リクさんは必死な様子の私としたり顔(顔があればきっとそんな表情をしてるだろう)メガネ様を見て笑う。
「行きましょうか」
「はい!」
メガネ様の力を増すためには、こうして徳を積んでいくことが重要だ。
力が強くなれば、代わりの眼鏡を喚んで私にくれると約束してくれた。
それに、元の世界へも帰れるかもしれない。
よく晴れた緑の野原を、リクさんと並んで歩く。
眼鏡越しの景色はとても綺麗だった。
「メガネ様を掛けたお姿が、ミキさんには似合いますね」
「もう体の一部みたいなものですから」
「この時だけは、目を合わせてお話できるので嬉しく思います」
隣を歩くリクさんの笑顔に鼓動が早まるのを感じ、帰る時が来るのが惜しいような気もしてくるのだった。
―――帰れるのかどうか、まだわからない。
元の世界と家族のことは気になるけれど、この世界の暮らしも悪いものではないと思い始めていた―――。
空の中央に登った太陽は、草原の緑を、神殿の白い壁を、祭壇の上の透明なレンズを美しくきらめかせている。
私は祭壇から眼鏡を取り上げると、いつものように手入れを開始した。
水洗いして、水気を取って、布で念入りに磨き上げる。
「よし、できた!」
今日もまたひと際眩しく輝く眼鏡。
私は見習い神官として神殿で暮らすことになった。
もちろん、眼鏡の手入れは私の役目である。
眼鏡無しの生活は不便だけど、ようやく慣れてきた。
神殿の人達、特にリクさんが助けてくれるし。
転ばないように手を貸してくれたり、周りに何があるのか教えてくれる。
白い衣の神官らしき人が来た。
眼鏡を掛けてなくても、リクさんだとわかる。
「ミキさん、今日もご苦労様です」
「はい、メガネ様も絶好調です!」
『うむ。大儀であった』
厳かな眼鏡の声に恭しく頭を下げるリクさん。
「メガネ様、今日は森番の家までご足労願います。年老いた森番の母親がメガネ様のご加護を待ちわびております」
『そうであったな。大事な信徒が待っておる。ゆくとしよう』
私は眼鏡を取り上げ、掛けた。
眼鏡を運ぶ時には、こうして掛けることが許されている。
「わぁ、また一段と緑が濃くなってきましたね」
くっきりした視界に広がる鮮やかな緑。
初夏の心地よい風が吹き抜ける。
「えぇ、このような日に外を歩くのは、きっと楽しいことでしょう」
リクさんは穏やかな笑顔を浮かべて私を見ている。
眼鏡を掛けていると、整った顔立ちと澄んだ茶色の瞳がはっきりと見えて、思わず戸惑ってしまう。
「そ、そうですね!気持ちのいい季節ですよね!」
上ずった自分の声に戸惑い、眼鏡を外そうとすると、
「あ、お待ちください!」
リクさんに止められる。
「何ですか?」
気持ちを静めて、できるだけ普段通りの調子で答える。
リクさんは手にした小さな紫色の花を差し出した。
何とも言えない芳香が漂う。
「この花をよく見たいと仰っていたので……」
優しい笑顔でリクさんは言った。
「は、はい!ありがとうございます…………!」
そっと花を手に取ると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。
信者さんの一人が持ってきた花がとてもいい香りだったので、どんな花なのか気になった。
眼鏡を掛けていないのが残念だと言ったっけ。
……覚えてくれてたんだなぁ。
小さな花がいくつも寄り添っているような、紫の花。
ライラックの花。
花言葉は、「恋の始まり」とか……。
いや、この世界にこんな花言葉なんて……。
『無いようだな。良ければそのような知識も広めて―――』
「さぁ!!眼鏡を届けに行きましょう!!」
私は大声で眼鏡様の言葉をさえぎる。
『うむ。野暮な真似はすまい』
「いい天気だな―――!!!」
リクさんは必死な様子の私としたり顔(顔があればきっとそんな表情をしてるだろう)メガネ様を見て笑う。
「行きましょうか」
「はい!」
メガネ様の力を増すためには、こうして徳を積んでいくことが重要だ。
力が強くなれば、代わりの眼鏡を喚んで私にくれると約束してくれた。
それに、元の世界へも帰れるかもしれない。
よく晴れた緑の野原を、リクさんと並んで歩く。
眼鏡越しの景色はとても綺麗だった。
「メガネ様を掛けたお姿が、ミキさんには似合いますね」
「もう体の一部みたいなものですから」
「この時だけは、目を合わせてお話できるので嬉しく思います」
隣を歩くリクさんの笑顔に鼓動が早まるのを感じ、帰る時が来るのが惜しいような気もしてくるのだった。
―――帰れるのかどうか、まだわからない。
元の世界と家族のことは気になるけれど、この世界の暮らしも悪いものではないと思い始めていた―――。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

聖女は聞いてしまった
夕景あき
ファンタジー
「道具に心は不要だ」
父である国王に、そう言われて育った聖女。
彼女の周囲には、彼女を心を持つ人間として扱う人は、ほとんどいなくなっていた。
聖女自身も、自分の心の動きを無視して、聖女という治癒道具になりきり何も考えず、言われた事をただやり、ただ生きているだけの日々を過ごしていた。
そんな日々が10年過ぎた後、勇者と賢者と魔法使いと共に聖女は魔王討伐の旅に出ることになる。
旅の中で心をとり戻し、勇者に恋をする聖女。
しかし、勇者の本音を聞いてしまった聖女は絶望するのだった·····。
ネガティブ思考系聖女の恋愛ストーリー!
※ハッピーエンドなので、安心してお読みください!
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

私と母のサバイバル
だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。
しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。
希望を諦めず森を進もう。
そう決意するシャリーに異変が起きた。
「私、別世界の前世があるみたい」
前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる