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第七章 二人の聖女

魔女の遺産

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「見つかったでー!!『異世界荒らし』を捕まえる魔方陣!」
「朝一番に飛び込んできていきなり何ですか」

 ルビィが呆れ顔で宮廷魔術師を見た。
 緑色の髪がぼさぼさ……なのはいつものことだが、琥珀色の目が異様に輝いている。

「また徹夜したの?」

 エルシーは慣れた調子で尋ねた。
 レジナルドは得意気に本を掲げる。

「それどころやあらへんで!この魔方陣があれば、奴を足止めできるんや!」
「で、その後、どうするんですか?」
「は?」

 レジナルドはぽかんとした顔を見せた。

「捕まえた後、倒すなり封印するなりしないと、そのうち魔方陣を破壊して外に出てきますよ」
「いやー、それが、魔方陣を発見したところですっかり浮かれてしもうてな」

 照れくさそうに笑うレジナルド。
 エルシーはくすくす笑って言った。

「でも、それがあれば、被害を最小限に抑えられるわ」
「えぇ、国中どころか異次元まで自由に飛び回るのが奴の厄介なところです。一時だけでも動きを封じることができれば、格段に倒しやすくなりますね」

 足止めした後、どのようにして倒すか。
 勇者の力を借りることができればよいが、できなければ有効な攻撃手段を他に見つけなければならない。
 倒せなければ、せめて封印できないか。後世の人間に苦労させることになるので、好ましいやり方ではないが。

「未来の聖女様の役目になりますね」
「それも悪いから、できるだけ私達で解決しないと」

 ルビィとエルシーは話し合った。
 レジナルドが勢い込んで言う。

「それやで!また森へ行って、今度は神殿の本を探すのや!」

 「死霊の森」には、旧王国時代の古い神殿がある。
 そこには大きな図書室があって、たくさんの本が保管されている。現在では見かけない本も多い。

「そうね、菜々美とパーシヴァル様も一緒に神殿へ行って役に立つ本がないか探すといいわ」
「魔女の家の開かずの部屋も開放して、中の魔法道具も回収しましょう。きっと役に立つものがあるはずです」
「楽しみやな!……そや!例の杖、改造しておいたで」

 レジナルドは星の付いた小さな杖を取り出した。

「あぁ、できましたか。一体どんな効果が付いたんです?」
「たまに当たりが出るんやで!」

 杖を受け取ったルビィは、杖を振り回して、キラキラと七色に輝く星を振りまく。

「簡単には出ないようですね」
「当たりって何?」

 エルシーは首を傾げた。

「まぁ、使ってからのお楽しみやな」

 レジナルドは勿体ぶった様子で答えた。

「魔女の日記も読んでみたんやが、特に重要な手がかりは無かったで」
「そうでしょうね。そんなに簡単に見つかるはずはないわ」

 エルシーは嘆息した。
 レジナルドは気を引き立てるように陽気な声で言った。

「まぁ、落ち込むことあらへんで。魔方陣さえあれば、最悪の事態は避けられるさかい。奴が動けずにいる間に、対策を立てることも可能やし」
「えぇ、時間に余裕ができます。その間に戦う準備を整えればいいのです。しかし、それも実体化した場合の話です。今ならまだ、実体化を阻止して安全に解決できる可能性がありますから」
「ふーむ……。公爵令嬢を直接ここまでお呼びできる魔方陣でもあるといいんやがな」

 レジナルドの言葉にエルシーは軽く微笑んだ。

「本当にできればいいのだけど。アイリーン様は大事に守られているから無理でしょう」

 レジナルドはにやりと笑う。

「望みの相手を呼び出す魔方陣なら、僕でも作れるで!早速試してみぃへんか?」
「アイリーンの新しい婚約者の皇帝は、強力な魔術師だといいます。公爵家も婚礼まで最大限の警戒をするでしょう。成功する見込みはまずありませんね」

 ルビィは首を振った。
 魔方陣で勇者召喚が成功したものの、公爵令嬢の身辺に強力な魔法の加護があるのはわかりきっている。
 エルシーは残念そうに言った。

「簡単に解決することはできないのね」
「そうですよ。そんなに簡単に解決出来たら苦労はしません」
「はー。残念やな。ほな、研究に戻りまっせ」

 レジナルドは入り口に向かって歩きかけたが、急に立ち止まって、エルシーの方を振りかえった。

「そうそう、この部屋の結界も見直さなあかんな。後でもう一度きますさかい」
「えぇ、お願いするわ」
「なに、聖女様のお役に立てたら光栄やで」
「魔方陣造りを頼みますよ」
「任せときや!この緑の髪にかけてな!妖精族の血が混じってる証やからな」
「そうだったわね」

 エルシーはかつて彼から聞いた話を思い出した。
 グリーンフィールド王国には、妖精の血が混じっている人が多いと言われる。
 レジナルドのように変わった髪の色をしている者は、先祖から魔法の力を受け継いでいることがある。

 珍しい緑髪の色をしていたものの、特に虐げられることも無く、普通の家庭で育った彼は魔術師として才能を見出され、宮廷魔術師の弟子になる。
 平民でありながら宮廷に呼ばれたのは、その貴重な才能のためだった。
 その後、「聖女の盾」候補者であることも判明し、聖女が現れた頃、先代は彼に自らの地位を譲って宮廷を退いた。

「師匠はもうずいぶんとご高齢でしたから、やっと隠居できると喜んでいましたなぁ」

 この世界で魔法の才能を持つ者は少なく、宮廷に仕えられるほどの才能のある魔術師はわずかである。
 そのため宮廷魔術師の地位も、長い間空席のままになっていることは珍しくない。

「日記の魔女も、森に来た日に『やっと面倒な宮廷務めから解放される!青春だー!!』なんて書いていましたね』

 三人は笑った。

「エルシー様の髪の色も変わってますな。綺麗な色やけどね」
「ありがとう。お祖母様が同じ色の髪をしていたと聞いてるわ。占いが得意だったのですって。私には、魔法の才能は無いけれど」
「誰もが力を受け継ぐわけではないですから。ですが、エルシーには聖女の資質があったのでしょう。先祖も聖女に―――当時は『姫巫女』ですが、選ばれたことがありますから」

 レジナルドは興味深げに琥珀色の瞳を光らせた。

「なるほど!今度また詳しくお話を伺いたいですな。ほな、今度こそ失礼します」

 レジナルドが立ち去ると、エルシーは言った。

「魔法に詳しい人がいるのはありがたいわね」
「えぇ、色々変わった人ですけどね」

 「異世界荒らし」への対策は進んでいる。
 頼りになる仲間達がいる有難さをエルシーは噛みしめた。
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