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第八章 魔王と転移者
雷王山
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馬車から降りると、吹く風は冷たく、まだ冬が終わっていないことを実感させた。
雪を被った山が遠くに見える。そのふもとの小さな町。
「……寒いわね」
雪交じりの風の中、エルシーは紺色のマントの前を掻き合わせて、寒さをしのぐ。
「修行向きの季節じゃないですね。バートランドはもう修行を終えて他所に行ってるんじゃないでしょうか」
「それでも、このまま素通りするわけにはいかないわ」
町で食料などを補給して、二人は山へ向かった。
なだらかな丘陵に所々雪が降り積もっている。
やがて、目の前に広い草原が見えてきた。
風は山に遮られて穏やかに変わり、小屋の周りを巡る。
雪が草の上に静かに降り積もっていた。
修行者が使用する建物だろうか、今はひっそりと静まり返って、人の気配はしない。
扉を叩いたが返事はない。そっと扉を開く。中には誰もいなかった。
「今、ここを使っている人はいないようですね」
小屋の中はすっきり片付いていた。
天井はランプが吊るされており、粗末な机と椅子、狭い調理台が備え付けられており、隅に小さな寝台が置いてあった。
荷物を置いて、エルシーは部屋の掃除に取り掛かった。
小屋の内部が納得のいくように清められると、寝台の上に毛布を敷いて、暖炉に火を入れる。
お湯を沸かして茶を淹れ、一息ついた。
ルビィが外から戻ってきて、お茶を飲む。
「ここから山の中までは気配が探れません。かといって、私達だけで山登りは危険です」
「二、三日いて様子を見ましょう」
日が沈むと、辺りは急速に暗くなっていく。
早めに寝台に潜り込んで、二人は眠りについた。
夜中、エルシーは聞きなれない物音に目を覚ました。
小屋の周りを徘徊する足音が聞こえる。
「あれは人間じゃないですね。ここには魔物除けがしてあります。小屋の中までは入ってこないでしょう。放っておいて眠るのが一番です」
ルビィに言われてエルシーはそのまま眠ろうとしたが、どうにも落ち着かなかった。
それでも、いつしか眠り込んでしまうと、目が覚めた時には、既に明るくなっていた。
雲の切れ間から青空がのぞいている。
雪は止んでいた。小屋の周りを調べると、魔物の足跡が残っていた。
「来なくていいものしか来ていないようですね。今日はどうなるか」
エルシーは、白く染まった山を眺めた。そこに彼はいるのだろうか。
風が雪の上を渡り、さらさらと粉のように白い欠片が舞った。
三日目。
「今日も来なかったわね」
雪は止み、澄み切った空気は赤く染まる。
山の端に沈む夕日を眺めながら、エルシーは言った。
失望を抑えられない彼女に、ルビィが提案する。
「明日は町に帰りましょう。これ以上ここにいても仕方ありません。先に進んだ方がよさそうです。そろそろ湿っぽい寝台より、まともな寝床が欲しいですね」
「……バートさん、どこにいるのかしら」
ルビィが答えようとした時、足元の地面が盛り上がり、小さなモグラが顔を出した。
「勇者をお探しかね」
モグラは二人に話しかけた。ルビィが言う。
「これは土の精霊です。雷王の使いですか?」
「さよう、雷王様の元に勇者が来てから、もう何日も経つよ」
「もう帰ってたのね……」
既に気づいていたが、エルシーはがっかりせずにいられなかった。
モグラは髭を揺らして陽気に言った。
「なに、なに、がっかりすることはないよ。勇者のことを教えてあげるからね」
前にも勇者は、雷王の元へ来たことがある。山から下りた魔物が、付近の町で暴れていたためだ。
雷王は勇者に一対一での決闘を提案し、負けたら町を襲わないことを約束した。
勇者が勝利し、周辺地域への被害は無くなった。
ルビィが初日の異変を指摘する。
「夜中に小屋の周りをうろつく連中がいましたけどね」
「そいつらは他所から来た奴らだろう。我々は契約を守るからね」
バートランドが修行に来た時、雷王は彼を自分の元へ招き、再び決闘した。
身体強化の加護が激減して苦戦したようだが、勇者は再び勝利した。
「勇者の武器を失くしていたのによくやったよ」
勝負の後、雷王は宴を開き、彼の話を聞いた。
エルシーとルビィに世話になったこと。
故郷の政変を聞いて、心配で戻ってきたこと。
かつての仲間や友人知人の消息を尋ね、元気でいることを確認し、会わずに去ったこと。
「迷惑をかけることを恐れての事だと言ったよ」
妹の身を案じていること。
幼馴染ともう一度話がしたいこと。
守りたい人がいること。
(守りたい人……?誰の事かしら……。私の事だったら嬉しいけど、キャロルさんか妹さんのことかもしれないし…………)
エルシーが内心密かに悩んでいると、ルビィが単調直入に切り出した。
「それは誰のことですか」
「誰とは言わなかったけどね」
安心したような、残念なような複雑な気持ちになるエルシー。
「とにかく、勇者はもうここにいないから、探すのなら町に戻ることだね」
「ありがとう」
精霊に礼を述べ、エルシーとルビィは小屋を離れて町へ戻った。
宿の部屋で、今後の行動について相談する。
「バートさんの行きそうな所は……」
「妹と幼馴染のところでしょうね」
「…………」
キャロルと会って彼はどんな話をするつもりだろうか。
エルシーは不安を覚えたが、気を取り直して言った。
「魔王の居場所を目指しているのね」
「いきなり乗り込むのは危険です。まず、近くの町まで行って情報を集めましょう」
「近くにいれば、会えるかもしれないわね」
勇者を探しているうちに、魔王の城を目指すことになった。
奇妙な巡り合わせ。
今後の旅はどうなっていくのだろう。
不安を抱えつつ、エルシーは前に進むしかないと決意するのだった。
雪を被った山が遠くに見える。そのふもとの小さな町。
「……寒いわね」
雪交じりの風の中、エルシーは紺色のマントの前を掻き合わせて、寒さをしのぐ。
「修行向きの季節じゃないですね。バートランドはもう修行を終えて他所に行ってるんじゃないでしょうか」
「それでも、このまま素通りするわけにはいかないわ」
町で食料などを補給して、二人は山へ向かった。
なだらかな丘陵に所々雪が降り積もっている。
やがて、目の前に広い草原が見えてきた。
風は山に遮られて穏やかに変わり、小屋の周りを巡る。
雪が草の上に静かに降り積もっていた。
修行者が使用する建物だろうか、今はひっそりと静まり返って、人の気配はしない。
扉を叩いたが返事はない。そっと扉を開く。中には誰もいなかった。
「今、ここを使っている人はいないようですね」
小屋の中はすっきり片付いていた。
天井はランプが吊るされており、粗末な机と椅子、狭い調理台が備え付けられており、隅に小さな寝台が置いてあった。
荷物を置いて、エルシーは部屋の掃除に取り掛かった。
小屋の内部が納得のいくように清められると、寝台の上に毛布を敷いて、暖炉に火を入れる。
お湯を沸かして茶を淹れ、一息ついた。
ルビィが外から戻ってきて、お茶を飲む。
「ここから山の中までは気配が探れません。かといって、私達だけで山登りは危険です」
「二、三日いて様子を見ましょう」
日が沈むと、辺りは急速に暗くなっていく。
早めに寝台に潜り込んで、二人は眠りについた。
夜中、エルシーは聞きなれない物音に目を覚ました。
小屋の周りを徘徊する足音が聞こえる。
「あれは人間じゃないですね。ここには魔物除けがしてあります。小屋の中までは入ってこないでしょう。放っておいて眠るのが一番です」
ルビィに言われてエルシーはそのまま眠ろうとしたが、どうにも落ち着かなかった。
それでも、いつしか眠り込んでしまうと、目が覚めた時には、既に明るくなっていた。
雲の切れ間から青空がのぞいている。
雪は止んでいた。小屋の周りを調べると、魔物の足跡が残っていた。
「来なくていいものしか来ていないようですね。今日はどうなるか」
エルシーは、白く染まった山を眺めた。そこに彼はいるのだろうか。
風が雪の上を渡り、さらさらと粉のように白い欠片が舞った。
三日目。
「今日も来なかったわね」
雪は止み、澄み切った空気は赤く染まる。
山の端に沈む夕日を眺めながら、エルシーは言った。
失望を抑えられない彼女に、ルビィが提案する。
「明日は町に帰りましょう。これ以上ここにいても仕方ありません。先に進んだ方がよさそうです。そろそろ湿っぽい寝台より、まともな寝床が欲しいですね」
「……バートさん、どこにいるのかしら」
ルビィが答えようとした時、足元の地面が盛り上がり、小さなモグラが顔を出した。
「勇者をお探しかね」
モグラは二人に話しかけた。ルビィが言う。
「これは土の精霊です。雷王の使いですか?」
「さよう、雷王様の元に勇者が来てから、もう何日も経つよ」
「もう帰ってたのね……」
既に気づいていたが、エルシーはがっかりせずにいられなかった。
モグラは髭を揺らして陽気に言った。
「なに、なに、がっかりすることはないよ。勇者のことを教えてあげるからね」
前にも勇者は、雷王の元へ来たことがある。山から下りた魔物が、付近の町で暴れていたためだ。
雷王は勇者に一対一での決闘を提案し、負けたら町を襲わないことを約束した。
勇者が勝利し、周辺地域への被害は無くなった。
ルビィが初日の異変を指摘する。
「夜中に小屋の周りをうろつく連中がいましたけどね」
「そいつらは他所から来た奴らだろう。我々は契約を守るからね」
バートランドが修行に来た時、雷王は彼を自分の元へ招き、再び決闘した。
身体強化の加護が激減して苦戦したようだが、勇者は再び勝利した。
「勇者の武器を失くしていたのによくやったよ」
勝負の後、雷王は宴を開き、彼の話を聞いた。
エルシーとルビィに世話になったこと。
故郷の政変を聞いて、心配で戻ってきたこと。
かつての仲間や友人知人の消息を尋ね、元気でいることを確認し、会わずに去ったこと。
「迷惑をかけることを恐れての事だと言ったよ」
妹の身を案じていること。
幼馴染ともう一度話がしたいこと。
守りたい人がいること。
(守りたい人……?誰の事かしら……。私の事だったら嬉しいけど、キャロルさんか妹さんのことかもしれないし…………)
エルシーが内心密かに悩んでいると、ルビィが単調直入に切り出した。
「それは誰のことですか」
「誰とは言わなかったけどね」
安心したような、残念なような複雑な気持ちになるエルシー。
「とにかく、勇者はもうここにいないから、探すのなら町に戻ることだね」
「ありがとう」
精霊に礼を述べ、エルシーとルビィは小屋を離れて町へ戻った。
宿の部屋で、今後の行動について相談する。
「バートさんの行きそうな所は……」
「妹と幼馴染のところでしょうね」
「…………」
キャロルと会って彼はどんな話をするつもりだろうか。
エルシーは不安を覚えたが、気を取り直して言った。
「魔王の居場所を目指しているのね」
「いきなり乗り込むのは危険です。まず、近くの町まで行って情報を集めましょう」
「近くにいれば、会えるかもしれないわね」
勇者を探しているうちに、魔王の城を目指すことになった。
奇妙な巡り合わせ。
今後の旅はどうなっていくのだろう。
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