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第七章 二人の聖女

聖女を囲む人々

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「いつまでも聖女様を独り占めしていてはあきまへんな」

 レジナルドが広間の入り口から声を掛けた。
 彼も今日は貴族的な衣装を着こんで、いつもはぼさぼさの緑の髪をきちんととかして首元で束ねている。
 元が整った容貌だけに、正装するとやはり美男子だと思えるのであった。

「これはナ……エルシー様。今夜はまた、いつもにまして美しいですなぁ。完成度の高い魔方陣のようです」

 彼らしい奇妙な賛辞に微笑んで、エルシーは礼をする。

「ありがとうございます。貴方も素敵ですわ」
「いやー、慣れないもんで、なんかやらかしそうで今から冷や冷やですわ」

 レジナルドは照れくさそうに頭をいてせっかく整えた髪をまた乱してしまうのだった。

「皆集まったようですね。こちらへおいでください。今宵こよいは楽しく過ごされますよう」

 大司教は儀礼用の法衣姿でいつも以上に威厳を漂わせていた。

「このようにまた皆様方と過ごせるとは思っていませんでしたわ」

 パーシヴァルは表情を和らげ、エルシーに微笑み掛けた。

「ある種の感情は消えましたが、貴女への信頼は消えません。共に戦ってきた記憶は残っているのですから」

 エルシーは微笑むと、開かれた扉の中へ足を踏み入れた。
 食堂はまぶしいほどに明かりが輝き、華やかに飾り付けされていた。
 テーブルには七人分の席に加え、ルビィ用に特別な席もエルシーの隣に用意されていた。

「ありがとう。…………?」

 椅子を引いて座るように促した貴公子を見て、エルシーは首を傾げた。
 宮廷用の正装に身を包んだ若者はかなりの美男子だった。宮廷の女性達も彼には注目するだろう。
 彼が誰なのかわからず当惑するエルシーに、貴公子は声を掛けた。

「どうなさいました?」
「わたくし、貴方にお会いしたことがあるような気がするのですけれど」
「それは光栄です」

 慇懃いんぎんな態度だが、彼の緑の瞳に愉快そうな光が瞬く。エルシーははっとした。

「チェスターさんですか?」
「そうだ」

 チェスターはにやりと笑って答える。

 見慣れない服装をしているから、彼が誰なのかわからなかった。
 違う服装でもレジナルドはいつも通りの態度なのですぐにわかったのだが……。
 諜報活動ちょうほうをしているチェスターは、こういう場でも浮かないコツを習得しているのだろう。

 もっとも、チェスターの父親は貴族であり、幼い頃は母親と共に貴族の屋敷で暮らしていたのだから、貴族の青年らしく見えても不思議はない。

「驚いたわ。そんな服装も似合うのね」

 彼は吐息をついて答えた。

「聖女のための晩餐会ばんさんかいだから、正装しろとうるさく言われたからな」
「そうしていると確かに貴族に見えるわね。……貴方は嫌かもしれないけど」

 チェスターは苦笑した。

「スラムに放り込まれたのはまだ餓鬼がきの頃の話だ。貴族社会の作法などろくに身についてなかっただろう」
「そうでしょうか。どこにいても堂々としているから、立派に見えるのですね」

 チェスターは複雑な微笑を浮かべた。

「淑女をめるのも作法のうちですよ」

 ルビィが口を挟む。
 チェスターは沈黙した。お世辞や社交辞令は嫌いだったはずだ。

「…………」
「無理しなくても……」

 取りなそうとしたエルシーに、チェスターは微笑んで言った。

「今夜のお前はいつも以上に美しいと思う」
「!?」

 驚くエルシーを置いて、彼は自分の席に向かった。

(びっくりしたわ。そういうことを言いそうに無い人だし)

 かつて、一生懸命慣れない賛辞を捧げてくれた黒髪の勇者のことを思い出し、エルシーは寂しい気持ちになった。

(今は、あの人のことを考える時じゃないわ)

 不意に訪れた寂しさを表情に出さないように努め、エルシーは気を取り直す。

「お世辞ではありませんからね。貴女を見れば、賛辞などいくらでも出てくるというものでしょう」

 セドリックが面白そうに二人のやり取りを見ていた。
 エルシーは少しつんとして伯爵に言った。

「セドリック様は淑女への賛辞に困ることはないのでしょうね」
「全くだ。よく来てくれた、エルシー嬢」

 アルフレッド王太子がエルシーに声を掛ける。正装に身を包んだ王太子は黄金の髪を輝かせ、かつて夢見た王子様らしく、凛々りりしくも威厳のある美青年だった。
 エルシーはドレスを両手でつまんで、深く腰を屈めて礼をした。

「お招きありがとうございます、王太子殿下」
「あぁ、今夜は前のように皆と打ち解けて、食事を楽しんで欲しい」

 アルフレッドは複雑な表情でエルシーを見ていた。

「余計なことかと思ったが、貴女のために作らせたものだからな。良く似合っている。だが、気に入らなければどのように処分してくれても構わない」
「いえ、助かりました」

 レジナルドが明るい声で割って入った。

「ドレスのデザインが気に入らなかったら、この場で変えてみせましょう!」
「おい」

 アルフレッドの憮然ぶぜんとした声。
 皆笑い、場の空気が和んだ。

「早く食べよう!エルシーももうお腹空いたでしょ?」

 黒い瞳を輝かせて、菜々美が寄ってきた。

 彼女は日の光のような黄色いドレスを着ていた。つややかな黒い髪は結い上げられて金色のリボンで飾られている。化粧のためかいつもより大人びて見え、エルシーは菜々美を綺麗だと思った。
 淑女らしい服装をしても、彼女らしい元気の良さは損なわれていない。

「今夜の貴女はとても綺麗だわ」
「あはは、自分より綺麗な子に言われると嬉しいね。今日は食べるからね!あちこちきついけどさ」

 皆席に着き、和やかな空気の中、晩餐会ばんさんかい開催かいさいされた。
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