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第七章 二人の聖女
想いの行方
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「ところで『聖女の盾』の皆さんは、聖女二人をはっきり認識できていますか?」
ルビィが攻略対象達に尋ねる。
菜々美が消え、エルシーが新しい聖女となり、その後さらに菜々美が聖女に戻った。
そのことによって、「聖女」の存在について混乱が生じていたようだが……。
「うん、皆どっちがどっちだか、よくわからなくなってたみたいだね。こうして二人揃ったら、混乱は収まったんじゃない?」
菜々美が言った。
アルフレッドが難しい顔付きで語る。
「あぁ……あの話をする何日か前から、妙な違和感が起きるようになったな。今はもう問題ないが」
「エルシー嬢が消えて時間が経つほどに混乱が酷くなっていたね。淑女についての記憶が曖昧になるなど、私らしくもないと思っていたが」
セドリックも溜息を吐いた。
エルシーは申し訳なさそうな顔をする。
レジナルドが気を引き立てるように言う。
「エルシー様のせいやあらへんで。聖女が二人に増えるなんて、滅多にないことやからな。儲けもんやで」
レジナルドの明るい口調に、皆の顔に笑みが生まれる。
ルビィはこの場にいる全員に向けて語り掛けた。
「最初からやり直す余裕が無かったので、聖女の交代は止むを得ないことでした。好感度だけは初期化して、別々にしてありましたから、誰のどの気持ちも嘘偽りのない本物で、罪の意識を持つ必要はないのです。好感度の上昇値は異常でしたが。女神様からの謝罪を伝えておきます。『貴方達を守ることができなくて申し訳ない』と」
パーシヴァルが厳かに語る。
「いえ、誰もが悩み、最善の答えを出すように努力したのです。世界を、大切な人を守るために。そして、多くの災いから人々を救い、こうしてお互い傷つけ合うこともなく、再び巡り合うことができました。神にも貴方達にも感謝の気持ちを捧げます」
「そうだよ!悪いのは『異世界荒らし』の奴なんでしょ?そいつを撃退するって大仕事が待ってるんだ、落ち込んでなんていられないよ!」
菜々美は勇ましく叫ぶ。
「当然だ。起こったことはどうしようもないが、まだ俺達にはやるべきことがあるはずだ」
チェスターがしっかりとした口調で言った。
エルシーは表情を引き締めて頷いた。
セドリックは美しい青の瞳でエルシーを意味ありげに見た。
「一つだけ、貴女に不満を言うとしたら、私を選んでくださらなかったことです」
「えっ?」
伯爵の思いがけない発言に戸惑うエルシー。
「私なら、このような騒ぎは起こさなかったでしょう。恋が終わったのなら、もう一度始めればよいのです。貴女となら、時間をかけて絆を育むのも楽しいことでしょう」
チェスターもまた、セドリックに同意する。
「あぁ、俺なら一度守ると決めた女を無責任に放り出すことはない。色恋だけが夫婦の絆ではないのだからな」
アルフレッドが憮然とした表情を浮かべる。
レジナルドが助け舟を出した。
「まぁまぁ、あのままでは誰も幸せになれまへんで。やり直すのは早いに限りますわ」
「女神様の御前で、偽りの愛を誓うことはなりません。王族の家庭の乱れが国の乱れに繋がることも少なくないのです。何よりも、お二人共重い使命を背負っておいでです。喜んで苦労を分かち合う相手を選んだ方が宜しいでしょう」
エルシーは意外そうに大司教を見た。
アルフレッドも疑問を口にする。
「また山ほど説教されるのかと思ってたが」
大司教は微笑み、エルシーの方を見て言った。
「以前の私なら、こうは思わなかったでしょうね。ですが、貴女のお蔭で愛の力について理解ができます」
パーシヴァルは二人の生徒の前に進み出、祝福を与えるように手をかざした。
「アルフレッド殿下も、エルシー殿も私の大事な生徒です。お役目を果たすだけではなく、幸福な生涯を送って欲しいと心から願います」
エルシーは、胸がいっぱいになった。
「本当に皆様、今まで私を助けてくださったこと、心から感謝します」
だが、ここでふとエルシーの心に疑問が浮かんだ。
「ですが、皆様はわたくしに……エルシー・クロフォードに悪い印象は持っていないのですか」
男爵令嬢エルシー・クロフォードは、公爵家に養われる身でありながら、義理の姉アイリーンの婚約者と色恋沙汰を起こし、公爵家から追い出された身である、と公には信じられている。彼らは当然、その醜聞について知っているはずだが―――。
「あぁ、そのことなら貴女には何の非も無いことがわかっている。『死霊の森』から帰った後で、貴女について調べさせてもらったからな」
王太子はあっさりと答えた。
「何故、そのような噂が広まったのか……そのことについては後程説明する。今我々がここにいるのは、皆で貴女を迎えに行くためだったのだ。そして、もう一人の聖女として王宮に匿うつもりでいる。力を失ったとはいえ、国を救ってくれた恩人であることに変わりはない」
「これで一安心ですね。力を失くしたままであの森にいるのも不安ですから」
ルビィが嬉しそうに言った。
エルシーも喜んで礼を述べた。
「はい、お世話になります」
「さて、長い話で疲れただろう。今日はゆっくり休養してくれ」
アルフレッドの言葉で、この場は解散となった。
その後、エルシーは皆と共に、この地方の領主の館へ向かった。
特別に用意された部屋で、エルシーは久しぶりに安心して過ごすことができた。
(と言っても、まだ全て終わったわけじゃないけど……)
義姉アイリーンと「異世界荒らし」。
アイリーンとの和解がうまくいけばよいが、できなければ「異世界荒らし」との直接対決は避けられない。
(時期を待つしかないわ)
話し合いができるよう、王太子を通して交渉するしかない。
(後は、バートさんが帰ってくれれば……)
「異世界荒らし」に対抗する唯一の力。それ以上に、彼がいてくれるだけで心強い。
修行をすると言っていたから、彼が帰ってくるとしても、まだ先のことだろう。
森を出る時に、近くの町の「冒険者の店」に依頼して、バートランド宛の手紙を預かってもらっていた。
もう一度手紙を書いて「冒険者の店」宛に出しておこう。
エルシーは決心して手紙を書き、その夜はぐっすり眠った。
翌日、聖女二人を乗せた馬車は王宮へと向かう。
ルビィが攻略対象達に尋ねる。
菜々美が消え、エルシーが新しい聖女となり、その後さらに菜々美が聖女に戻った。
そのことによって、「聖女」の存在について混乱が生じていたようだが……。
「うん、皆どっちがどっちだか、よくわからなくなってたみたいだね。こうして二人揃ったら、混乱は収まったんじゃない?」
菜々美が言った。
アルフレッドが難しい顔付きで語る。
「あぁ……あの話をする何日か前から、妙な違和感が起きるようになったな。今はもう問題ないが」
「エルシー嬢が消えて時間が経つほどに混乱が酷くなっていたね。淑女についての記憶が曖昧になるなど、私らしくもないと思っていたが」
セドリックも溜息を吐いた。
エルシーは申し訳なさそうな顔をする。
レジナルドが気を引き立てるように言う。
「エルシー様のせいやあらへんで。聖女が二人に増えるなんて、滅多にないことやからな。儲けもんやで」
レジナルドの明るい口調に、皆の顔に笑みが生まれる。
ルビィはこの場にいる全員に向けて語り掛けた。
「最初からやり直す余裕が無かったので、聖女の交代は止むを得ないことでした。好感度だけは初期化して、別々にしてありましたから、誰のどの気持ちも嘘偽りのない本物で、罪の意識を持つ必要はないのです。好感度の上昇値は異常でしたが。女神様からの謝罪を伝えておきます。『貴方達を守ることができなくて申し訳ない』と」
パーシヴァルが厳かに語る。
「いえ、誰もが悩み、最善の答えを出すように努力したのです。世界を、大切な人を守るために。そして、多くの災いから人々を救い、こうしてお互い傷つけ合うこともなく、再び巡り合うことができました。神にも貴方達にも感謝の気持ちを捧げます」
「そうだよ!悪いのは『異世界荒らし』の奴なんでしょ?そいつを撃退するって大仕事が待ってるんだ、落ち込んでなんていられないよ!」
菜々美は勇ましく叫ぶ。
「当然だ。起こったことはどうしようもないが、まだ俺達にはやるべきことがあるはずだ」
チェスターがしっかりとした口調で言った。
エルシーは表情を引き締めて頷いた。
セドリックは美しい青の瞳でエルシーを意味ありげに見た。
「一つだけ、貴女に不満を言うとしたら、私を選んでくださらなかったことです」
「えっ?」
伯爵の思いがけない発言に戸惑うエルシー。
「私なら、このような騒ぎは起こさなかったでしょう。恋が終わったのなら、もう一度始めればよいのです。貴女となら、時間をかけて絆を育むのも楽しいことでしょう」
チェスターもまた、セドリックに同意する。
「あぁ、俺なら一度守ると決めた女を無責任に放り出すことはない。色恋だけが夫婦の絆ではないのだからな」
アルフレッドが憮然とした表情を浮かべる。
レジナルドが助け舟を出した。
「まぁまぁ、あのままでは誰も幸せになれまへんで。やり直すのは早いに限りますわ」
「女神様の御前で、偽りの愛を誓うことはなりません。王族の家庭の乱れが国の乱れに繋がることも少なくないのです。何よりも、お二人共重い使命を背負っておいでです。喜んで苦労を分かち合う相手を選んだ方が宜しいでしょう」
エルシーは意外そうに大司教を見た。
アルフレッドも疑問を口にする。
「また山ほど説教されるのかと思ってたが」
大司教は微笑み、エルシーの方を見て言った。
「以前の私なら、こうは思わなかったでしょうね。ですが、貴女のお蔭で愛の力について理解ができます」
パーシヴァルは二人の生徒の前に進み出、祝福を与えるように手をかざした。
「アルフレッド殿下も、エルシー殿も私の大事な生徒です。お役目を果たすだけではなく、幸福な生涯を送って欲しいと心から願います」
エルシーは、胸がいっぱいになった。
「本当に皆様、今まで私を助けてくださったこと、心から感謝します」
だが、ここでふとエルシーの心に疑問が浮かんだ。
「ですが、皆様はわたくしに……エルシー・クロフォードに悪い印象は持っていないのですか」
男爵令嬢エルシー・クロフォードは、公爵家に養われる身でありながら、義理の姉アイリーンの婚約者と色恋沙汰を起こし、公爵家から追い出された身である、と公には信じられている。彼らは当然、その醜聞について知っているはずだが―――。
「あぁ、そのことなら貴女には何の非も無いことがわかっている。『死霊の森』から帰った後で、貴女について調べさせてもらったからな」
王太子はあっさりと答えた。
「何故、そのような噂が広まったのか……そのことについては後程説明する。今我々がここにいるのは、皆で貴女を迎えに行くためだったのだ。そして、もう一人の聖女として王宮に匿うつもりでいる。力を失ったとはいえ、国を救ってくれた恩人であることに変わりはない」
「これで一安心ですね。力を失くしたままであの森にいるのも不安ですから」
ルビィが嬉しそうに言った。
エルシーも喜んで礼を述べた。
「はい、お世話になります」
「さて、長い話で疲れただろう。今日はゆっくり休養してくれ」
アルフレッドの言葉で、この場は解散となった。
その後、エルシーは皆と共に、この地方の領主の館へ向かった。
特別に用意された部屋で、エルシーは久しぶりに安心して過ごすことができた。
(と言っても、まだ全て終わったわけじゃないけど……)
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(時期を待つしかないわ)
話し合いができるよう、王太子を通して交渉するしかない。
(後は、バートさんが帰ってくれれば……)
「異世界荒らし」に対抗する唯一の力。それ以上に、彼がいてくれるだけで心強い。
修行をすると言っていたから、彼が帰ってくるとしても、まだ先のことだろう。
森を出る時に、近くの町の「冒険者の店」に依頼して、バートランド宛の手紙を預かってもらっていた。
もう一度手紙を書いて「冒険者の店」宛に出しておこう。
エルシーは決心して手紙を書き、その夜はぐっすり眠った。
翌日、聖女二人を乗せた馬車は王宮へと向かう。
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