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第十章 最強令嬢ヴィクトリーヌ

魂の解放

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「やはりまだ菜々美の力は不安定ですね……女神の力を使いこなせていません。もっとも、今の彼女に頼るのは無理がありましたが……」
「…………」

 エルシーは菜々美の隣に立つと、自らの手を菜々美の手に重ねた。

「え?」
「聖女は貴女だけじゃないわ」

 白球が明滅する。

「は?貴女に何ができるというの?偽物の分際で!!」

 ヴィクトリーヌは嘲笑ちょうしょうした。
 薄桃色の花びらが舞い、半透明の盾が滑らかに傷一つない状態に回復する。
 ルビィはきっぱりと言った。

「偽物なんていません」
「そうだね!エルシーだって聖女なんだもの!」

 菜々美が嬉しそうに叫ぶと、花びらが白球に降り注ぎ、薄桃色のかすみおおわれる。
 光球は今までにないほどの強い輝きを放った。
 金色と黒の帯が揺らぎ、背後へと流されていく。

「なんですって!?」

 ヴィクトリーヌの顔に初めて焦りが浮かんだ。

「聖女は二人います。女神の力を預かる者と、その力を完全に使いこなす者」

 ルビィが厳かに語る。

 二人の聖女は手を繋いで、白球を飛ばす。
 金色の帯が砕け、黒い霧を散らして消え去る。
 白球はヴィクトリーヌにぶつかり、光が弾け、部屋中を真昼のような明るさで満たした。

『くくく…………』

 光の中からヴィクトリーヌのくぐもった声が聞こえる。

『何十年……何百年と力を集めて…………』

 ピシッとガラスがひび割れるような音がする。

『ここで終わりだなんて…………』

 ガラガラと瓦礫がれきの崩れる音。

『あぁ、楽しかった。とても…………』

 ガラスが砕け散る。

『もっと、遊びたかったな…………』

 光が薄れていく。
 ヴィクトリーヌは既に消え、その後に、ぼろぼろになった黒いショールが残された。
 つんざくような悲鳴が響く。
 黒いショールから、呪詛じゅそのような禍々まがまがしい叫びが流れる。
 ショールは崩れ、大きな影に形を変えた。

『おぉ……我が半身が…………』

 影の上の方、頭と思われる場所にギラギラ光る二つの赤い目が現れた。

脆弱ぜいじゃくな人間どもが!悪魔に勝てると思うのか!』

 さっと影におどりかかる人影。

『グオオオオオオオオ!!!』

 閃光が走り、影は真っ二つに切り裂かれた。
 勇者バートランドが容赦ようしゃない聖剣の斬撃ざんげきで、影を切り裂いていく。
 声にならない叫びをあげて、影は小さく分裂し、消えていった。

 その中から、歓喜の声を上げて、いくつもの小さな光がほとばしる。

「……なに?どうなったの?」

 菜々美は地面にうずくまり、肩で息をしていた。
 彼女をアルフレッドが支えている。

「あの光は?」

 エルシーは、傍らにいたはずのルビィの姿が見えないことに気付いた。

「悪魔に囚われていた魂です」

 光の中から、神々しい声が響き渡る。
 エルシーは聞き覚えのある声にはっとする。

「彼らの犠牲ぎせいになった者達もようやく、くべき所へくことができます。貴女達のお陰です」

 光の群れが動きを止め、耳を澄ますように空にただよう。

「さぁ、貴方達の苦しみは終わりました。自らの世界へ戻り、神々の元へ昇りなさい」

 ふわふわと一つ、また一つ、小さな魂は空高く昇っては消えた。
 魂の群れが去った後に現れたのは、紅玉の色に輝く真っすぐな長い髪、新緑のような鮮やかな緑の瞳をし、小さな尖った耳と透き通る羽を持った少女だった。

「貴女は……ルビィなの?」

 記憶の中の小さな妖精とは違い、エルシーと同じ年頃の少女に見える。
 ルビィは彼女に微笑み掛けた。
 優しく、威厳に満ちた微笑にかつての悪戯っぽい妖精の面影が見えた。



「次は貴女の番です」

 ルビィの厳しい声に、びくりと小さな魂が震える。
 一つだけ残っていた魂。ヴィクトリーヌと名乗った者の魂に違いない。

「魂そのものに害を加えるつもりはありません。それは神々でさえもゆるされないこと」

 威厳に満ちた声に、誰もが静かにその場で成り行きを見つめていた。
 新しい女神の裁きが始まるのだ。

 ヴィクトリーヌは罰を受けるべき存在であり、それを否定するつもりもないが、あまり気持ちの良いものとは言えなかった。無力化された今では特に。

 エルシーと目が合ったバートランドは苦笑する。
 彼も同じように考えているのは間違いない。
 それでも、自分の行動の結果として、最後まで見届けようとエルシーは決意した。

「貴女を元の世界へかえします。以後転生、転移に関わらず他の世界への出入りを禁じます」

 ルビィが命じた刑。
 悪魔にそそのかされたとはいえ、彼女に罪が無いとは言えなかった。

(嫌、あのつまらない世界に戻るのは)

 魂の思念が流れる。
 菜々美がはげますように言った。

「いいじゃない。また大好きな悪役令嬢物が読めるよ」

 ルビィが微笑んだ。

「記憶も力も失い、無力な普通の人間としてやり直すのです。できないことではありません。貴女もかつてそのような人間として生きてきたのですから」

 ルビィが魂を手の上に乗せて、空高く掲げる。

「お行きなさい」

 ふわふわと小さな魂は登っていき、天井に着く前に消えた。
 ルビィは手を下ろし、その緑の瞳がエルシーに向けられた。
 エルシーは彼女の元へ駆け寄った。

「おめでとう、ルビィ。ついに夢が叶ったのね」
「えぇ、貴女のお陰です。ついに私が女神にふさわしい存在だと認められました」

 ルビィらしい調子にエルシーは笑ったが、涙があふれるのを止めることはできなかった。
 これで彼女と別れなければいけないことがわかっていた。

「本当にありがとう……今までずっと私を助けてくれて…………」
「いつでも私は見守っていますよ。眠っている女神様が起きるまで、まだ長い時間が掛かります。その後は新しい世界を造ったりするかもしれませんが、貴女が一生を終えるまでこの世界を離れる事は無いでしょう」

 エルシーはルビィと手を取り合って、その言葉にただ頷いていた。

「さぁ、貴女はこれから今までの努力に見合う幸福を手に入れるのです。女神の祝福が貴女と共にあることを忘れないで」
「……忘れないわ、ずっと、貴女の事……!」

 さようなら、という気はなかった。
 傍に無くても、目に見えなくても、ずっと彼女は自分と共にいるとわかっていたから。
 彼女と過ごした時間は苦労も多かったけれど、かけがえのない貴重な時間だった。
 いつまでもエルシーはその思い出を大事にするだろう。

 バートランドが彼女のかたわらに立ち、その肩を支える。
 ルビィの姿は光を放って消え、後には人間達だけが残された。
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