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第八章 魔王と転移者

月の下

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 夕食後、エルシーは風呂場に案内された。
 滝や滑り台などの娯楽施設のついた広い風呂場は、水の豊富なグリーンフィールド以外の土地ではあまり見られないものだ。

「転移者の影響ですね。昔の聖女様も故郷の施設を再現した不思議な設備をつくっていました。グリーンフィールドの人々が毎日お風呂に入るようになったのは、聖女の指導と努力の成果です」
「お風呂に入れるのは助かるわね」

 真紀は脱いだ制服を眺めて溜息をついた。

「うーん。やっぱりあちこち痛んでるなぁ。裁縫さいほうは得意じゃないし」
「あら、貴女まだそれを着るの?新しい服ならいくらでもあるじゃない」

 少女の一人が声を掛ける。

「あいつの出す服は変なのばっかりじゃない!私はこの制服に愛着があるんだから!」
「それは、異世界の服なのね。ここに来る前から着てたの?」

 エルシーが尋ねると、真紀は照れくさそうに笑った。

「うん。学校に行く時にいつも着てたから、捨てられなくてね。魔法で強化しても、布がどうしてもくたびれてくるし、もう着ないでしまってた方がいいかなぁ」

 寂しそうに制服を見つめる真紀に、エルシーは言った。

「私が直してみるわ」
「ホント!?」



 風呂から上がった後、エルシーは衣裳いしょう部屋で余った布を貰って制服の修理をした。
 布が薄くなっている部分も新しい布に変え、新品同様に蘇らせる。
 真紀は感激して見違えるようになった制服を手に取った。

「ありがとう!本当に何と言っていいかわからないほど嬉しい!」
「時間があれば、もう一着作っておきたいけれど」
「これでも十分ありがたいよ!」

 満面の笑顔で礼を述べる真紀の顔に喜びを感じながら、裁縫さいほうをやってきてよかったとエルシーは思った。



 エルシーと真紀が廊下を並んで部屋へ戻る途中。

「あっ、キャロルだ」

 廊下から庭に目を向けると、月の光を浴びて、水色の髪の少女がたたずんでいるのが見えた。

 ―――勇者の幼馴染。

 真紀が辺りを見回してエルシーにささやく。

「ちょっと話してみる?誰も来ないように見張っとくから」

 真紀に礼を言って、エルシーは庭へ向かった。
 話したいような、話したくないような複雑な気持ちだった。

 バートランドを裏切り、転移者の少年に勇者の武器を渡した少女。
 彼女には、そうせずにはいられないような深い事情があったのかもしれない。
 だが、どんな訳があったとしても、彼女のしたことが正しいとは思えなかった。

 声を掛けようとした刹那せつな、少女は振りかえり、こちらを見た。
 端麗たんれいな顔には、何の感情も浮かんでいないように見える。
 突き刺すような視線にエルシーは当惑した。

「……こんばんは」
「どうも」

 短く答えて少女は空を見上げた。
 暗い空に雲がかかり、合間から星がきらめいている。
 少し欠けた月が、地上を照らしていた。

「月を見るのは好き?」

 何を話せばいいのか迷って、エルシーはやっとそれだけを口にした。
 少女が自分との間に壁を作っているのが察せられた。

「嫌い。でも見てやるの」
「…………?」

 ますます答えに困るエルシー。
 この少女はあまり人と話をするのが好きな質には見えない。早めに切り上げるべきかと考え、声を掛ける。

「お邪魔だったかしら?私はもう戻るわね。あまり冷えないようにね」
「待って」

 引き止められたのが意外で、思わずエルシーは少女をじっと見る。
 キャロルも正面から見返した。
 しばらく無言のまま見つめあった後、キャロルはふいに興味を失ったように視線を外し、月を見上げた。

 キャロルは感情のこもらない調子で聞く。

「バートのことを話してたでしょう」
「そうよ。気になるの?」

 月を見上げたままのキャロルに、エルシーは率直に尋ねた。

「月はなぜ黒くならないの?」

 キャロルがつむぐのはまたしても、不可解な言葉。
 エルシーは内心首を傾げつつ、答えを出そうとした。

「月が黒くなったら、誰にも見えないでしょう」
「……そう」

 囁くように言い、キャロルは薄く笑った。
 その笑みに寒気を感じて、エルシーは彼女を見つめた。
 キャロルは再び表情を消し、水色の髪をひるがえして廊下へ歩み去っていく。

 エルシーは当惑して少女の姿を見送った。

(よくわからない人ね…………)
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