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第七章 二人の聖女
エルシーの願い
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「何だろうか」
「クロフォード男爵領をわたくしに返して欲しいのです」
先祖代々暮らした領地。そこには、自分を見守ってくれた領民がおり、先祖や父の墓もある。
母はいずれエルシーに領地を相続させるため、良い教育を受けられるように努力してくれた。
このまま領地と領民を見放すわけにはいかない。エインズワース公爵家が管理しているとはいえ、田舎の小さな土地である。今後も大事にしてくれるかどうかわからない。
「わかった。私の方から公爵家に働きかけて、再び領地が貴女のものとなるよう、取り計らおう。領地経営に差し支えない財産と優秀な領主代行も共に贈る」
「慰謝料か手切れ金だと思って受け取ればいいよ!」
菜々美のあけすけな発言に王太子は一瞬気まずそうな顔をしたが、笑い出した。
エルシーは感謝に満ちた視線をアルフレッドに向ける。
「わたくしこそ、ご迷惑をお掛けしましたのに、殿下のお心の広さに感謝致します」
「あぁ、これで貴女とようやく和解できた気がする。今後も何かあれば助けになろう」
アルフレッドが言い、すっかりわだかまりが解けているのをエルシーは実感した。
レジナルドも嬉しそうに祝福する。
「良かった!故郷は大事やからな。領地の人もきっと喜びまっせ」
「えぇ、噂を信じていなければですけど……」
公爵家で暮らすようになってから、故郷へ帰ったのはたった一度だけだった。荒れた家を見て、二度と昔に戻れないことを実感し、立派な淑女になることを決心して故郷を離れた。あれかずっと領地には帰っていない。故郷の人々は、エルシーを薄情だと思ってはいないか。悪い噂を聞いて、悪い女に育ったと思いはしないか―――。
「そのことは心配いらない。悪い噂は消していく」
「私達に任せておきなさい。貴女を立派な淑女だと認めさせましょう」
チェスターとセドリックが強い意志を込めて言った。
情報の扱いに長じたチェスターと社交界の中心にいるセドリック。彼らなら、悪い噂をもみ消すこともできるだろう。
「もう一つ大切なお願いがございます。エインズワース公爵家のアイリーン様とお話しする機会を作って頂きたいのです」
エルシーが切り出すと、全員が一斉に彼女に注目した。
「―――アイリーン嬢とか」
アルフレッドの苦々しい口調にエルシーは驚いた。
「何かあったのでしょうか」
「そうだね。君が公爵家を離れてから、本当に色々あったからね」
セドリックも憂わし気に言った。
パーシヴァルが疑問を投げかける。
「アイリーン嬢との話し合いが必要ですか」
「はい。この国を真の平和に導くために」
エルシーは、強大な敵「異世界荒らし」を退けるため、アイリーンと和解する必要があると説明した。
「なるほど。その件について努力はしよう。だが、実現するという保証はできない」
「…………」
アルフレッドの回答に、エルシーは大きな不安を感じた。
「説明は後でしよう。今夜ここで言うことはない」
チェスターがきっぱり言うと、セドリックもエルシーに笑いかける。
「そうです。我らの大事な聖女様にそんな顔をさせていてはいけません」
「せやで。今夜はもう一人の聖女様の帰還祝いや。深刻な顔はあきまへん」
「っていうか、レジ君の言葉を聞いたら、気が抜けるんだよね」
レジナルドと菜々美の会話に場の空気が和む。
「そうです。難しいことは後にして、今夜は楽しみましょう!」
ルビィに言われた通り、エルシーは晩餐会を楽しんだ。
しかし、エルシーは眠りにつく前にまた不安が蘇ってきた。
(お姉様とお話しすることはできるのかしら)
考えても答えが出るはずはない。
(アルフレッド様達を信じて待ちましょう)
心の底に不安を抱えつつ、『聖女の盾』と菜々美との交流はとても楽しかった。
かつて聖女として世界を救う任務に就いていた、あの忙しくも充実していた日々を思い出す。
しかし、今はなぜか物足りなさを感じる……大事な人がいないという感じが。
(今、何をしているのかしら……修行中?)
それとも、初恋の彼女と再会しただろうか。
エルシーは枕元に置いた腕輪を取る。暗みの中で青白い光を放つ贈り物を眺めているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
「クロフォード男爵領をわたくしに返して欲しいのです」
先祖代々暮らした領地。そこには、自分を見守ってくれた領民がおり、先祖や父の墓もある。
母はいずれエルシーに領地を相続させるため、良い教育を受けられるように努力してくれた。
このまま領地と領民を見放すわけにはいかない。エインズワース公爵家が管理しているとはいえ、田舎の小さな土地である。今後も大事にしてくれるかどうかわからない。
「わかった。私の方から公爵家に働きかけて、再び領地が貴女のものとなるよう、取り計らおう。領地経営に差し支えない財産と優秀な領主代行も共に贈る」
「慰謝料か手切れ金だと思って受け取ればいいよ!」
菜々美のあけすけな発言に王太子は一瞬気まずそうな顔をしたが、笑い出した。
エルシーは感謝に満ちた視線をアルフレッドに向ける。
「わたくしこそ、ご迷惑をお掛けしましたのに、殿下のお心の広さに感謝致します」
「あぁ、これで貴女とようやく和解できた気がする。今後も何かあれば助けになろう」
アルフレッドが言い、すっかりわだかまりが解けているのをエルシーは実感した。
レジナルドも嬉しそうに祝福する。
「良かった!故郷は大事やからな。領地の人もきっと喜びまっせ」
「えぇ、噂を信じていなければですけど……」
公爵家で暮らすようになってから、故郷へ帰ったのはたった一度だけだった。荒れた家を見て、二度と昔に戻れないことを実感し、立派な淑女になることを決心して故郷を離れた。あれかずっと領地には帰っていない。故郷の人々は、エルシーを薄情だと思ってはいないか。悪い噂を聞いて、悪い女に育ったと思いはしないか―――。
「そのことは心配いらない。悪い噂は消していく」
「私達に任せておきなさい。貴女を立派な淑女だと認めさせましょう」
チェスターとセドリックが強い意志を込めて言った。
情報の扱いに長じたチェスターと社交界の中心にいるセドリック。彼らなら、悪い噂をもみ消すこともできるだろう。
「もう一つ大切なお願いがございます。エインズワース公爵家のアイリーン様とお話しする機会を作って頂きたいのです」
エルシーが切り出すと、全員が一斉に彼女に注目した。
「―――アイリーン嬢とか」
アルフレッドの苦々しい口調にエルシーは驚いた。
「何かあったのでしょうか」
「そうだね。君が公爵家を離れてから、本当に色々あったからね」
セドリックも憂わし気に言った。
パーシヴァルが疑問を投げかける。
「アイリーン嬢との話し合いが必要ですか」
「はい。この国を真の平和に導くために」
エルシーは、強大な敵「異世界荒らし」を退けるため、アイリーンと和解する必要があると説明した。
「なるほど。その件について努力はしよう。だが、実現するという保証はできない」
「…………」
アルフレッドの回答に、エルシーは大きな不安を感じた。
「説明は後でしよう。今夜ここで言うことはない」
チェスターがきっぱり言うと、セドリックもエルシーに笑いかける。
「そうです。我らの大事な聖女様にそんな顔をさせていてはいけません」
「せやで。今夜はもう一人の聖女様の帰還祝いや。深刻な顔はあきまへん」
「っていうか、レジ君の言葉を聞いたら、気が抜けるんだよね」
レジナルドと菜々美の会話に場の空気が和む。
「そうです。難しいことは後にして、今夜は楽しみましょう!」
ルビィに言われた通り、エルシーは晩餐会を楽しんだ。
しかし、エルシーは眠りにつく前にまた不安が蘇ってきた。
(お姉様とお話しすることはできるのかしら)
考えても答えが出るはずはない。
(アルフレッド様達を信じて待ちましょう)
心の底に不安を抱えつつ、『聖女の盾』と菜々美との交流はとても楽しかった。
かつて聖女として世界を救う任務に就いていた、あの忙しくも充実していた日々を思い出す。
しかし、今はなぜか物足りなさを感じる……大事な人がいないという感じが。
(今、何をしているのかしら……修行中?)
それとも、初恋の彼女と再会しただろうか。
エルシーは枕元に置いた腕輪を取る。暗みの中で青白い光を放つ贈り物を眺めているうちに、いつしか眠りに落ちていた。
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