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第六章 追われた勇者
死霊の森の聖なる魔女
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「死霊の森」近くの町。
魔道具屋の主人は、小さな鏡を拭いていた。
店の入り口に目を向けると、黒いローブ姿の奇妙な模様の仮面を被った人物がいる。
「これはこれは、今日はどのような道具をお持ちで?」
店主は低姿勢で尋ねた。
低い女の声が答える。
「ふふふ、そうね……。これを持ってきたのだけれど、どうかしら?」
差し出されたのは、光沢のある布。
絹地に金糸と銀糸で大きく鳥の模様が描かれている。その美しい絵を眺め、店主は頷くと口を開いた。
「ふむ、これなら冒険者の方ばかりか貴族の方にも興味を持っていただけるかもしれませんね」
店主は布をたたむと、再び黒ローブの女に問いかけた。
「売り物は他にございますか?」
黒ローブの女は二本の瓶を差し出した。
「確かに、これは聖女の薬に違いありません」
店主は再び品定めをした後、机に貨幣を積み上げた。
聖女の仕事の一つは、回復効果のある薬を作ること。体力や毒、呪いなどを癒し、重病人まで回復させる強力な薬を作るのが、聖女の力であった。
聖女以外にも、薬師や魔術師、僧侶にも薬を造るのが得意な者はいるが、聖女の薬は年月が経過しても劣化せず、炎や湿気の影響で変質することもないので、通常の薬よりも高値で取引されていた。
歴代の聖女が作った薬が遺跡から発見されることもあるので、冒険者の収入源にもなっていた。薬を必要とする機会の多い冒険者は聖女の薬を売り、自分では普通の薬を使うことが多かった。気軽に使えない強力な薬であれば、裕福な冒険者は万一のために常備していることもある。
女と入れ違いに、剣と鎧で武装した冒険者が店を訪れる。
「『死霊の森の魔女』……?」
最近、怪しい黒ローブで仮面に顔を隠した女が珍しい商品を売りにくることがあった。聖女の薬や、特殊な防御効果のある布や衣類など。彼女を町の人々は、「死霊の森の魔女」と呼んでいた。実際に森に棲んでいることを確かめた者はいないが。
黒ローブの女が家に入ると、小さな妖精が飛んできた。
「お帰り~、頼んだお菓子は忘れませんでしたか?」
「はい、もちろん買って来たわよ。怪しい魔女を演じるのも、結構楽しいわね」
袋をテーブルに置くと、女は仮面を外した。美しくも愛らしい少女の顔が現れる。
黒いローブを脱ぐと、貴族の娘らしい外見になった。
「下に何を着てるかわからないのに、しっかり決めてますね~」
感心したようにルビィが言う。
薄桃色の髪には白いリボンを結び、白いドレスには手の込んだレースとフリルが飾られている。裾は靴が見える程度の長さ。
「淑女教育の成果よ。見えないとわかっていても、外出する時はきちんとした服装をしないと落ち着かないの」
エルシーは苦笑した。
「とにかく、早くお茶にしましょう!」
昼寝から目覚めたばかりのルビィは元気一杯だった。
「えぇ、ちょうど新しいお茶を買って来たから―――」
エルシーが買い物の包みを手に取った時、目も眩むような黄金の光が、窓の外から溢れだした。
強い風が建物を震わせる。
「な、何……?」
(やっと来ましたか)
ルビィは召喚の儀式が成功したのを確信した。
「とにかく、外へ出てみましょう」
「大丈夫かしら」
「この気配は邪悪なものではありません。心配はいりませんよ」
ルビィは開いた窓から外へ飛んで行った。
エルシーもドアを開け、表へ出る。
「こっちです」
ルビィの後について、裏庭へ出る。
四本の柱の中央に、一人の男が倒れていた。
魔方陣は跡形もなく消えている。
「誰……?」
エルシーは恐る恐る近づいてみる。
黒い髪の若い男は全身に傷を受け、身にまとった鎧もひび割れ、完全に意識を失っているようだ。
「まだ息があります。でも、放っておけば命は無いでしょう」
エルシーは、彼の傍らに座り、手をかざして祈りを込めた。
優しい白い光が、倒れた男の全身を包み、その傷を塞いでいく。
青ざめた頬に血の気が通い、男はゆっくりと目を開けた。
真夏の海の色を映したような深い青い瞳が、エルシーを見た。
「……?君は…………?」
「私は……」
言いかけて、エルシーは悪戯っぽく微笑んだ。
「『死霊の森の魔女』よ」
「魔女……?」
いぶかしげに呟いた後、再び男は目を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえる。
「これで、目を覚ました時には完全に回復しているでしょう」
「おぉ!倒れた戦士を癒す美少女!王道ストーリーですね!」
「何言ってるの」
エルシーは笑い、立ち上がると周囲を見回した。
「このまま庭に置いておくわけにはいかないわね。家の中に運ばないと」
家に戻ると、掃除用の簡素な服に着替える。
空き部屋を掃除してベッドを整えると、裏庭に戻った。
壊れた鎧を外して、男を背負おうとしたが……。
「……重い」
意識を失った人間は重い。しかも、しっかり筋肉のついた男を担いでいるのだから、あまり力の無いエルシーには重労働だった。仕方なく引きずっていく。
ルビィが声援を送った。
「頑張れー!」
「貴女は見てるだけなの」
「私に手伝えとは言いませんよね?」
「…………」
「王道は楽ではないのです」
よろよろしながらも、エルシーは男を家の中に運び込んだ。
空き部屋のベッドに運んで、ようやく息を吐いた。
「疲れた……」
「お疲れ様です。これならメインヒロインの座も狙えますよ!」
「確かに、そんなお話は多いけど……」
負傷したヒーローを家に運び、世話をするヒロイン。物語によくある場面だが、実際女一人には難しいのではないかとエルシーは思った。
壊れた鎧とわずかな所持品は部屋の隅に纏めて置いておく。
「服は起きてから自分で着替えてもらいましょう。と言っても男物の服は無いわね。古着屋に行って来るわ」
「食料も多めに用意した方がいいですよ。若い男の人はよく食べますからね」
もう一度仮面と黒いローブを身に着けて家を出るエルシーを見送って、ルビィは呟いた。
「さて、攻略対象は用意できました。上手くまとまってくれるといいんですが」
魔道具屋の主人は、小さな鏡を拭いていた。
店の入り口に目を向けると、黒いローブ姿の奇妙な模様の仮面を被った人物がいる。
「これはこれは、今日はどのような道具をお持ちで?」
店主は低姿勢で尋ねた。
低い女の声が答える。
「ふふふ、そうね……。これを持ってきたのだけれど、どうかしら?」
差し出されたのは、光沢のある布。
絹地に金糸と銀糸で大きく鳥の模様が描かれている。その美しい絵を眺め、店主は頷くと口を開いた。
「ふむ、これなら冒険者の方ばかりか貴族の方にも興味を持っていただけるかもしれませんね」
店主は布をたたむと、再び黒ローブの女に問いかけた。
「売り物は他にございますか?」
黒ローブの女は二本の瓶を差し出した。
「確かに、これは聖女の薬に違いありません」
店主は再び品定めをした後、机に貨幣を積み上げた。
聖女の仕事の一つは、回復効果のある薬を作ること。体力や毒、呪いなどを癒し、重病人まで回復させる強力な薬を作るのが、聖女の力であった。
聖女以外にも、薬師や魔術師、僧侶にも薬を造るのが得意な者はいるが、聖女の薬は年月が経過しても劣化せず、炎や湿気の影響で変質することもないので、通常の薬よりも高値で取引されていた。
歴代の聖女が作った薬が遺跡から発見されることもあるので、冒険者の収入源にもなっていた。薬を必要とする機会の多い冒険者は聖女の薬を売り、自分では普通の薬を使うことが多かった。気軽に使えない強力な薬であれば、裕福な冒険者は万一のために常備していることもある。
女と入れ違いに、剣と鎧で武装した冒険者が店を訪れる。
「『死霊の森の魔女』……?」
最近、怪しい黒ローブで仮面に顔を隠した女が珍しい商品を売りにくることがあった。聖女の薬や、特殊な防御効果のある布や衣類など。彼女を町の人々は、「死霊の森の魔女」と呼んでいた。実際に森に棲んでいることを確かめた者はいないが。
黒ローブの女が家に入ると、小さな妖精が飛んできた。
「お帰り~、頼んだお菓子は忘れませんでしたか?」
「はい、もちろん買って来たわよ。怪しい魔女を演じるのも、結構楽しいわね」
袋をテーブルに置くと、女は仮面を外した。美しくも愛らしい少女の顔が現れる。
黒いローブを脱ぐと、貴族の娘らしい外見になった。
「下に何を着てるかわからないのに、しっかり決めてますね~」
感心したようにルビィが言う。
薄桃色の髪には白いリボンを結び、白いドレスには手の込んだレースとフリルが飾られている。裾は靴が見える程度の長さ。
「淑女教育の成果よ。見えないとわかっていても、外出する時はきちんとした服装をしないと落ち着かないの」
エルシーは苦笑した。
「とにかく、早くお茶にしましょう!」
昼寝から目覚めたばかりのルビィは元気一杯だった。
「えぇ、ちょうど新しいお茶を買って来たから―――」
エルシーが買い物の包みを手に取った時、目も眩むような黄金の光が、窓の外から溢れだした。
強い風が建物を震わせる。
「な、何……?」
(やっと来ましたか)
ルビィは召喚の儀式が成功したのを確信した。
「とにかく、外へ出てみましょう」
「大丈夫かしら」
「この気配は邪悪なものではありません。心配はいりませんよ」
ルビィは開いた窓から外へ飛んで行った。
エルシーもドアを開け、表へ出る。
「こっちです」
ルビィの後について、裏庭へ出る。
四本の柱の中央に、一人の男が倒れていた。
魔方陣は跡形もなく消えている。
「誰……?」
エルシーは恐る恐る近づいてみる。
黒い髪の若い男は全身に傷を受け、身にまとった鎧もひび割れ、完全に意識を失っているようだ。
「まだ息があります。でも、放っておけば命は無いでしょう」
エルシーは、彼の傍らに座り、手をかざして祈りを込めた。
優しい白い光が、倒れた男の全身を包み、その傷を塞いでいく。
青ざめた頬に血の気が通い、男はゆっくりと目を開けた。
真夏の海の色を映したような深い青い瞳が、エルシーを見た。
「……?君は…………?」
「私は……」
言いかけて、エルシーは悪戯っぽく微笑んだ。
「『死霊の森の魔女』よ」
「魔女……?」
いぶかしげに呟いた後、再び男は目を閉じた。
穏やかな寝息が聞こえる。
「これで、目を覚ました時には完全に回復しているでしょう」
「おぉ!倒れた戦士を癒す美少女!王道ストーリーですね!」
「何言ってるの」
エルシーは笑い、立ち上がると周囲を見回した。
「このまま庭に置いておくわけにはいかないわね。家の中に運ばないと」
家に戻ると、掃除用の簡素な服に着替える。
空き部屋を掃除してベッドを整えると、裏庭に戻った。
壊れた鎧を外して、男を背負おうとしたが……。
「……重い」
意識を失った人間は重い。しかも、しっかり筋肉のついた男を担いでいるのだから、あまり力の無いエルシーには重労働だった。仕方なく引きずっていく。
ルビィが声援を送った。
「頑張れー!」
「貴女は見てるだけなの」
「私に手伝えとは言いませんよね?」
「…………」
「王道は楽ではないのです」
よろよろしながらも、エルシーは男を家の中に運び込んだ。
空き部屋のベッドに運んで、ようやく息を吐いた。
「疲れた……」
「お疲れ様です。これならメインヒロインの座も狙えますよ!」
「確かに、そんなお話は多いけど……」
負傷したヒーローを家に運び、世話をするヒロイン。物語によくある場面だが、実際女一人には難しいのではないかとエルシーは思った。
壊れた鎧とわずかな所持品は部屋の隅に纏めて置いておく。
「服は起きてから自分で着替えてもらいましょう。と言っても男物の服は無いわね。古着屋に行って来るわ」
「食料も多めに用意した方がいいですよ。若い男の人はよく食べますからね」
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