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第八章 魔王と転移者

待ち焦がれた侵入者

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 明け方近く、眠っていたエルシーは自分を呼ぶ声に目を覚ます。

「……?どうしたの?」

 小さな妖精が、口に指を当てて、黙っているようにとほのめかす。
 心の声だけで、意思を伝えてきた。

(聖剣が城に近づいています)
「!」

 眠気が吹き飛んだエルシーは、ベッドの上に起き上がった。
 急いで身支度を整えて、荷物をまとめる。
 聖剣をたずさえたバートランドがこちらに向かっているのだ。

(城の人に見つからないうちに会わないと!)
(一応彼は「敵」の立場ですからね。話をするだけだとしても、慎重に行動しないと)

 どこまで彼の力になれるのかわからない。今の自分は戦いになったら完全に足手まといになってしまう。
 だが、今は真紀という味方もいる。
 できるだけ安全に彼が妹達に会えるように協力しなければ。



 空はようやく明るくなり始めたところであり、星がまだわずかに残っていた。
 ルビィの先導で、昨日お茶会をした庭へ出た。

(聖剣はこちらから……)

 庭に踏み出した途端、景色が揺らぎ、人影が現れた。
 出現した人影は三つ。

 一番小さな人物は美しい顔立ちをした、まだ十歳そこそこの少女。見覚えのある水色の髪をして、大きな角が頭の両側から生えていた。王の衣装のような重厚な服装をして、子供とは思えない威厳をただよわせている。
 少女の反対側に眼鏡をかけた、知性的な雰囲気の二十ぐらいの美女。真っすぐな藍色の髪から尖った耳がのぞいていた。
 二人にはさまれて、いささか居心地悪そうにしているのは、エルシーと同じ年頃の少年だった。黒い髪をして、目つきの悪い冴えない容貌ようぼうだ。

(誰?まさか…………)
(例の転移者と魔王です。もう一人は魔王の部下でしょう)

「どこへゆくのかの?せっかくの来客じゃ、もっと丁重にもてなさねばのう」

 少女は含み笑いをしつつ、幼い顔に不似合いな古風な口調で語る。
 子供であっても、魔王であるゆえか、並々ならぬ威圧感を放っている。

「誰なんだよ、こいつら」

 不機嫌そうに少年が聞く。眠っているところを起こされたのか、眠そうな目をしている。
 少女がかたわらの女を振りかえった。

「ローザ」
「お任せを」

 一礼して短く答え、ローザは不可思議な言葉をつぶやく。
 直接精神に触れるような、奇妙な感覚を覚え、エルシーは不安を感じた。

「エルシー=クロフォード、グリーンフィールド王国男爵令嬢。年齢十六歳、元聖女」

 りんとした美しい声で、魔王の部下ローザが正体を暴く。

「何カップだ?」

 転移者の緊張感を欠く質問。
 彼を無視してローザは魔王に告げた。

「勇者に聖剣を与えた聖女は、彼女に違いありません」
「!!」

 エルシーは一歩後ずさった。
 魔王からエルシーに視線を移し、ローザは続けた。

「現在、グリーンフィールドには聖女が二人いるとされています。もう一人の聖女菜々美には、勇者と接触する機会がありませんでした」

 そうして、ローザはルビィに目を向けた。

「その妖精は……」
「魔力の無駄遣いになりますよ。私に『分析ぶんせき』は効きません」

 ルビィは冷静に言った。

「そうですね。彼女は『導きの妖精』でしょう。世界の中心となる人物を導く存在……」
「つーか、勇者を捕まえるんじゃないのか?俺は美少女の方がいいけどな」

 だるそうな転移者の言葉に幼い魔王はにやりと笑って答える。

「そうじゃの。人質もできたことじゃ、話し合いに移るとしようかの」

 魔王は右手を上げると、何かを投げるような仕草をする。
 乾いた音がして、茂みが揺れる。

「貴方がいることは初めからわかっています。出て来なさい!」

 ローザが厳しく命じると、庭が明るい光で満たされ、光の中央からマントに身を包んだ人影が姿を現した。
 見覚えのある紺色の衣を見て、エルシーはどきりとした。
 赤い髪をなびかせ、バルコニーから魔将軍が庭に飛び降りる。

「あらぁ、久しぶりだこと。お元気?」

 わざとらしく挨拶して、くすくす笑うアデライン。
 その背後に暗黒魔術師、カリスタの姿が見える。
 夜の闇に溶け込むような黒い衣を身にまとい、赤い瞳で無表情にマントの人影を凝視している。
 ……黒衣の下から寝巻がのぞいているような気がしたが、エルシーは見なかったことにした。

 人影はマントのフードを外した。
 黒い髪に濃い青い目の精悍せいかんな顔が現れる。

「お初にお目にかかる。勇者バートランドよ」

 威厳をもって挨拶あいさつする魔王を、勇者は真っすぐに見据みすえていた。
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