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第八章 魔王と転移者

一時の安らぎ

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 城下町の公園。
 噴水ふんすいは勢いよくきらめく水をき上げて、虹の橋をける。

 ベンチに並んで座り、エルシーとバートランドとルビィは離れてからこれまでのことを話し合った。

「それで、なぜこっちに来るのが遅れたのですか?貴方の方が先に城へ向かっていたはずですが」

 ルビィの疑問に、バートランドが答えた。

「こっちに向かう途中で、地の精霊に会ったんだ。エルシーが雷王山に来たって教えてくれたよ。それで、急いで引き返したよ」

 エルシーは首をかしげた。

「街道には、それらしい人は見かけなかったけど……」
「あぁ、ダンジョンを通って近道したんだ。最短距離で行けるけど、魔物が出るから普通の人は通らないからね」
「街道を通っていれば、会えたんじゃないですか?」
「まぁ、そうだな……」

 あきれ顔のルビィの指摘にバートランドはきまり悪そうに笑った。
 エルシーは微笑んだ。

「でも、会えてよかったわ。もっとゆっくり話したいけど、できるだけ早く帰らなければいけないの」
「話なら、旅をしながらでもできますよ。今は早くグリーンフィールドに帰りましょう」
「じゃ、用意を済ませて町を出よう。俺ならすぐにでも動けるよ。国境まで何日もかかるから、馬車で行こう」

 旅の支度を済ませ、馬車を手に入れて馬をつなぐ。
 バートランドは荷物を積み込むと、御者ぎょしゃ台に登った。
 エルシーとルビィは馬車の中に座り、声を掛けると馬車が動き出した。
 ほろの間に見える町は、どんどん小さくなっていく。

 ルビィが安堵あんどしたようにつぶやく。

「色々ありましたが、ようやく帰れますね」
「本当にね。帰るのが遅すぎないといいけど」

 エルシーは心配そうに答える。

「すぐに滅ぶということはありませんよ。ヴィクトリーヌが具現化ぐげんかしても、封印ぐらいはできるはずです」
「そうなったら、戦わなくてはいけないのね」

 バートランドを味方に引き入れるのは、ヴィクトリーヌと戦うことのできる者を確保するためだ。

「それでも確実に勝てる保証はありません」
「お姉様と和解しなければいけないわ」

 流れてゆく景色を眺めながら、エルシーは次第に不安を感じ始めた。
 和解すると固く決心したものの、自信があるわけではない。
 義姉は自分を受け入れてくれるだろうか―――。

 エルシーは物思いを断ち切って、御者ぎょしゃ台へ向かった。

「隣に座ってもいい?」
「もちろんだ。今日はいい天気だし、馬車の中にいるのは勿体もったいないよ」

 エルシーは身軽に御者ぎょしゃ台に飛び移った。
 隣のバートランドと微笑み合う。

 空はどこまでも青く、広がる草原は日の光を浴びて光り輝き、鳥達の賑やかにさえずる声が辺りに響いていた。
 その声に誘われるようにエルシーも歌い出した。

 さわやかな甘さを含んだ声が、草原を流れてゆく。
 淑女教育の一環いっかんとして声楽を習ったエルシーは音程を外すことも無く、今は喜びにあふれてのびやかに歌っていた。

「いい声だね。また歌ってくれないか?」

 了承したエルシーは再び歌い出した。
 ルビィも途中から加わって、息の合った二重奏を響かせる。

「貴方も何か歌ってみる?」
「歌はあまり得意じゃないんだけどな」

 エルシーの問いに少し困った顔をしつつ、バートランドも歌い出した。
 隣国グリーンフィールドでも聞き覚えのある、冒険者の旅の歌だ。
 謙遜けんそんではなく、時折音程の外れる上手いとは言えない歌だが、エルシーは彼の声を聴いているだけで幸せだった。

「ありがとう」
「お礼を言われるとは思わなかったな。だけど、歌いたくなる気持ちはわかるよ。こんなにいい日だし、こうして一緒にいられるだけで、ありがたいと思うよ」
「えぇ……。本当はのんびりしている場合じゃないのだけど」

 エルシーは姿を消された時、混乱していた城の人々を思い出して後ろめたさを感じた。
 ルビィがいさめる。

あせっていてもその分早く着くわけではありません。帰ったら忙しくなるでしょうから、今のうちに英気を養っておきましょう」
「まだ国境まで何日もかかるからな。旅の疲れをめないコツは、旅を楽しむことだ」
「そうね。のんびりできるのは今だけなのよね」

 風はまだ冷たいものの、真冬のような寒さは和らぎ、日の光が暖かい。
 道端には、黄色や白の小さな花が風になびいている。
 一時の間、この旅を楽しもうとエルシーは思った。



「今日はここで野営しよう」

 街道脇の空き地に馬車を止め、バートランドは言った。
 ルビィは周囲の気配を探る。

「周りに敵はいませんね。ここの街道近くに凶暴な魔物はあまりいないようですが、盗賊が出る恐れもありますから気を付けましょう」

 太陽は既に沈み、空には星が灯り始めていた。
 風が一段と冷たくなる。

 バートランドは焚火たきびを燃やし、剣の手入れを始める。
 エルシーは夕食の準備を始めた。
 町で買っておいた野菜と干し肉でシチューを作り、パンを切り分ける。

「はい、旅が始まったばかりだから、しっかり食べてね」
「あぁ、保存食で済ませる日が多かったから、またエルシーの手料理が食えて嬉しいよ」

 バートランドは笑顔で器を受け取った。
 ルビィもシチューもき込みながら話す。

「明日の午後には次の村に着きますね。泊まれる場所はあるんでしょうか」
「一応街道筋の村だから、小さな宿があるよ。その先にはまた、大きな町がある」

 日が昇ったらすぐに旅を続けられるように、夕食を済ませた後は早めに眠ることにした。
 エルシーは馬車の中に寝床を作ったが、バートランドは焚火たきびの傍に寝袋を用意した。

「そこでいいの?」
「見張りならしなくてもいいですよ。私がすぐに教えますから」
「何かあったらすぐに戦えるようにしておきたいんだ」
「まぁ、結婚前の男女が同じ所で寝るわけにはいきませんからね」

 ルビィの発言に、赤くなったエルシーは馬車に引っ込んだ。

(一緒に寝るなんて言うつもりじゃなかったんだけど……)

 動揺しつつ毛布をかぶったエルシーは、間もなく安らかな眠りに誘われていった。



 夜中、目を覚ましたエルシーは、かすかな物音を聞いて馬車から外をのぞいてみた。
 空には満天の星。月は雲の下に隠れている。
 その下で、バートランドは空を見上げて暖かい茶を口にしていた。

「貴方も目が覚めたの?」
「こんな夜にずっと眠っているのは勿体ないからね」

 彼の隣に腰を下ろし、エルシーもお茶をれた。

「夜はまだ冷えるわね」
「雪が溶けたから走りやすくなったよ。そのままじゃ寒いだろ、これを着ておけよ」

 ふわっと薄桃色の頭からかぶせられたのは、紺色のマント。エルシーが彼に贈ったものだ。

「もうだいぶくたびれてるけどね。暖かいし防御効果も抜群ばつぐんだから、それのお蔭でずいぶん助かったよ」
「役に立ってよかったわ。……もう同じ物は作れないけど」

 公爵家を追放された後、聖女として活動していたこと、その後の逃亡と聖女の力を失ったことをエルシーは打ち明けた。

「そうか、それなら、これからは尚更なおさら俺が守らないといけないな」
「…………」

 バートランドは優しい笑顔で言った。
 何も言えなくなって、エルシーはマントに顔をうずめた。
 喜びと安心感で心が一杯になる。

 バートランドは静かに言った。

「故郷の人達が気になって帰ってきたけど―――。修行の間に思い出すのは、エルシーのことばかりだった」
「!わ、私も……。貴方の事を忘れる事は無かったわ…………!」

 すみれ色の瞳が濃い青の瞳を見上げる。
 エルシーは明るく微笑んだ。

「貴方もそのままでは寒いわね。これ、返すわ。半分ほどね」

 バートランドは少し驚いたような顔を見せた後、微笑んでマントの端を肩に掛けた。
 二人で寄り添いつつマントにくるまり、しばらくの間、小声で話したり、黙って星を見上げたりして幸福な時を過ごした。

 長い時間が過ぎたように思えた後、エルシーはそっと馬車に戻った。
 ルビィはハンカチにくるまってぐっすり眠っているようだ。

「順調で結構なことですが、もっと盛り上がっても良かったんじゃないですかね」

 エルシーはルビィにハンカチを頭からかぶせ、毛布をかぶると朝まで眠った。
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