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第八章 魔王と転移者
夜明けの燭光
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鈍い音が響き、転移者の少年が倒れる。
真紀が怒りの形相で、彼の前に立ちふさがっていた。
「な……!何すんだよ!」
「馬鹿で悪かったね、馬鹿で!」
真紀の激しい口調に、一之も思わず怯んだ。
「私が何でここにいるかわかってんの!?」
「!?」
意味がわからないという顔をする一之。
「知ってるんだよ、元の世界に帰る方法があるってこと」
真紀の言葉に一之がはっきりと焦燥の表情を浮かべる。
「あんたは隠してたけどね。私に見捨てられるのが怖いんだ」
「そ……そんなわけないだろ…………」
幼馴染から顔を背けて呟く一之。
「私はあんたと違って帰りたいの!お城で暮らすより、自分の家に帰ってお父さんとお母さんに会いたい!友達にも会いたいんだよ!生まれてからずっと暮らしてきたあの町の方が、どんな世界よりも好きだもの!」
悲痛な叫び。真紀は涙の浮かぶ目で一之を見据えた。
「でもあんたが帰りたくないって言うから……あんたを置いて帰れないから……だから私はここにいるのに…………」
俯く彼女は、声を落として呟いた。
一之と会ったことで異世界の少女達は多くの物を手に入れたけど、真紀にとっては失うものの方が大きかったのだ。
「確かに馬鹿だよね、私は。あんた何もわかってないんだもん。でも」
顔を上げた真紀は、声を枯らして叫ぶ。
「あんたを裏切った奴らと私を一緒にしないでよ……!」
そのまま真紀は走り去った。
一之は狼狽えたように魔王達を振りかえった。
メイヴィスはにやにや笑っている。
「自分で何とかしてくれぬかのう。この程度の甲斐性ぐらい身に着けてもらわねば、後々わらわが苦労するからの」
「えー……」
不満そうに呟く一之に、ローザが眼鏡を左手で支えつつ話す。
「参考までに私なら、こんな時に何を望むかお教えしましょうか」
すがるような目で見る一之。
「まず、一緒に異世界へ引きずり込んでしまったことを謝罪して、他の女に現を抜かしたことを謝罪して、破廉恥な衣装を押し付けたことを謝罪して、若くて見目好い女性に片端から声を掛けてハーレム要因を増やし続けることと、眼鏡などという妙なものを押し付けたこと、女性のプライバシーを暴くような要求をしたことと性的嫌がらせと猥褻な発言と絡みつくようないやらしい視線と……」
「いくつ謝れっつうんだよ!?つーか、途中からお前の話になってるだろ!!」
狼狽えつつ、一之は真紀の後を追いかけた。
カリスタが大きなあくびをする。
白けた空気が広がった。
エルシーは気が抜けたように思う。
(助かった……のかしら?)
「さて」
魔王メイヴィスがエルシー達に向き直った。
彼女らに緊張が走る。だが、メイヴィスに敵意は感じられなかった。
「失礼した。未来の婿殿が暴走しかけたが、あれでも人は殺せぬ質でな」
「えぇ、調査した時にわかっていました」
エルシーもルビィも頷いた。
魔王は微笑して話を続ける。
「偽勇者であることを暴露したのも、あ奴なりに気が咎めたせいであろう」
「半端なクズというわけですね。サイコパス野郎でなくてよかったですけど。ですが、貴女達は勇者の敵ではないんですか?」
ルビィが率直に尋ねる。
魔王は幼い顔に大人びた表情を浮かべた。
「元より、我らに敵対する意思は無い。その理由ももはや存在せぬのでな。そなたらが戦いたいというのなら、別であるが」
「いや、無用な争いを起こす気は無い」
バートランドはきっぱりと答えた。
メイヴィスは彼に尋ねる。
「今更わらわに仕える気も無かろう。今後は将軍に味方するつもりでおるのか?」
「そのつもりもない。魔族はともかく、獣人族まで排除することは、俺も賛成できない」
「それでは、そなたの居場所はもはやこの国には存在すまい」
「…………」
バートランドの袖をエルシーはそっと引く。
彼はエルシーに微笑み掛けた。
「この国はもはや勇者を必要としておらぬ」
「勇者を必要としない国は幸せだ」
無情な魔王の言葉に、かつて勇者と呼ばれた若者は曇りの無い笑顔で答える。
「だから、俺は自分を必要としてくれる所へ行こう」
薄桃色の髪の少女が黒髪の若者と寄り添って城を出て行く。
夜明けの太陽が、山の端から顔を出す。
小鳥が歌う。朝の光が、彼らの行く末を照らしていた。
彼らの姿を城のバルコニーから見送る水色の髪の少女。
かつて彼と一緒に光の中にいたのは自分だったと回想する。
もう二度とそんな時が訪れない事はわかっている。
―――幸せになってくれ―――
彼の最後の言葉が胸に沈む。
(幸せになんて、なれない)
結局、最後まで彼には自分の気持ちがわからなかった。
闇に染まった心は、人の世の幸福を感じることはできない。
日の光もそよぐ風も、癒しにはならない。
魂に深く刻まれた傷を癒すことができるのは、神だけだと―――。
その神は鎖に繋がれ封じ込められている。
当てにならない神から目を背け、暗黒へと逃げ出した。
二度と光の中へ戻ることは叶わない。
闇の中にだけ、わずかな慰めがあるのみだ。
乾いた喉を潤すまでには至らないけど―――。
背後から、倦怠感に満ちた声がする。
「あー、めんどくせえ」
水色の髪を翻して、少女は城の中に駆け戻った。
真紀が怒りの形相で、彼の前に立ちふさがっていた。
「な……!何すんだよ!」
「馬鹿で悪かったね、馬鹿で!」
真紀の激しい口調に、一之も思わず怯んだ。
「私が何でここにいるかわかってんの!?」
「!?」
意味がわからないという顔をする一之。
「知ってるんだよ、元の世界に帰る方法があるってこと」
真紀の言葉に一之がはっきりと焦燥の表情を浮かべる。
「あんたは隠してたけどね。私に見捨てられるのが怖いんだ」
「そ……そんなわけないだろ…………」
幼馴染から顔を背けて呟く一之。
「私はあんたと違って帰りたいの!お城で暮らすより、自分の家に帰ってお父さんとお母さんに会いたい!友達にも会いたいんだよ!生まれてからずっと暮らしてきたあの町の方が、どんな世界よりも好きだもの!」
悲痛な叫び。真紀は涙の浮かぶ目で一之を見据えた。
「でもあんたが帰りたくないって言うから……あんたを置いて帰れないから……だから私はここにいるのに…………」
俯く彼女は、声を落として呟いた。
一之と会ったことで異世界の少女達は多くの物を手に入れたけど、真紀にとっては失うものの方が大きかったのだ。
「確かに馬鹿だよね、私は。あんた何もわかってないんだもん。でも」
顔を上げた真紀は、声を枯らして叫ぶ。
「あんたを裏切った奴らと私を一緒にしないでよ……!」
そのまま真紀は走り去った。
一之は狼狽えたように魔王達を振りかえった。
メイヴィスはにやにや笑っている。
「自分で何とかしてくれぬかのう。この程度の甲斐性ぐらい身に着けてもらわねば、後々わらわが苦労するからの」
「えー……」
不満そうに呟く一之に、ローザが眼鏡を左手で支えつつ話す。
「参考までに私なら、こんな時に何を望むかお教えしましょうか」
すがるような目で見る一之。
「まず、一緒に異世界へ引きずり込んでしまったことを謝罪して、他の女に現を抜かしたことを謝罪して、破廉恥な衣装を押し付けたことを謝罪して、若くて見目好い女性に片端から声を掛けてハーレム要因を増やし続けることと、眼鏡などという妙なものを押し付けたこと、女性のプライバシーを暴くような要求をしたことと性的嫌がらせと猥褻な発言と絡みつくようないやらしい視線と……」
「いくつ謝れっつうんだよ!?つーか、途中からお前の話になってるだろ!!」
狼狽えつつ、一之は真紀の後を追いかけた。
カリスタが大きなあくびをする。
白けた空気が広がった。
エルシーは気が抜けたように思う。
(助かった……のかしら?)
「さて」
魔王メイヴィスがエルシー達に向き直った。
彼女らに緊張が走る。だが、メイヴィスに敵意は感じられなかった。
「失礼した。未来の婿殿が暴走しかけたが、あれでも人は殺せぬ質でな」
「えぇ、調査した時にわかっていました」
エルシーもルビィも頷いた。
魔王は微笑して話を続ける。
「偽勇者であることを暴露したのも、あ奴なりに気が咎めたせいであろう」
「半端なクズというわけですね。サイコパス野郎でなくてよかったですけど。ですが、貴女達は勇者の敵ではないんですか?」
ルビィが率直に尋ねる。
魔王は幼い顔に大人びた表情を浮かべた。
「元より、我らに敵対する意思は無い。その理由ももはや存在せぬのでな。そなたらが戦いたいというのなら、別であるが」
「いや、無用な争いを起こす気は無い」
バートランドはきっぱりと答えた。
メイヴィスは彼に尋ねる。
「今更わらわに仕える気も無かろう。今後は将軍に味方するつもりでおるのか?」
「そのつもりもない。魔族はともかく、獣人族まで排除することは、俺も賛成できない」
「それでは、そなたの居場所はもはやこの国には存在すまい」
「…………」
バートランドの袖をエルシーはそっと引く。
彼はエルシーに微笑み掛けた。
「この国はもはや勇者を必要としておらぬ」
「勇者を必要としない国は幸せだ」
無情な魔王の言葉に、かつて勇者と呼ばれた若者は曇りの無い笑顔で答える。
「だから、俺は自分を必要としてくれる所へ行こう」
薄桃色の髪の少女が黒髪の若者と寄り添って城を出て行く。
夜明けの太陽が、山の端から顔を出す。
小鳥が歌う。朝の光が、彼らの行く末を照らしていた。
彼らの姿を城のバルコニーから見送る水色の髪の少女。
かつて彼と一緒に光の中にいたのは自分だったと回想する。
もう二度とそんな時が訪れない事はわかっている。
―――幸せになってくれ―――
彼の最後の言葉が胸に沈む。
(幸せになんて、なれない)
結局、最後まで彼には自分の気持ちがわからなかった。
闇に染まった心は、人の世の幸福を感じることはできない。
日の光もそよぐ風も、癒しにはならない。
魂に深く刻まれた傷を癒すことができるのは、神だけだと―――。
その神は鎖に繋がれ封じ込められている。
当てにならない神から目を背け、暗黒へと逃げ出した。
二度と光の中へ戻ることは叶わない。
闇の中にだけ、わずかな慰めがあるのみだ。
乾いた喉を潤すまでには至らないけど―――。
背後から、倦怠感に満ちた声がする。
「あー、めんどくせえ」
水色の髪を翻して、少女は城の中に駆け戻った。
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