27 / 126
第三章 淑女の願い事は砕かれる(過去編)
家出決行
しおりを挟む
夜空には満月に近い月がかかり、静かに地上を照らしていた。
その中を、足音を忍ばせて歩く人影が一つ。
小さな 鞄を持ち、ふわふわした淡い桃色の髪を夜風になびかせ、決然と歩む少女。
こんな夜中に一人で外を歩いた事は無かった。
(家を出たいとは、今まで何度も思ったけど、とうとう本当に実行してしまったわ)
夜道を急ぎ足で歩みつつ目指すのは、近くの修道院。
誤解が解けるどころか、待っていたのは、最悪の結末。
エルシーがブライアンと温室で会っていたという話が公爵の耳に入り、厳しく 詰問されることになった。
幸か不幸か、手紙のことは知られていなかった。
しかし、こうして非難を受けるということは、アイリーンが手紙を読まなかったか、読んでも信じてくれなかったかのどちらかだ。
公爵との不愉快なやりとりは思い出したくもない。
母の辛そうな顔が心に残って、エルシーを痛めつけた。
手紙を渡しても何の意味も無かった以上、自分の行動は愚行以外の何物でもなかった。
苦々しい気持ちで、エルシーは 公爵家を去る決意をした。
修道院へ入れば、ブライアンと結婚するつもりが無いのはわかるだろう。
何よりも、もうあの家にはいたくない。母のため、 男爵家のためと我慢してきたが、こうなればまともに結婚することもできず、家を自分の代で終わらせてしまうことになる。母にとっても、自分のような娘がいない方がよいだろう。
翌朝、早速公爵家から使いがやってきて、家に戻るように要求してきた。
もちろん、自分のためなどではないのはわかっている。公爵家の体面のためだろう。彼らにとっても、このまま修道院に入れておいた方がよいのではないか?
エルシーは無言で聖書を読み続けていた。
ノックの音がして、修道女が「貴女とぜひお話ししたいという方がお見えですよ」と告げた。
仕方なくエルシーは了承したが、暗い気持ちで固い椅子に腰かけて待っていると、よく耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
小さな修道院の部屋に案内された人を見て、エルシーは目を見張った。
「お母様!!」
修道女が出ていくと、母はエルシーをしっかりと抱擁した。
「貴女が悪いのではないことはわかっているわ。あの家では本当のことは何もわかってもらえないのよ。ごめんなさい、貴女を守れなくて」
愛情に 溢れた声に、自然と涙が流れた。
エルシーが落ち着きを取り戻すまで、母は待ってくれていた。
「お母様、どうしてあの方と結婚したのですか?」
父を亡くした後、母に求婚してきた人は他にもいた。
公爵家ほど大きな家でなくても、もっと幸福に暮らせる家はあったはずだ。
母は落ち着いた声でゆっくりと言った。
「貴女を連れて来ていいと言ったのは、公爵様だけだったからですよ」
「…………」
娘がいれば、結婚させるのに金がかかる。持参金の額が少なければ、結婚を申し込む貴公子も少なくなる。
経済的に苦しい家は、娘を養女に出したり、修道院に入れたりして支出を防ぐ。
実の娘でさえそうなのだから、義理の娘など引き取りたくないという貴族がいるのは当然の事だった。
政略結婚の 駒として利用しようとする者はいたかもしれないが、再婚相手に選ぶ気は無かったのだろう。
そのような親が選ぶ結婚の相手は大抵、金持ちの老人である。
「貴女を手放すことができなかったから、公爵家を選んだのだけど、かえって辛い思いをさせてしまったのね」
「いいえ、そういうことなら、これで良かったのよ。一人で他の家に行く方がずっと辛かったわ」
他の家に引き取られても、大事にされる保証はない。そのくらいなら、母と一緒に暮らせただけでも良かったと思う。
しかし、これからどうなるのだろう?
公爵家の人々がエルシーを許すとは思えない。
「貴女が大人になれば、領地に戻って暮らすこともできるでしょうけど……」
それまでの時を、あの家で過ごすのか。
考えただけでも、エルシーはうんざりした。しかし……。
「お母様は、私に戻って欲しい?」
「えぇ、でも無理にとは言わないわ」
エルシーは思案した。
このまま修道女になるとしても、母のことが心残りだ。
修道院に入るのは、いつでもできる。
「帰るわ」
公爵家に戻ったエルシーは、その後部屋に閉じ込められたまま暮らすことになった。
そして、アイリーンとブライアンの 婚約破棄が発表された。
ブライアンは 侯爵家を勘当。辺境の小さな領地に送られた。
その後、ロッドフォード帝国の皇帝コーネリアスとエインズワース公爵家の令嬢アイリーンの婚約が発表される。
その中を、足音を忍ばせて歩く人影が一つ。
小さな 鞄を持ち、ふわふわした淡い桃色の髪を夜風になびかせ、決然と歩む少女。
こんな夜中に一人で外を歩いた事は無かった。
(家を出たいとは、今まで何度も思ったけど、とうとう本当に実行してしまったわ)
夜道を急ぎ足で歩みつつ目指すのは、近くの修道院。
誤解が解けるどころか、待っていたのは、最悪の結末。
エルシーがブライアンと温室で会っていたという話が公爵の耳に入り、厳しく 詰問されることになった。
幸か不幸か、手紙のことは知られていなかった。
しかし、こうして非難を受けるということは、アイリーンが手紙を読まなかったか、読んでも信じてくれなかったかのどちらかだ。
公爵との不愉快なやりとりは思い出したくもない。
母の辛そうな顔が心に残って、エルシーを痛めつけた。
手紙を渡しても何の意味も無かった以上、自分の行動は愚行以外の何物でもなかった。
苦々しい気持ちで、エルシーは 公爵家を去る決意をした。
修道院へ入れば、ブライアンと結婚するつもりが無いのはわかるだろう。
何よりも、もうあの家にはいたくない。母のため、 男爵家のためと我慢してきたが、こうなればまともに結婚することもできず、家を自分の代で終わらせてしまうことになる。母にとっても、自分のような娘がいない方がよいだろう。
翌朝、早速公爵家から使いがやってきて、家に戻るように要求してきた。
もちろん、自分のためなどではないのはわかっている。公爵家の体面のためだろう。彼らにとっても、このまま修道院に入れておいた方がよいのではないか?
エルシーは無言で聖書を読み続けていた。
ノックの音がして、修道女が「貴女とぜひお話ししたいという方がお見えですよ」と告げた。
仕方なくエルシーは了承したが、暗い気持ちで固い椅子に腰かけて待っていると、よく耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
小さな修道院の部屋に案内された人を見て、エルシーは目を見張った。
「お母様!!」
修道女が出ていくと、母はエルシーをしっかりと抱擁した。
「貴女が悪いのではないことはわかっているわ。あの家では本当のことは何もわかってもらえないのよ。ごめんなさい、貴女を守れなくて」
愛情に 溢れた声に、自然と涙が流れた。
エルシーが落ち着きを取り戻すまで、母は待ってくれていた。
「お母様、どうしてあの方と結婚したのですか?」
父を亡くした後、母に求婚してきた人は他にもいた。
公爵家ほど大きな家でなくても、もっと幸福に暮らせる家はあったはずだ。
母は落ち着いた声でゆっくりと言った。
「貴女を連れて来ていいと言ったのは、公爵様だけだったからですよ」
「…………」
娘がいれば、結婚させるのに金がかかる。持参金の額が少なければ、結婚を申し込む貴公子も少なくなる。
経済的に苦しい家は、娘を養女に出したり、修道院に入れたりして支出を防ぐ。
実の娘でさえそうなのだから、義理の娘など引き取りたくないという貴族がいるのは当然の事だった。
政略結婚の 駒として利用しようとする者はいたかもしれないが、再婚相手に選ぶ気は無かったのだろう。
そのような親が選ぶ結婚の相手は大抵、金持ちの老人である。
「貴女を手放すことができなかったから、公爵家を選んだのだけど、かえって辛い思いをさせてしまったのね」
「いいえ、そういうことなら、これで良かったのよ。一人で他の家に行く方がずっと辛かったわ」
他の家に引き取られても、大事にされる保証はない。そのくらいなら、母と一緒に暮らせただけでも良かったと思う。
しかし、これからどうなるのだろう?
公爵家の人々がエルシーを許すとは思えない。
「貴女が大人になれば、領地に戻って暮らすこともできるでしょうけど……」
それまでの時を、あの家で過ごすのか。
考えただけでも、エルシーはうんざりした。しかし……。
「お母様は、私に戻って欲しい?」
「えぇ、でも無理にとは言わないわ」
エルシーは思案した。
このまま修道女になるとしても、母のことが心残りだ。
修道院に入るのは、いつでもできる。
「帰るわ」
公爵家に戻ったエルシーは、その後部屋に閉じ込められたまま暮らすことになった。
そして、アイリーンとブライアンの 婚約破棄が発表された。
ブライアンは 侯爵家を勘当。辺境の小さな領地に送られた。
その後、ロッドフォード帝国の皇帝コーネリアスとエインズワース公爵家の令嬢アイリーンの婚約が発表される。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜
二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。
処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。
口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る…
※表紙はaiartで生成したものを使用しています。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
『愛することはない』と婚約者に言われた私の前に現れた王子様
家紋武範
恋愛
私、エレナ・ドラードには婚約者がいる。しかし、その婚約者に結婚しても愛することはないと言われてしまう。
そんな私の前に隣国の王子様が現れ、求婚して来るのだった。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる