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第八章 魔王と転移者

王女のお茶会

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 城の内側にある庭は、暖かな日差しが降り注ぐ居心地の良い場所だった。
 まだ春も早い時期だというのに、色とりどりの花が咲き乱れている。エルシーが見たことのない花もあった。
 甘い香りに誘われて、芳香を放つ小さな花のついた木を見上げると、真紀まきが「梅の花だよ」と教えてくれた。

「私の故郷の花なんだ。おじいちゃんの家に咲いてたっけ。……皆、どうしてるかな」

 故郷の家族を思い出したのか、真紀が寂しそうな顔をする。

「あら、一之かずゆき様がいなくて寂しいの?」

 赤毛の妖艶ようえんな美女がからかうように言った。
 真紀は赤くなり、むきになって否定する。

「違うってば!あぁ、エルシー、これはアデライン」
(では、これが魔将軍アデラインですか)

 ルビィの言葉に、エルシーは興味を覚えて彼女を見た。
 魔族らしくとがった耳をしていること以外は、人間の女と変わりない。
 もう一人の魔族と二人だけで一つの部隊を全滅させたという彼女も、今はのんびりした様子で手にした酒を飲みながら、他の住人達と談笑している。

「気楽にしてください」という王女の言葉通り、皆気ままにくつろいでいる。

 テーブルに座って、緑色の茶をがぶ飲みしているのは、薄紫色の髪の少女。
 見た目は十二、三歳ぐらいに見えるが、もう百年以上生きているという。
 アデラインと共に勇者と戦った暗黒魔術師の少女カリスタは、茶を飲み干すと、あずき色のお菓子に手を伸ばして、無表情のまま熱心に食べている。

抹茶まっちゃ羊羹ようかんとはしぶい趣味ですね」

 ルビィが感心したように呟く。
 それにしても、庭にいるのは見事に魅力ある美女、美少女ばかりだった。

「エルシーはここにいても違和感がありませんね」
「住みたいとは思わないけど」

 転移者のためのハーレム。
 一人の男に恋しているはずなのに、皆仲良く生活している。不思議な世界だった。
 真紀だけは、若干じゃっかん葛藤かっとうがあるようだが…‥。

「まぁ、変な世界だよね。皆悪い人じゃないから、喧嘩売る気は無いけどさ」

 真紀は芝生の上に座って苦笑した。

「あいつが環境を整えていったから、住み心地はいいんだよね」

 穏やかで快適な空間。それはエルシーには理解できた。
 悪意に満ちた人々に囲まれた公爵家での生活に比べれば、ここは楽園のようだ。

「これ、私のお勧めの店のやつなんだけど、食べる?」
「ありがとう、頂くわ」

 真紀がたい焼きを差し出した。
 屋台で食べたたい焼きを思い出し、エルシーが手を伸ばすと、猛スピードで飛んできたものがあった。
 犬のような耳と尻尾を生やした少女がじっとたい焼きを見つめている。

「はい、あんたのぶんもあるよ」

 真紀がたい焼きを一つ差し出すと、獣人の少女は勢いよく食べ始めた。
 あっと言う間に平らげると、満足そうに笑った。

「初めまして。私はエルシーよ。貴女は?」
「クー!」

 少女は人懐っこく答えて、再び走り去っていた。

「獣人に会った事あるの?」
「えぇ、数は少ないけど、私の国にもいるわ」

 グリーンフィールドの獣人族は、人間社会から遠く離れた山の中に住んでいる。
 彼らと人とはお互い余計な干渉をせず適度な距離を保って共存していた。

 ブラックウッドの魔王の侵攻によって、戦火あるいは人間の迫害から逃れ、グリーンフィールドへ避難してくる者達もいた。
 聖女として活動していた時期、エルシーも彼らの悩みを解決したことがあった。

「この子達が安心して暮らせるように、私達も努力しなければ」

 セシリアがクーの頭をでる。獣人の少女は嬉しそうに眼を細めた。
 彼女は人間によって村を追われ、勇者に救われた。
 当時は人間に対して強い警戒心を持っており、救われはしたものの、勇者に心を開く事は無かった。

(本当なら、徐々に信頼関係を築いていくはずだったんですけどね)

 バートランドとはその後会っておらず、異世界のお菓子によって一之にあっさり懐いたとか。

 他の女の子達と楽しそうに遊ぶクーを、エルシーは複雑な気持ちで眺めた。
 本来なら、この中心にバートランドがいたのだろう。
 それが、今では彼がこの国から排除されようと、誰も気にかけていないのだ。

 ルビィの声がエルシーの頭の中に響く。

(主役の座を奪われた勇者にもヒロインにも、ラノベの世界は残酷です)

 自分一人で彼女らの代わりになるだろうか。エルシーは考えた。
 そこまでの存在でなかったとしても、自分は―――。



「真紀ー!それが新しいお友達?」

 ばたばたと元気な足音を立てて、小柄な少女が駆けてきた。
 茶色の髪に、濃い青い瞳の、幼い雰囲気の可愛い子だ。
 その瞳を見た時、バートランドを思い出してエルシーは鼓動が早まるのを感じた。

「エルシー、この子はロッティ。……勇者さんの妹だよ」

 真紀は後半、声を落としてエルシーに囁いた。
 それを聞く前から、エルシーにはわかっていた。
 ロッティは好奇心に目を輝かせてエルシーを見ている。バートランドと同じ色合いの青い瞳。

「初めまして、私はエルシー」

 エルシーは微笑して彼女に挨拶した。

「ロッティでーす!よろしく~!」

 彼女は明るく挨拶した。兄を失くした少女に見えなくて、エルシーは戸惑った。
 思わずルビィを探すが、彼女は同族と思われる小さな妖精と話している。

「貴女もあの人を追いかけて来たの?」
「うん!一之って面白い人だよ!変な言葉をいっぱい知ってるし、美味しいお菓子もくれるの!」

 子供のような無邪気な答えに真紀は苦笑する。
 エルシーは遠回しに尋ねてみた。

「ここにいて家族の人は心配しないの?」
「大丈夫だよ。キャロルもいるし。お兄ちゃんもそのうち帰ってくるよ、きっと」
「お兄さんは…………」

 エルシーは、言葉を続けようとして躊躇ためらった。

「お兄ちゃんはさー、ドラゴンの巣に落ちても、サメに囲まれても元気で帰って来たし、死んだりしないでしょ」

 にこにこ笑ってロッティは答える。
 全くその通りなのでエルシーも思わず笑みがこぼれる。
 勇者は不死身だと思われているのではないか。

 彼女には、兄を見捨てたという意識は無いようだ。
 真紀が微笑みつつ、呆れた調子で言う。

「まぁ、アホの子だし、考え無しに一之にくっついてきた感じだね」

 兄としては心配にもなるだろうが、この様子なら、彼女の心配をする必要は無さそうだ。
 ふと、視線を感じて、エルシーは振りかえった。

 視線の先にいたのは、水色の髪を頭の両側で二つに分けた少女。
 綺麗な顔立ちをしているが、その表情は静かで、目には何の感情も浮かんでいなかった。
 彼女はエルシーから目をそらし、庭の奥へ歩いて行く。

「あの子がキャロルだよ。私はあまり仲良くないから、よく知らないけど」

 見ていてもキャロルは、他の子と親しくする様子はなく、一人浮いているように感じた。
 本人にはそれを苦にしている様子は無い。
 親しく話しかけてくるのはロッティだけで、幼馴染であるせいか、彼女にはキャロルも少し打ち解けた様子を見せているように思えた。

 バートランドに対して彼女はどう思っているのか、なぜ彼を裏切ったのか。
 エルシーは思案する。
 キャロルと話はできるだろうか。

 容易なことではなさそうだが…………。
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