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第六章 追われた勇者

聖女の歴史

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 神殿の中の広い部屋に三人は集まり、大きなテーブルに座っていた。
 竈や調理台があり、元は食堂だったと思われる。
 テーブルの上には、二人+一人の昼食が広げてある。

「おっ、今日はいつも以上に豪華だな!」
「体力を使うから、力のつくメニューにしたのよ」
「頑張って鶏の羽をむしった甲斐がありましたね!」
「鶏料理は羽をむしるところから始まるのよ」

 エルシーは無表情で答えた。
 鶏を絞めるのは男の役目だが、羽をむしり皮をいで解体するのは、女の仕事である。
 エルシーは下ごしらえの時のことは思い出さないようにした。
 慣れたとはいえ、気分のいいものではない。

 ルビィによれば、この世界がゲームとして売られている「現代日本」では、肉が切り身として調理しやすい状態で売られているという。

(そんな世界なら便利よね)

 エルシーはうらやましく思った。

「ではいただきましょう。勇者と聖女が一緒に食事しているなんて、昔の人は想像できなかったでしょうね」
「あぁ、エルシーは本当に聖女だったんだな」
「えぇ……。色々あって、こんな所に隠れてるけど」

 バートランドはエルシーの気を引き立てるように微笑んだ。

「俺だって、勇者なのにこんな遠くまで流れてきてるんだから、不思議じゃないよ」
「ありがとう。聖剣が貴方を認めてくれて良かったわ」



 昼食が終わった後、神殿の中を見物して回った。
 回廊の壁に、聖女の活躍を描いた長いタペストリーが掛かっている。

 華やかな色彩で描かれた人間や神々、妖精や精霊達。凶悪な魔物の姿も描かれている。
 それを眺めつつ、過去の世界に想いをせた。
 光り輝く女神の前に、膝まづく白い衣装の乙女。
 女神は祝福を与えるかのように、美しい手を差し伸べている。
 その場面の前で、ルビィが語りだした。

「旧王国時代は、女神様に仕える巫女の中から聖女が選ばれていたんですよ。もう何百年も昔の事ですが」
「そういう説があるって聞いていたけど、本当にそうだったのね」

 エルシーは、大司教から教わった話を思い出した。
 そして、ルビィに教えられた前作「聖乙女1」=「聖なる乙女は愛を歌う」の世界のことを。

「へぇ……。何でわざわざ異世界から呼び出すようになったんだろう?」

 バートランドの疑問に答えてルビィが説明を始める。

「この世界の人間である以上、巫女には色々面倒なしがらみがあったんです」

 親や親戚、主君など、聖女の活動を利用したり妨害したりする人間は後を絶たなかった。
 聖女候補の巫女を狙った誘拐や暗殺などの事件も少なくない。
 さらには、自分の意のままに操ることのできる少女を聖女に仕立てようとする者もいた。

「旧王国が滅びたのも、聖女の活動が妨げられた結果だといいます」

 その後、女神は異世界から聖女になる者を呼び出すようになった。
 自分の世界に居場所が無く孤独な、人々を救うことに喜びを見出す少女。
 この世界と共に聖女自身も救われるように。

 聖剣は旧王国以前の神話の時代に造られた。
 女神の力を与えられた聖なる剣は、旧王国を聖女と共に守ってきた。

「聖剣の意思が、女神様と新しい聖女を結び付けました」

 聖騎士と旧王国の聖女……姫巫女の子孫であるエルシー。
 彼女には元々巫女となり聖女となる資質が秘められていた。

「大事にしていくよ。この剣と剣を受け継いできた人達のこと……もちろん、君達の気持ちを」
「恩返しよろしくお願いします」

 ルビィがやけに丁寧な口調で言う。
 エルシーは苦笑した。

「貴方ならきっと正しく使ってくれると思うわ」
「あぁ、任せてくれ!それで、この剣について詳しく知ることはできないか?」
「剣の性能について調べる必要がありますね。こっちに資料があるはずです」

 回廊を歩いて、また別の部屋の中へ入った。
 先程の食堂よりも広い部屋の中には、大きな本棚がいくつも並んでいて、大量の本が収められていた。

「ここに聖剣に関する本があります。具体的な使用方法が書いてある本は……こっちですね」

 二人はルビィが示した本を取り、集めていく。

「本は後で返さなければいけないわね。必要なことを書き写しておくといいわ」
「私なら内容を全部頭に入れておくことができますが……使うのは貴方ですからね」

 ルビィはバートランドの方を振りかえった。
 本をめくりながら、難しい顔をしているバートランド。

「……何が書いてあるかわからないんだが」

 大部分の書物は、現在は使われていない文字で書かれている。外国人の彼にわからないのは仕方ない。

「後で翻訳しておくわ。古代文字は習ったけど、私にもわからないものが中にはあるわね」
「はい、わからなかったら私に聞いてください。くれぐれも本を傷めたり汚したりしないでくださいよ」
「気を付けるわ。写本があるといいんだけど」

 エルシーが言うと、それを待ち構えていたかのように、小さな影が飛び出してきた。

「§ΠΘ#!!」

 木彫りの人形のような精霊だ。木目のある茶色い体に、丸い黒い目が何かを訴えている。

「『写本をお求めですか?』って言ってます」

 ルビィが通訳する。

「&@%&$#……ニンゲン、久しぶり。人の言葉、忘れてた」
「この図書室に住んでいる精霊です。原本が失われることのないように、本を持って帰りたい人に写本を作ってくれます」

 エルシーもバートランドも好奇心に満ちた目で精霊を眺めた。

(ゲームにも登場してたんですが、イベントを飛ばしましたからね)
(それなら、「異世界荒らし」対策になりそうな本を探して写本を作ってもらいましょう)
(ここなら、何か見つかるかもしれませんね)

 しばらく図書館の中で本を探す。
 何冊かを選んで、持ち帰ることにした。

「とりあえずは、こんな所でしょう。全部見て回る暇はありませんから、あとはまた機会を見て探しに来ればいいですね」
「見たことのない本が多かったわ」

 公爵家にも、王宮にも無い貴重な本がここには数多く残されていた。
 読みたい人は少なくないだろう。

(ゲームにはレジナルドを本から引きはがすのに苦労するイベントもありましたよ)
(レジナルドさんやパーシヴァル様なら、本の研究に協力してくれるでしょうね)

 『聖女の盾』の皆が味方に付いてくれればだが。
 まず、先代の聖女の帰還を待たねばならない。



 帰り道は、聖剣で全ての敵が片付いた。

「何もする必要が無かったわ」
「聖剣マスターにはまだまだですけどね」
「あぁ、まだ全力出しきってない気がするな。もっと使っていかないと!」

 すっかり自信を取り戻した様子の勇者を見て、エルシーは嬉しく思った。

(「異世界荒らし」は強敵です。もっと力をつけなければ)
「…………」

 ルビィの言葉に、忘れていた不安が蘇る。

 「異世界荒らし」と直接戦わずに済むだろうか
 聖剣を手にした勇者が味方になってくれるのか。
 彼に「異世界荒らし」が倒せるか。

 まず、前の聖女の協力が必要だ。そしてアイリーンと和解できれば、厳しい戦いをしなくて済む。

(私も、頑張らなくては)

 近い将来に迫った運命の時に向けて、エルシーは改めて決意を固めた。
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