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第九章 籠の鳥が羽ばたく時
皇帝コーネリアス
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ロッドフォード帝国、謁見の間。
シミオンは膝をついて旅の報告をした。
悠然と彼を見下ろしているのは、皇帝コーネリアスである。
年は二十代半ば、灰色の髪に黒い目の容姿端麗な貴公子だ。
皇帝は温厚な笑みを浮かべ、シミオンに問う。
「それで、何故貴方の背後に彼女がいるのかな?」
笑顔を崩さず、しかし目にはぞっとするほど冷たい光を湛えて、皇帝が問い詰めた。
シミオンの背後には、装飾の少ない青紫のドレスに、髪を結い上げていつもより大人っぽく見えるように装った薄桃色の髪の少女。エルシーは目を伏せたまま、彼らのやり取りを聞いていた。
彼女の傍らには、騎士の正装に身を包んだバートランドがいる。
シミオンは真っすぐに皇帝を見上げた。
「畏れながら申し上げます。エルシー嬢には、この場にいる権利があるはずです」
皇帝は嘲笑するようにに口の端を上げた。
「それはどういうことかね」
「エルシー嬢への贈り物の首飾りが爆発しました。彼女の騎士の働きがなければ、あの部屋にいた者は皆死んでいたことでしょう」
「それがどうしたと言うのだ?」
コーネリアスは平然と答えた。
シミオンは憤りを込めて皇帝を見据える。
「あれは『アイリーン嬢の贈り物』としてコーネリアス様から預かったものです。それが私達の生命を危険に晒しました。このままでは、アイリーン様が罪に問われることになります」
「アイリーンがしたことだと言うのかね?私の婚約者に罪を着せるのは止めてもらおうか。そなたこそ、気高き令嬢に謂われなき侮辱を加えることになるのだぞ」
皇帝は威厳に満ちた態度でマントを払った。
「そもそも何の証拠があるのだ?アイリーンはあの首飾りなど見たこともないだろう。本人に問うまでも無い。天使のごとき美しき心の持ち主である彼女に、いかなる罪があろう。証拠を探したとて、何も見つかりはせぬよ」
冷然と言い放つコーネリアス。
シミオンは拳を握りしめ、皇帝を睨みつけた。
「貴方はグリーンフィールドの聖女とセルザムの王子を葬り去ろうとした!その場にいた無関係な人を巻き込んで!何を言おうと、言い逃れはできない!一度に二つの国を相手に戦を起こす気があるというのか!」
コーネリアスは優雅な笑みを浮かべた。
「そう、貴方はセルザムの第三王子でおられます。ですが、祖国はそれほど貴方を大事にしているのでしょうか?むしろ邪魔者扱いされていたからこそ、素性を隠してグリーンフィールドに亡命していたのではありませんか」
丁寧な口調に露骨な悪意が籠っていた。シミオンの顔色が変わる。
「わたくしにお話させてくださいませんか、シミオン様」
エルシーはシミオンに囁いた。
皇帝の冷酷な声が響く。
「義理の姉から婚約者を奪った女に私と話をする権利があると思うのかね?今は私の大事な婚約者であるアイリーンに、そなたが何をしたか、知らぬ私ではない」
エルシーは聖女時代に身に着けた威厳をもって、冷静な態度で語る。
「何者かの卑劣な姦計によりあらぬ噂を立てられ、名誉を傷つけられた女がわたくしです。アイリーン様から婚約者を奪うために利用されたのでしょう。アイリーン様のお気持ちも考えず、酷い仕打ちをなさるものです」
エルシーは確信していた。
ブライアンとの噂を流し、婚約を解消させたのは、このコーネリアス皇帝である。
シミオンもエルシーを弁護する。
「今では私も理解しております。エルシー嬢には何の罪も無かったということを。ことあるごとにアイリーン様にブライアン殿とエルシー嬢への不信感を植え付けていったのは、貴方です。私はそれを聞いていました」
エルシーはシミオンの言葉に感慨を覚えた。正気でなかったというのは本当だったのだ。
もはや彼はエルシーの敵ではなかった。
ルビィが言う。
(だから始末しようとしたのでしょう。ヒロインの味方は悪役令嬢の敵です。悪役令嬢側に取り込めなければ排除されます)
(お姉様は悪役令嬢ではないわ)
(えぇ、この世界は「悪役令嬢物」の世界ではありません。皇帝はヴィクトリーヌに創られ、強引にねじ込まれた存在……聖女型の悪役令嬢に付き物の「全自動ざまぁ装置ですね」)
その皇帝がアイリーンに近づき、二人を疑うように仕向けていた。アイリーンが信じなかったのはそのせいか。
(悪役令嬢お約束の鈍感のせいもあるのでしょうけど。原作ではそれほど鈍感ではありませんでした。これもヴィクトリーヌの影響による悪役令嬢補正です)
コーネリアスは呆れたように首を振る。
「望まれもしないのにアイリーンの周りをうろついていたと思ったら、今度はその小娘に誑かされたというのかね。つくづく愚かな男だ」
「エルシー嬢もアイリーン嬢に劣らぬ美しい心の持ち主です。アイリーン嬢の疑いを晴らすためにも、お二人にお話をさせてくださるよう、お願いいたします」
「何を言うのかね。そのようなこと、承知できるはずもないだろう」
「わたくしからもお願いいたします、コーネリアス様」
涼やかな声が響いたと思うと、丈高いすらりとした淑女が姿を現した。
月の光のような冴え冴えと輝く銀色の髪、冬空を映した青い瞳の美しい顔立ち。
エルシーは久しぶりに会った義姉の姿に驚く。
「一度エルシーとはお話しする約束になっておりました。果たせずにいたのを心残りに思っていたところです。何も話すことなく貴方に嫁ぐことはできません」
アイリーンは真剣に頼み込んだ。
コーネリアスは無表情のまま、彼女の言葉を聞いていたが、ついに口を開いた。
「よろしい、一度だけ話をすることを許可しよう。ただし、エルシー嬢一人だけで来ることだ。他の者は別室で待機してもらおう」
(何かあったら助けを呼びに行きます)
(お願いするわ)
こっそりルビィと会話を交わし、エルシーはアイリーンの後をついて歩く。
静かな廊下に足音だけが響いていった。
シミオンは膝をついて旅の報告をした。
悠然と彼を見下ろしているのは、皇帝コーネリアスである。
年は二十代半ば、灰色の髪に黒い目の容姿端麗な貴公子だ。
皇帝は温厚な笑みを浮かべ、シミオンに問う。
「それで、何故貴方の背後に彼女がいるのかな?」
笑顔を崩さず、しかし目にはぞっとするほど冷たい光を湛えて、皇帝が問い詰めた。
シミオンの背後には、装飾の少ない青紫のドレスに、髪を結い上げていつもより大人っぽく見えるように装った薄桃色の髪の少女。エルシーは目を伏せたまま、彼らのやり取りを聞いていた。
彼女の傍らには、騎士の正装に身を包んだバートランドがいる。
シミオンは真っすぐに皇帝を見上げた。
「畏れながら申し上げます。エルシー嬢には、この場にいる権利があるはずです」
皇帝は嘲笑するようにに口の端を上げた。
「それはどういうことかね」
「エルシー嬢への贈り物の首飾りが爆発しました。彼女の騎士の働きがなければ、あの部屋にいた者は皆死んでいたことでしょう」
「それがどうしたと言うのだ?」
コーネリアスは平然と答えた。
シミオンは憤りを込めて皇帝を見据える。
「あれは『アイリーン嬢の贈り物』としてコーネリアス様から預かったものです。それが私達の生命を危険に晒しました。このままでは、アイリーン様が罪に問われることになります」
「アイリーンがしたことだと言うのかね?私の婚約者に罪を着せるのは止めてもらおうか。そなたこそ、気高き令嬢に謂われなき侮辱を加えることになるのだぞ」
皇帝は威厳に満ちた態度でマントを払った。
「そもそも何の証拠があるのだ?アイリーンはあの首飾りなど見たこともないだろう。本人に問うまでも無い。天使のごとき美しき心の持ち主である彼女に、いかなる罪があろう。証拠を探したとて、何も見つかりはせぬよ」
冷然と言い放つコーネリアス。
シミオンは拳を握りしめ、皇帝を睨みつけた。
「貴方はグリーンフィールドの聖女とセルザムの王子を葬り去ろうとした!その場にいた無関係な人を巻き込んで!何を言おうと、言い逃れはできない!一度に二つの国を相手に戦を起こす気があるというのか!」
コーネリアスは優雅な笑みを浮かべた。
「そう、貴方はセルザムの第三王子でおられます。ですが、祖国はそれほど貴方を大事にしているのでしょうか?むしろ邪魔者扱いされていたからこそ、素性を隠してグリーンフィールドに亡命していたのではありませんか」
丁寧な口調に露骨な悪意が籠っていた。シミオンの顔色が変わる。
「わたくしにお話させてくださいませんか、シミオン様」
エルシーはシミオンに囁いた。
皇帝の冷酷な声が響く。
「義理の姉から婚約者を奪った女に私と話をする権利があると思うのかね?今は私の大事な婚約者であるアイリーンに、そなたが何をしたか、知らぬ私ではない」
エルシーは聖女時代に身に着けた威厳をもって、冷静な態度で語る。
「何者かの卑劣な姦計によりあらぬ噂を立てられ、名誉を傷つけられた女がわたくしです。アイリーン様から婚約者を奪うために利用されたのでしょう。アイリーン様のお気持ちも考えず、酷い仕打ちをなさるものです」
エルシーは確信していた。
ブライアンとの噂を流し、婚約を解消させたのは、このコーネリアス皇帝である。
シミオンもエルシーを弁護する。
「今では私も理解しております。エルシー嬢には何の罪も無かったということを。ことあるごとにアイリーン様にブライアン殿とエルシー嬢への不信感を植え付けていったのは、貴方です。私はそれを聞いていました」
エルシーはシミオンの言葉に感慨を覚えた。正気でなかったというのは本当だったのだ。
もはや彼はエルシーの敵ではなかった。
ルビィが言う。
(だから始末しようとしたのでしょう。ヒロインの味方は悪役令嬢の敵です。悪役令嬢側に取り込めなければ排除されます)
(お姉様は悪役令嬢ではないわ)
(えぇ、この世界は「悪役令嬢物」の世界ではありません。皇帝はヴィクトリーヌに創られ、強引にねじ込まれた存在……聖女型の悪役令嬢に付き物の「全自動ざまぁ装置ですね」)
その皇帝がアイリーンに近づき、二人を疑うように仕向けていた。アイリーンが信じなかったのはそのせいか。
(悪役令嬢お約束の鈍感のせいもあるのでしょうけど。原作ではそれほど鈍感ではありませんでした。これもヴィクトリーヌの影響による悪役令嬢補正です)
コーネリアスは呆れたように首を振る。
「望まれもしないのにアイリーンの周りをうろついていたと思ったら、今度はその小娘に誑かされたというのかね。つくづく愚かな男だ」
「エルシー嬢もアイリーン嬢に劣らぬ美しい心の持ち主です。アイリーン嬢の疑いを晴らすためにも、お二人にお話をさせてくださるよう、お願いいたします」
「何を言うのかね。そのようなこと、承知できるはずもないだろう」
「わたくしからもお願いいたします、コーネリアス様」
涼やかな声が響いたと思うと、丈高いすらりとした淑女が姿を現した。
月の光のような冴え冴えと輝く銀色の髪、冬空を映した青い瞳の美しい顔立ち。
エルシーは久しぶりに会った義姉の姿に驚く。
「一度エルシーとはお話しする約束になっておりました。果たせずにいたのを心残りに思っていたところです。何も話すことなく貴方に嫁ぐことはできません」
アイリーンは真剣に頼み込んだ。
コーネリアスは無表情のまま、彼女の言葉を聞いていたが、ついに口を開いた。
「よろしい、一度だけ話をすることを許可しよう。ただし、エルシー嬢一人だけで来ることだ。他の者は別室で待機してもらおう」
(何かあったら助けを呼びに行きます)
(お願いするわ)
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