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第六章 追われた勇者
大切な人
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エルシーは身動きもせず、話に耳を傾けていた。
その出来事が、彼にとってどれほど大きな打撃だったか。そして、今でもまだ彼を苦しめているに違いないことが、頭の中を駆け巡っていた。
「どうして、あいつがそんなことをしたのか、わからなかった……いや、気づくべきだったのかもしれない」
「……なぜ?」
こわばった口調で、エルシーは機械的に尋ねた。
「考えてみれば、ずっとキャロルは俺に助けを求めていたような気がするんだ」
彼女の話を聞いてやらなかった時。彼女を理解できなかった時。
そうした小さなすれ違いが、取り返しのつかない過ちを生み出したのか。
「あいつの気持ちは、俺には理解できないことが多かったから」
「人の気持ちを全て理解することはできないわ」
「それでも、もっとしてやれることがあったんじゃないかと、そう思えて仕方ないんだ」
努力したつもりでも、上手くいかなければ後悔の気持ちは必ず残る。
だが、どんな事情があったとしても、幼馴染を裏切り大切な武器を取り上げた彼女の罪は重い。
勇者を、幼馴染を大切に思っていた若者を傷つけた。バートランドの失望はどれほどのものだったか。
エルシーは思わず問いかける。
「貴方の気持ちはどうなるの?」
バートランドは苦笑した。
「あいつのした事はもちろん悪い事だ。だけど、一番近くにいて何も気づかなかった俺にも非はある」
「…………」
「俺達と出会ってから、キャロルも笑顔を見せてくれるようになって、一緒に戦いの旅までできるようになった。俺はあの子を救うことができたと己惚れていた。でも、本当はそうじゃなかったんだ」
おそらく、彼が誰よりも救いたかった人だから。
「だから―――」
「…………」
エルシーは俯いたまま、彼の声を聴いていた。
自分を裏切った彼女を憎まずにいる彼は、とても強くて優しい人だと思った。
想いを裏切られたら、多くの人間はどうしても相手を憎む気持ちを持ってしまうものだ。
例え、自分にも非があったのだとしても。
「だから、悩んてる人がいたら、今度こそ救いたいんだ」
バートランドの力強い口調に思わずエルシーは顔を上げる。
「エルシーも辛いことがあったら、いつでも言って欲しい。もう後悔したくないから」
「……えぇ」
「大切な人をもう失くしたくないからな」
「えっ」
「あ…………」
彼の顔に赤みが差す。
「あ、えーと、エルシーは俺にとって大事な……」
「…………」
きっと自分の顔も夕日に劣らず赤くなっていると思いながら、エルシーは彼の答えを待った。
「大事な……恩人だし……」
「ありがとう」
エルシーは微かに微笑んだ。
バートランドも安心したように笑う。
「もう話は終わりですか?晩御飯にしましょうよ」
待ちくたびれた顔でルビィが戻ってくる。
気が付けば、空には星が輝き始めていた。
「夕食にしましょう。もう、準備は済んでるわ」
「あぁ!」
エルシーは立ち上がって、バートランドを見上げた。
「…………私にも、貴方の気持ちはわかるわ。人がいくら非難しても、自分にとっては、誰よりも大切だった人だもの」
暮れ始めた夜空のような、青紫の瞳が明るく輝く星を見上げる。
聖女として王太子と過ごした、幸せな日々。追憶が蘇る。
「いい所だってよく知ってるし、楽しい思い出もたくさんある。そんな人をすぐに心の中から切り捨てることはできないわ」
夜風に薄桃色の髪をなびかせる少女。
その美しい横顔に、バートランドの瞳は惹きつけられる。
「決して、昔に戻ることはできないけれど―――」
「そうだな。もう、昔に戻ることはできない。それは悲しいことだけど、いつまでも引きずってはいられないさ」
エルシーは微笑んで、りんごを持って家の中へ足を向ける。
「このりんごでタルトを作りましょう」
「それは楽しみだな!」
窓越しにルビィは二人を見守っていた。
(順調に仲良くなっているようですね)
(勇者追放の原因はキャロルの裏切りですか)
(元々闇落ち確定のサブヒロインですが……)
(あっちのストーリーも相当歪んでるようですね)
ルビィは『原作』について考えた。
勇者バートランドを主人公としたロールプレイングゲーム「黒い森の勇者」。
バートランドの幼馴染の少女キャロルは、原作では一緒に旅をしていない。
彼よりも早く、一人で村を出ている。
そのため、バートランドの彼女に対する感情は、恋愛感情と言えるほどのものにはならなかった。
キャロルが村を出た後、バートランドも村を出て冒険者となり、王女セシリアや他の美少女達と出会う。王女がメインヒロインという立場にいるが、明確な恋愛描写は無く、ハーレムを築くことはない。
一般向けゲーム作品は主人公でもカップル成立しないまま終わるものも少なくないのである。
現実の乙女ゲームヒロインが悪役令嬢から婚約者を奪って破滅させたりしないように、普通のゲームの勇者はハーレムなど作らない。ハーレム勇者が登場するのは男性向け十八禁作品くらいのものだろう。
ゲーム世界にハーレム転移者が現れたからには、見た目の良い女性キャラは全て奪われているのに違いない。
キャロルを除いて。
他の美少女が関わらない分、キャロルの存在が大きくなったのか。
転移者達は勇者の武器を奪うため、わざと彼女だけを残したのだろうか。
(エルシーとはお互い満更ではなさそうだけど、キャロルの存在が気になります)
(今現在恋をしていない者という条件は入れておきましたが……)
未練か後悔か。それともまだ想いが残ってるのだろうか―――。
(魔方陣も悩んでいたようだし、必ずしも条件ぴったりの人間が現れるとは限らないのかもしれません)
(まぁ、あまり順調過ぎても盛り上がらないし、少しぐらい障害があった方がいいでしょう)
ルビィは一人頷くと、夕食の席へ向かった。
その出来事が、彼にとってどれほど大きな打撃だったか。そして、今でもまだ彼を苦しめているに違いないことが、頭の中を駆け巡っていた。
「どうして、あいつがそんなことをしたのか、わからなかった……いや、気づくべきだったのかもしれない」
「……なぜ?」
こわばった口調で、エルシーは機械的に尋ねた。
「考えてみれば、ずっとキャロルは俺に助けを求めていたような気がするんだ」
彼女の話を聞いてやらなかった時。彼女を理解できなかった時。
そうした小さなすれ違いが、取り返しのつかない過ちを生み出したのか。
「あいつの気持ちは、俺には理解できないことが多かったから」
「人の気持ちを全て理解することはできないわ」
「それでも、もっとしてやれることがあったんじゃないかと、そう思えて仕方ないんだ」
努力したつもりでも、上手くいかなければ後悔の気持ちは必ず残る。
だが、どんな事情があったとしても、幼馴染を裏切り大切な武器を取り上げた彼女の罪は重い。
勇者を、幼馴染を大切に思っていた若者を傷つけた。バートランドの失望はどれほどのものだったか。
エルシーは思わず問いかける。
「貴方の気持ちはどうなるの?」
バートランドは苦笑した。
「あいつのした事はもちろん悪い事だ。だけど、一番近くにいて何も気づかなかった俺にも非はある」
「…………」
「俺達と出会ってから、キャロルも笑顔を見せてくれるようになって、一緒に戦いの旅までできるようになった。俺はあの子を救うことができたと己惚れていた。でも、本当はそうじゃなかったんだ」
おそらく、彼が誰よりも救いたかった人だから。
「だから―――」
「…………」
エルシーは俯いたまま、彼の声を聴いていた。
自分を裏切った彼女を憎まずにいる彼は、とても強くて優しい人だと思った。
想いを裏切られたら、多くの人間はどうしても相手を憎む気持ちを持ってしまうものだ。
例え、自分にも非があったのだとしても。
「だから、悩んてる人がいたら、今度こそ救いたいんだ」
バートランドの力強い口調に思わずエルシーは顔を上げる。
「エルシーも辛いことがあったら、いつでも言って欲しい。もう後悔したくないから」
「……えぇ」
「大切な人をもう失くしたくないからな」
「えっ」
「あ…………」
彼の顔に赤みが差す。
「あ、えーと、エルシーは俺にとって大事な……」
「…………」
きっと自分の顔も夕日に劣らず赤くなっていると思いながら、エルシーは彼の答えを待った。
「大事な……恩人だし……」
「ありがとう」
エルシーは微かに微笑んだ。
バートランドも安心したように笑う。
「もう話は終わりですか?晩御飯にしましょうよ」
待ちくたびれた顔でルビィが戻ってくる。
気が付けば、空には星が輝き始めていた。
「夕食にしましょう。もう、準備は済んでるわ」
「あぁ!」
エルシーは立ち上がって、バートランドを見上げた。
「…………私にも、貴方の気持ちはわかるわ。人がいくら非難しても、自分にとっては、誰よりも大切だった人だもの」
暮れ始めた夜空のような、青紫の瞳が明るく輝く星を見上げる。
聖女として王太子と過ごした、幸せな日々。追憶が蘇る。
「いい所だってよく知ってるし、楽しい思い出もたくさんある。そんな人をすぐに心の中から切り捨てることはできないわ」
夜風に薄桃色の髪をなびかせる少女。
その美しい横顔に、バートランドの瞳は惹きつけられる。
「決して、昔に戻ることはできないけれど―――」
「そうだな。もう、昔に戻ることはできない。それは悲しいことだけど、いつまでも引きずってはいられないさ」
エルシーは微笑んで、りんごを持って家の中へ足を向ける。
「このりんごでタルトを作りましょう」
「それは楽しみだな!」
窓越しにルビィは二人を見守っていた。
(順調に仲良くなっているようですね)
(勇者追放の原因はキャロルの裏切りですか)
(元々闇落ち確定のサブヒロインですが……)
(あっちのストーリーも相当歪んでるようですね)
ルビィは『原作』について考えた。
勇者バートランドを主人公としたロールプレイングゲーム「黒い森の勇者」。
バートランドの幼馴染の少女キャロルは、原作では一緒に旅をしていない。
彼よりも早く、一人で村を出ている。
そのため、バートランドの彼女に対する感情は、恋愛感情と言えるほどのものにはならなかった。
キャロルが村を出た後、バートランドも村を出て冒険者となり、王女セシリアや他の美少女達と出会う。王女がメインヒロインという立場にいるが、明確な恋愛描写は無く、ハーレムを築くことはない。
一般向けゲーム作品は主人公でもカップル成立しないまま終わるものも少なくないのである。
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ゲーム世界にハーレム転移者が現れたからには、見た目の良い女性キャラは全て奪われているのに違いない。
キャロルを除いて。
他の美少女が関わらない分、キャロルの存在が大きくなったのか。
転移者達は勇者の武器を奪うため、わざと彼女だけを残したのだろうか。
(エルシーとはお互い満更ではなさそうだけど、キャロルの存在が気になります)
(今現在恋をしていない者という条件は入れておきましたが……)
未練か後悔か。それともまだ想いが残ってるのだろうか―――。
(魔方陣も悩んでいたようだし、必ずしも条件ぴったりの人間が現れるとは限らないのかもしれません)
(まぁ、あまり順調過ぎても盛り上がらないし、少しぐらい障害があった方がいいでしょう)
ルビィは一人頷くと、夕食の席へ向かった。
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