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第十章 最強令嬢ヴィクトリーヌ

ヴィクトリーヌの誘惑 ~セドリック~

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 真っ白な空間。
 金褐色の髪に青い瞳の優雅な貴公子は、一人でその只中ただなかにいた。
 セドリックは軽く周囲を見回し、背後の気配に語り掛けた。

「これはこれは……一体どんな歓迎をしてくれるのかな?」

 一面の白の中、目もくらむほどに光り輝く金と黒。

「どんなものでも」

 ヴィクトリーヌは妖艶ようえんに微笑む。

「貴方の望むものを差しあげますわ」
「貴女にそれがわかるのかな」

 黄金のドリルを揺らめかせ、ヴィクトリーヌは含み笑いをする。

「えぇ、よくわかっておりますわ。『真実の愛』が欲しいと仰るのでしょう?」

 セドリックは軽く微笑んだ。

(お約束ですものね)

 勝利を確信してヴィクトリーヌは答えを続ける。
 かざした手の平に光が生まれ、ふわっと宙を舞い、地に降り立つ。
 光は豪華なドレスを着た華麗かれい美貌びぼうの淑女に変わる。

「お気に召さなければ、いくらでも交換して差し上げましてよ」

 光は次々と美女の姿に変化する。
 高慢な表情の黒髪の美女、おどおどした様子の水色の髪の美少女、勝気な笑みを浮かべる赤い髪の小柄な美少女など。
 セドリックは心動かされた様子も無く、冷静に言った。

「大盤振る舞いだね」
「お望みなら、こちらはどうかしら」

 冷ややかな銀髪の美しい淑女には見覚えがあった。

「おや、彼女は貴女の魔手から逃れたはずではなかったかな」
「こちらは魂の無い模造品に過ぎないのですわ。ですけれど、本物を提供ていきょうすることもできますわよ、貴方さえその気になってくだされば」
「引っ込めてもらえるかな」

 伯爵の非情な声。
 美女達はろうそくがき消えるように消え去っていった。
 ヴィクトリーヌはあごらし、冷酷な表情で問う。

「アイリーンのどこが気に入らないのかしら?」

 セドリックはうんざりした顔で言う。

「私の母のようなことを言うんだね。令嬢の押し売りは母上と叔母様方で十分だよ。『真実の愛』というものは、ぼんやり突っ立っていれば、誰かが持ってきてくれるようなものだと思っているのかな?」
「運命の出会いとはそうしたものじゃなくて?探しても見つからなくて、気が付けばいつの間にかそこにある。そんなものではないかしら」
「それは一理あるね。でも、貴女にそれが提供できるというのかい?」
「当然ですことよ。ご希望があるならお聞きしますわ」
「なるほど、考え無しに次々目の前に見本を放り出すより建設的だね。まあいい、お教えしようか」

 伯爵はもったいぶるように軽くあごに手を当てて、考えるようにしばし間を開け、ゆっくりと切り出した。

「そうだね……。年の頃は16、7、美しさと愛らしさを兼ね備えた淑女で、軽やかな足取りをして、苦難に折れぬ強い心と深い思いやりのある、薄桃色の髪とすみれ色の瞳の―――」
「まぁ!」

 ヴィクトリーヌは眉を吊り上げた。

「その恋はとっくに終わったものではなくて?そもそもまがい物ではありませんか!」

 憤慨ふんがいするヴィクトリーヌにセドリックは突き刺すような眼差しで答える。

「本物になっていたはずだよ、彼女がこちらを向いてくれていればね」
「どちらにしても、問題にはなりませんわ、もう終わってしまったのですもの」
「そう、私もずっと思っていたよ。容易く終わってしまうのではなく、永遠に続く本物の恋ができないものかと」

 うれいのある表情は、伯爵をこの上なく美しく見せる。

「わかりますわ、貴方のような方はいつもそうですものね!ですから、このわたくしが協力して差し上げると言っておりますのよ、光栄に思いなさいな」

 高慢な笑みを浮かべる金と黒の女に悠然ゆうぜんと微笑み、伯爵は続ける。

「恋が終わるたびにいつも思っていたよ。あぁ、これもまた偽物だったのかと。でも、それは間違っていた」

 ヴィクトリーヌは不審そうに眉を上げる。
 セドリックは誇らしげに言葉をつむぐ。

「真に素晴らしい淑女は、恋をしていようといまいと、やはり素晴らしいことに変わりはないんだよ」
「それは、あの子の姿が変わったからではなくて?前より美しくなったから惜しくなっただけではありませんの」

 |さげむように黄金の淑女は目を細めた。黒いショールが蛇のように揺らめく。

「違うね。姿が変わっても、彼女は彼女だよ。もう一人の聖女殿……菜々美殿とは全く似ていない。外見そのものは同じでもね」

 エルシーには愛らしさと優雅さがあり、菜々美ははちきれそうな元気と力強さがある。
 同じ顔をしていても、浮かぶ表情、身にまとう雰囲気は完全に別のものである。

「今の彼女が前よりも美しいのは確かだよ。だが、それは彼女自身の生き方の現れだ。美しい魂が内面から輝きを見せているから、より美しく輝くのだよ。もっと劣った人格の持ち主が彼女の身体を乗っ取ったとしたら、あれほど美しくは見えないだろう」

 セドリックは諭すように語る。

「真剣に恋をしたのなら、後に何も残らないということはない。あの恋は私にかけがえのないものを残してくれた」

 麗しの伯爵は勝ち誇ったように笑う。
 ヴィクトリーヌは少々ひるんだように見えた。

「自分にもあのような愛し方ができるという自信だよ!あの方のためならば、喜んで盾となり消え去ることもいとわない。与えられることしか望まない身勝手な人間ではなく、一人の女性を全力で愛し守り抜く精神が自分の中にあると知って、私はこの上もなく幸福なのだよ」

 セドリックは青く輝く瞳で、高らかに告げる。

「私は行こう、聖女達と仲間の待つ戦場へ。さぁ、私を彼らの元へ返してもらおうか!」

 黄金と黒の像にひびが入る。
 白い空間は徐々に薄れ、かき消すように消えた。
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