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第六章 追われた勇者

別れの予感

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 西の空が赤く染まり始めた頃。
 大きな袋を担いだバートランドが「魔女の家」に戻ってきた。

「お帰りなさい」

 家から出てきたエルシーが声を掛ける。

「ただいま。頼まれた物、買ってきたから運んでおくよ」
「ありがとう。頼むわね」

 慣れた様子で家に入るバートランドを見送ってルビィが言った。

「もうすっかり家に慣れたようですね」
「えぇ、私達の他に住む人が増えるなんて思わなかったけど、色々助かってるわ」
「で、どう思いますか?彼のことは」

 急に声を潜めたルビィにエルシーが不審そうな視線を向ける。

「えっ……。いい人だとは思うけど」
「結構好みのタイプじゃないんですか」

 エルシーの好みについては当然把握していたルビィ。
 召喚する時にいくつか彼女の好みに合わせて条件を入力しておいたから、当然のことであるが。
 エルシーは微かに頬を紅潮させて言う。

「そ……そういうものじゃないわ。あの人の方も、いい友達くらいにしか思ってないでしょう」
「友達ですか。まぁ、いいですよ今のところは」

 ルビィは急に真面目な顔になった。

「誰であろうと、仲のいい人が増えるのはいい事です。私はそのうちお別れしなくてはいけませんからね」
「えっ……」

 エルシーはショックを受けた。
 今まで考えていなかった……だが、当然予想すべきことだった。

「役目が終われば、また次の仕事が始まるでしょう。妖精界へ戻って女王様に報告しなくてはなりませんしね」
「…………」

 ルビィは開いた窓から部屋の中へ戻っていき、一人残されてエルシーは考え込んだ。



 突然聖女の使命を与えられ、何もわからなかった頃からずっとそばにいて、たくさんの事を教えてくれていたルビィ。城を抜け出した後も、彼女がいたから孤独を感じずにすんだ。

 もし、公爵家を追い出された後、ルビィが来なかったら自分はどうなっていただろうか。
 改めてルビィの存在の大きさを自覚するエルシーだった。

 離れるのは、きっと辛い事だろう。
 だけど、彼女にもなすべき務めがあり、自分の夢もある。
 引き留めることはできない。

 ルビィと共に、敵を退け、幸福な未来を手に入れる。でも、その時は彼女との別れの時でもあるのだ。
 ……あとどれくらい、一緒にいられるだろうか。



 戸口に座り込んで、じっと夕日を眺めていると、背後から声がかかった。

「エルシー、今日はりんごの木を見つけたんだ。美味いりんごだから、そのまま食べても料理に使ってもよさそうだな」

 バートランドがりんごを手に持って現れた。
 エルシーの手につやつやした暗い赤の果実が渡される。
 彼女はぼんやりとそれを見つめていた。

「どうしたんだ?元気が無いように見えるけど」

 エルシーの身を案じるような彼の様子に、少しだけ、心が和んだ。



 二人並んで座り、夕焼けを眺めながら、エルシーは先程のルビィとの話を打ち明けた。

「わかっていたはずの事なのに、こんなに落ち込むのもおかしいと思うけど……」
「いや、ずっと一緒にいた人が離れていくのは辛いよ。わかっていてもいなくても」

 重い実感の籠った声に、エルシーは思わずバートランドを見上げた。
 珍しく憂いに曇る顔を赤い夕陽に向けながら、彼は語った。



 騎士であったバートランドの父親が戦死した後、母親は子供達を連れて故郷の村に移り住んだ。
 彼はそこで母と妹と共に子供時代の数年間を過ごした。

 近所には、彼と同じように他の町から移ってきた少女がいた。
 水色の髪をした綺麗な顔立ちの少女、キャロル。
 すぐに村に馴染んだバートランドと妹とは違い、暗く沈んだ顔をした少女は、村にも引き取られた親戚の家にも馴染めずにいた。

 キャロルの母は魔王軍に連れ去られ、妻を取り戻そうとした父は、魔物に殺害された。
 幼い娘は、母に押し込められた戸棚の中から、その光景を見ていた。
 小さな子供が見るには、あまりに残酷な出来事。
 バートランドの母はキャロルを気にかけ、家に連れてきては子供達と遊ばせた。

「それからずっと、うちに入り浸ってたよ」

 幸福な過去を語る彼の顔は穏やかで優しい。
 その様子で、エルシーは直感した。キャロルという少女が、単なる幼馴染ではなかったということを。

 やがて、成長した彼らは共に冒険者となる。
 ウォーレスという戦士の男とマデリーンという神官の女を加え、多くの戦いを乗り越えて、バートランドはついに勇者となった。

「俺達なら必ず、魔王を倒せると信じてた」

 彼らは魔王を倒した。しかし……。
 バートランドは重い口調で、キャロルの裏切りを語った。
 仲間達のうち、最も身近で長い付き合いの幼馴染。そして、おそらく、彼の初恋の少女。
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