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第七章 二人の聖女
聖女の帰還
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がたごとと車輪の音が響き、馬車が揺れる。
国境付近の町から離れ、王都へと続く道の途中。
エルシーは黒いマントのフードを深くかぶって顔を隠して座席に収まっていた。
ルビィは姿を消したまま、心の声で会話する。
(近くの町では何も変わった様子はありませんでした)
エルシーが買い物をしている間、ルビィは町を飛び回って変化がないか調べていた。
(あの町は国の端にあるから、まだ何も伝わってないのかもしれないわ)
小さな窓の外は、うららかな日差しが辺りを照らす、のどかな光景。
(聖女の力が消えたのは、一大事のはずだけど……)
既に世界は救ったとはいえ、女神の恩寵である聖なる力が消え失せるのは、良い前兆とは言えない。
(やはり、他の誰かがその力を持っているのでしょう)
ルビィの答えに、エルシーは推測を巡らせる。
「誰か」
それは、前の聖女か。
それとも―――。
(『悪役令嬢物』では、ヒロインの力がなぜか悪役令嬢のものになっていることがあります。ですが、『聖乙女2』には「悪役令嬢」として依り代になれる者がいないから、そこまでの干渉はできないはずです。女神様が健在ならば)
女神の沈黙。
彼女がどうなったのか、もはや力を持たないエルシーには知るすべがない。
(とにかく、調べてみるしかないわ)
何をどのように調べればいいか。雲をつかむような話だが、このような大きな異変が起きたからには、必ず何か変わったことが起きているはずだ。
そして、もし前の聖女が帰ってきたのなら、彼女に会わなくてはならない。
国の中ほど、少し大きな町に着いた頃。
祭りのような賑やかさに二人の旅人は驚いた。
「いやー、めでたいねぇ」
「本当にねぇ」
昼間から酒を注ぎあって楽しそうに飲んでいる男達。着飾って楽し気に語り合う娘達。
声を張り上げて商品を売り込む店の人々。今日はあちこちで安売りが行われているようだ。
陽気な音楽が流れ、楽しそうに歌い踊る人々。
町中が浮かれ騒ぎの最中だ。
(何があったのかしら)
(あっ、向こうに人が集まってますよ)
頭の上からルビィの声がして、エルシーは教会の前に人だかりがしているのに気づく。
「皆様、ご安心ください!」
司教が群集を前に呼びかける。
「聖女様がお戻りになりました!」
大歓声が沸き起こる。
(やっぱり……)
エルシーもルビィも、予想通りと思いつつ、教会に視線を向けていた。
「それでは聖女様、一言皆の者にお声をお掛けください」
見守る人々の前で、教会の扉の奥から現れたのは……。
「みんなー!!帰ったよーっ!!!」
何とも元気のいい挨拶に、大衆が沸く。
彼らの前にいるのは、肩までの黒い髪に黒い瞳、簡素な白い衣をまとった少女。
物怖じもせず手を振って、大衆に笑いかけている。
その素朴な顔立ちにエルシーは、見覚えがあった。
かつて鏡の中に何度も見た顔。
(あれは……)
見つめるエルシーを「聖女」の黒い瞳が真っすぐに見つめる。
にかっと少女は笑ってみせた。不思議と親しみの沸く微笑みで。
(聖女の部屋はここです)
教会の裏手、窓の下にエルシーはいた。
ルビィに確認する。
(誰もいないわね?)
(はい、今のうちです)
まずは、聖女と二人で話をしたい。
彼女は、群衆の中でエルシーを認めたようだ。
親し気な微笑みに、敵意は感じなかった。
エルシーは、呼吸を整えて心を落ち着けると、窓に近づいた。
声を掛けようとしたその時、建物の影から人の足音が聞こえてきた。
「そこにいるのは、誰だ!」
聞き覚えのある声と共に、数人の兵士がこちらへ駆けて来る。
逃げる間もなく、囲まれるエルシー。
黒いマントを着て深くフードを被ったままなので、怪しく見えるに違いない。
「堂々と聖女の前に姿を現すとは、大胆な奴」
兵士達の背後から姿を現したのは、黄金の髪の貴族らしい装いの若者。
「殿下、危険です。お下がりください!」
「お世継ぎなんやかから、自覚してくれまへんか」
若者を制止するのは、白金の髪の聖職者らしい装いの青年と、緑色の髪のローブ姿の少年。
アルフレッド王太子に続いて、大司教パーシヴァルと魔術師レジナルドも現れた。
「おや、これは珍客ですね」
慌てた様子もなく悠然と金褐色の髪の優雅な青年も現れる。エイヴァリー伯爵セドリックだ。
「別に危険な奴じゃない」
屋根の上から、元盗賊チェスターの声がしたかと思うと、勢いよく窓が開いた。
「そうそう!あんた達の恩人なんだからね!丁寧にしないと罰が当たるよ!」
窓枠を飛び越えて、ひらりと黒髪の少女が庭に飛び降りる。
彼女は、再び親し気に笑いかけた。
「ごめんごめん、腹ごしらえに夢中で気が付くのが遅れたんだ。もう、あちこち引っ張りまわされてお腹減ってしょうがないよ!」
大司教がさっそくお転婆な聖女を諫める。
「窓から出入りするのはお止めください。盗賊ではないのですから。立ち寄る所が多くなるのは仕方ないでしょう。救世主の不在で皆不安だったのですから、元気な顔を見せて安心させなくては」
「それなら、この子に頼むべきだね」
聖女はエルシーの方に視線を移した。
全員の注目がエルシーに集まる。
これから、何が始まるのだろう。
新しい出会いと懐かしい人々との再会にエルシーの心の中は期待と不安がせめぎあっていた。
国境付近の町から離れ、王都へと続く道の途中。
エルシーは黒いマントのフードを深くかぶって顔を隠して座席に収まっていた。
ルビィは姿を消したまま、心の声で会話する。
(近くの町では何も変わった様子はありませんでした)
エルシーが買い物をしている間、ルビィは町を飛び回って変化がないか調べていた。
(あの町は国の端にあるから、まだ何も伝わってないのかもしれないわ)
小さな窓の外は、うららかな日差しが辺りを照らす、のどかな光景。
(聖女の力が消えたのは、一大事のはずだけど……)
既に世界は救ったとはいえ、女神の恩寵である聖なる力が消え失せるのは、良い前兆とは言えない。
(やはり、他の誰かがその力を持っているのでしょう)
ルビィの答えに、エルシーは推測を巡らせる。
「誰か」
それは、前の聖女か。
それとも―――。
(『悪役令嬢物』では、ヒロインの力がなぜか悪役令嬢のものになっていることがあります。ですが、『聖乙女2』には「悪役令嬢」として依り代になれる者がいないから、そこまでの干渉はできないはずです。女神様が健在ならば)
女神の沈黙。
彼女がどうなったのか、もはや力を持たないエルシーには知るすべがない。
(とにかく、調べてみるしかないわ)
何をどのように調べればいいか。雲をつかむような話だが、このような大きな異変が起きたからには、必ず何か変わったことが起きているはずだ。
そして、もし前の聖女が帰ってきたのなら、彼女に会わなくてはならない。
国の中ほど、少し大きな町に着いた頃。
祭りのような賑やかさに二人の旅人は驚いた。
「いやー、めでたいねぇ」
「本当にねぇ」
昼間から酒を注ぎあって楽しそうに飲んでいる男達。着飾って楽し気に語り合う娘達。
声を張り上げて商品を売り込む店の人々。今日はあちこちで安売りが行われているようだ。
陽気な音楽が流れ、楽しそうに歌い踊る人々。
町中が浮かれ騒ぎの最中だ。
(何があったのかしら)
(あっ、向こうに人が集まってますよ)
頭の上からルビィの声がして、エルシーは教会の前に人だかりがしているのに気づく。
「皆様、ご安心ください!」
司教が群集を前に呼びかける。
「聖女様がお戻りになりました!」
大歓声が沸き起こる。
(やっぱり……)
エルシーもルビィも、予想通りと思いつつ、教会に視線を向けていた。
「それでは聖女様、一言皆の者にお声をお掛けください」
見守る人々の前で、教会の扉の奥から現れたのは……。
「みんなー!!帰ったよーっ!!!」
何とも元気のいい挨拶に、大衆が沸く。
彼らの前にいるのは、肩までの黒い髪に黒い瞳、簡素な白い衣をまとった少女。
物怖じもせず手を振って、大衆に笑いかけている。
その素朴な顔立ちにエルシーは、見覚えがあった。
かつて鏡の中に何度も見た顔。
(あれは……)
見つめるエルシーを「聖女」の黒い瞳が真っすぐに見つめる。
にかっと少女は笑ってみせた。不思議と親しみの沸く微笑みで。
(聖女の部屋はここです)
教会の裏手、窓の下にエルシーはいた。
ルビィに確認する。
(誰もいないわね?)
(はい、今のうちです)
まずは、聖女と二人で話をしたい。
彼女は、群衆の中でエルシーを認めたようだ。
親し気な微笑みに、敵意は感じなかった。
エルシーは、呼吸を整えて心を落ち着けると、窓に近づいた。
声を掛けようとしたその時、建物の影から人の足音が聞こえてきた。
「そこにいるのは、誰だ!」
聞き覚えのある声と共に、数人の兵士がこちらへ駆けて来る。
逃げる間もなく、囲まれるエルシー。
黒いマントを着て深くフードを被ったままなので、怪しく見えるに違いない。
「堂々と聖女の前に姿を現すとは、大胆な奴」
兵士達の背後から姿を現したのは、黄金の髪の貴族らしい装いの若者。
「殿下、危険です。お下がりください!」
「お世継ぎなんやかから、自覚してくれまへんか」
若者を制止するのは、白金の髪の聖職者らしい装いの青年と、緑色の髪のローブ姿の少年。
アルフレッド王太子に続いて、大司教パーシヴァルと魔術師レジナルドも現れた。
「おや、これは珍客ですね」
慌てた様子もなく悠然と金褐色の髪の優雅な青年も現れる。エイヴァリー伯爵セドリックだ。
「別に危険な奴じゃない」
屋根の上から、元盗賊チェスターの声がしたかと思うと、勢いよく窓が開いた。
「そうそう!あんた達の恩人なんだからね!丁寧にしないと罰が当たるよ!」
窓枠を飛び越えて、ひらりと黒髪の少女が庭に飛び降りる。
彼女は、再び親し気に笑いかけた。
「ごめんごめん、腹ごしらえに夢中で気が付くのが遅れたんだ。もう、あちこち引っ張りまわされてお腹減ってしょうがないよ!」
大司教がさっそくお転婆な聖女を諫める。
「窓から出入りするのはお止めください。盗賊ではないのですから。立ち寄る所が多くなるのは仕方ないでしょう。救世主の不在で皆不安だったのですから、元気な顔を見せて安心させなくては」
「それなら、この子に頼むべきだね」
聖女はエルシーの方に視線を移した。
全員の注目がエルシーに集まる。
これから、何が始まるのだろう。
新しい出会いと懐かしい人々との再会にエルシーの心の中は期待と不安がせめぎあっていた。
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