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第六章 追われた勇者

転移者達

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「元勇者の討伐、完了いたしました」

 大きな城の中、玉座に座る人物の前に、魔将軍と暗黒魔術師はひざまづいた。

「ご苦労」

 短く答えた魔王は、十歳ほどの青い髪の幼い少女。しかし、その態度には周囲を圧する威厳があった。
 彼女は背後に視線を向ける。

「そういうことだ。残念だったな、姉上」
「…………」

 姉と呼ばれたのは、水色の長い髪を頭の両脇で分けた少女。綺麗な顔立ちの中で、虚無を湛えた釣り目気味の黒い瞳が無言のまま魔王に向けられる。
 彼女はこの場に背を向けて歩み去った。

「……さようなら」

 小さく呟く声は、誰にも聞こえない。



 水色髪の少女を見送って、玉座の傍らに現れた少年はあざけるように言う。

「へっ、せいぜいこき使ってやろうと思ったのによ。まぁ、男はいらねぇし俺は別にいいや」

 黒い髪、茶色い目の冴えない容貌の少年。しかし、彼の周りには美しい少女や女性が集まり、うっとりと彼を見つめている。

「もはや、我らに敵う者はおるまい。どうする、未来の婿殿よ」

 玉座に座る幼き魔王は、余裕の笑みで少年に問う。
 少年は手元の輝く剣をもて遊び、ニヤリと笑う。

「じゃ、とりあえず、王女様を救った勇者でも演じてくるかね。おう、元気か、王女様」

 部屋の中に、長い金髪の清楚な美貌の少女が現れた。上品なデザインのドレスをまとい、物腰には気品が溢れている。

「はい、一之かずゆき様のお蔭でわたくしは元気です。これで、お父様も民も安心できます」

 さらりと煌めく金髪を揺らして、王女はかすかに頬を染め、感謝に溢れた表情で一之かずゆきを見つめた。

「よーし!城に乗り込むか!たんまり報酬をふんだくってやる!」

 玉座の間を歩み去る少年の後を、ぞろぞろついていく女達。
 彼らを立ち尽くしたまま、見送る少女がいた。

 短い髪をした健康的な印象の、一之かずゆきと同じくらいの年齢の少女。
 一之かずゆきが振り返り、少女に声を掛けた。

「おい、真紀。来ないのか?」
「……あの人、死んだの?」

 大きさな瞳を一之かずゆきに向けて、真紀と呼ばれた少女は尋ねた。
 いつも快活な笑顔を湛えていた愛らしい顔は、恐怖で強張っていた。

 一之かずゆきは眉をひそめた。

「お前も聞いただろ」

 少女から顔を背け、小さく呟く。
 真紀は彼を睨みつけて叫ぶ。

「何言ってんの!?あんたが殺したようなもんでしょ!?」
「知るかよ。ここじゃ、毎日たくさん人が死んでんじゃないか。今更、一人死人が増えたってどうってことないだろ」

 少々不貞腐ふてくされたように一之かずゆきは言葉を返す。

「ここはこういう世界なんだよ。お前も早く慣れろ」

 そう言い捨てて、少年は歩き出す。

「あんただって、本当は怖いんでしょう!?」

 その言葉が聞こえたのか、聞こえなかったのか、一之かずゆきは返事もせずに立ち去った。

(ここに来てから、あいつはどんどんおかしくなってる)

 一之かずゆきの後ろ姿を見送りながら、真紀は思う。

(全然帰る気も無いみたい。私は、帰りたいのに……)

 真紀はしばらく俯いていたが、やがて、一之かずゆきの後を追いかけるように走っていった。



「ここに来て、あれほど染まらぬ奴も珍しいの」

 幼き魔王は言った。

「後々害になるでしょうか」

 応えたのは、知的な雰囲気の眼鏡をかけた美しい女性。

「いや、あれはあれで面白い。所詮、我らの邪魔をすることはできぬぞ、ローザよ」

 魔王は玉座から立ち上がる。

「婿殿との約束もあるしの」

 悠然と魔王は微笑んだ。
 ローザは沈黙する。

 メイヴィスは部屋を去り、ローザも従ってこの場から退出した。
 松明の燃える音だけが、無人の室内に響く。



 騎士バートランド、勇者をかたった罪により、勇者の称号を剥奪はくだつされ、魔王軍との戦いの最前線へ配置される。
 たった二人の魔王軍幹部により、部隊は全滅。

 その後、本物の勇者がその証である戦神の武器を携え、王女と共に王都に姿を現す。
 魔王討伐と王女救出の朗報に王都の人々は熱狂、年若い救世主を歓迎した。
 近く、彼には正式に勇者の称号が授けられ、やがて王女の婿となるだろうと噂されている…………。
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