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終章 満ち足りた世界

舞踏会~「聖女の盾」・前半~

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 エルシーに金褐色の髪の容姿端麗ようしたんれいな貴公子が近づく。
 優雅に一礼して、伯爵はダンスを申し込んだ。

「一曲お願いできますか、聖女様」
「はい、セドリック様」

 二人は中央へ進み出た。
 宮廷一の踊りの名手に導かれ、エルシーもいつも以上に軽やかに舞う。
 巧みにステップを踏み、優雅に手足をさばきき、さらさらと流れるように裳裾もすそが床を滑ってゆく。
 感嘆の溜息が二人を包む。

「貴女以上に楽しそうに踊る淑女はいないね。お教えした甲斐があったよ」

 エルシーは笑う。

「順番を待っていらっしゃる方がたくさんおられるのでしょう。結論を出すのはまだ早すぎますわ」
「では、後程もう一度お相手をお願いしましょう。その時にまた改めて判定致します」
「わたくしのところまで順番がまわってきますかしら?」
「貴女のための時間なら、いつでも空いているよ」
「あら、大事なお時間をそんなに頂くわけにはいきませんわ。セドリック様もそろそろ結婚相手を選ばなければならないのでしょう?」

 セドリックは吐息をついた。
 憂いの漂う顔も絵になっている。

「最近母上も叔母様方もうるさいからね。一度は結婚するのも悪くはないが」
「それがいいと思いますわ。いつまでもたくさんの方を悩ませていてはお気の毒ですもの」
「まだしばらくは先の話だけどね」
「それでは、わたくしの方が先に結婚することになりそうですわね」
「あぁ、覚えておいてくれるかな。宮廷の恋は結婚してからが本番だということをね」

 伯爵は悪戯っぽく片眼を閉じた。
 エルシーはつんとして言った。

「まぁ!わたくしは遠慮しますわ」
「いつでも取り消して良いんだよ」

 踊り終えた伯爵を、たちまち淑女達が取り囲む。色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢達は、セドリックの美しい顔立ちや流暢りゅうちょうな会話に魅了され、楽し気な笑い声が響く。
 聖女を守って二つの大きな試練を乗り越えたことにより、「聖女の盾」の人気はますます上がっていた。
 セドリックには近く侯爵領が与えられることが決まっている。
 彼を娘の結婚相手として狙っている家は多い。セドリック自身はまだ独身生活を楽しみたいようだが―――。



 白い法衣の大司教は、広間の片隅で幾人かの紳士淑女達と会話をしていた。
 灯火にきらめく白金の髪に縁どられた端正な顔をうっとりと眺めている貴婦人もいる。信仰心よりも大司教自身が目当てで法話を聞きに来る淑女も少なくない。

「これは聖女様。この度は国王陛下より伯爵領をたまわれしこと、まことにお祝い申し上げます」

 丁重に祝辞しゅくじを述べるパーシヴァルに、エルシーもまた優雅な礼で応じた。

「ありがとうございます。パーシヴァル様のご指導のお陰ですわ」

 パーシヴァルの灰色の鋭い瞳が和らいだ。

「本当に貴女は聖女として立派に成長されました。教師として誇りに思います。貴女の功績こうせきがようやく認められましたことに安堵あんど致します」

 エルシーは「異世界荒らし」撃退の褒賞ほうしょうとして、伯爵領を贈られることになったのである。本来彼女は伯爵令嬢であったと、かつてルビィから聞いていた。新しい女神を得て、世界はあるべき姿に戻ろうとしているのだろうか。既に本来の道筋からは大きく外れてしまっているけど―――。

「領地を治めるためには、まだまだ多くの事を学ばなければなりませんわ」
「それならば、いつでも授業をして差し上げましょう。学問には終わりというものがありませんからね」

 パーシヴァルは一生を神に捧げる決心を固めていた。
 普通の貴公子姿の彼も見てみたい気がしたが、今の法服姿の方が彼には似合うだろうとエルシーは考えた。

「ところで、例の古文書のことですが―――」

 古代神殿と魔女の家で発見された古い資料。
 今は無い貴重な書物が多いため、国王の命て図書館を造り自由な研究を推進するという計画が持ち上がった。
 王侯貴族のお抱え学者のみならず、市井しせいの研究者からも期待の声が高まっている。
 無論、危険な書物は閲覧えつらんを制限して厳重に保管するか、神殿に置いたままにしておく。

 古代神殿の存在は秘密のまま、写本が作られ少しづつ王都へ運びこまれているのである。
 パーシヴァルは期待に目を輝かせて語る。

「まだ見たことの無い書物が多くあるというだけで、心が浮き立ちます。レジナルド殿のことは言えません」
「えぇ、わたくしも楽しみにしています。伝説や物語の本もありますから、きっとたくさんの人が訪れますわね」

 図書館への建設計画に、エルシーも資金を供出していた。
 ささやかな恩返しの気持ちだ。

 新たな物語がこの国の精神面も豊かにしていくことを期待して、大司教と聖女は楽しく語り合った。
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