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第二章 聖女様は逃亡中

自分自身に戻る時

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「…………?」

 床に座り込んでいたナナミ。
 気が付くと、茫然ぼうぜんと自分を見つめている男達の姿が目に入った。

(『聖女ナナミ』に戻ったはずなのに、皆どうしてそんなに驚いているの?)

 不思議に思いつつ、立ち上がろうとしたナナミの目に、ふんわりと薄桃色が映った。

(え?)

 ……波打つ薄桃色の長い髪。腰の辺りまで伸びている。「ナナミ」は、真っすぐな黒い髪をしていたはずだ。長さも肩に掛かる程度である。

 鏡をのぞき込むと、映ったのは、「聖女ナナミ」とは似ても似つかない少女の姿。
 澄んだすみれ色の瞳。端麗たんれいでありながら愛嬌あいきょうのある優しい顔立ち。美しい少女だった。

(……誰?)

 見覚えのない顔に、ナナミは困惑する。

「違った……」

 がっくりと膝をついて、アルフレッドが嘆く。

「もうここしかないというのに…………」
(本気で心配してくれているの?)

 ナナミは驚いた。
 他の仲間達……パーシヴァル、レジナルド、チェスターも辛そうな顔をしている。
 もう皆には嫌われているのかもしれないと思っていた。

 でも、そうでないのなら……

「あの……」
「そうだ!あのナナミがこんな所にいるはずがない!」

 突然顔を上げて、アルフレッドが叫ぶ。

「確かに、あの方なら今頃、山で修行でもしているかも知れませんね」

 大司教も同意する。

(え?)

 意外な発言に、ナナミは戸惑った。

「今頃野性に帰ってるかもしれまへんで」

 レジナルドが愉快ゆかいそうに笑う。

「それは大変だ。早く連れ戻さねば」

 チェスターも微笑する。

(私って、そんな人間だと思われてたの?)
「聖女様って、ずいぶん変わった方ですのね……」

 ナナミは引きつった笑みを浮かべ、探るように尋ねた。

「確かに変な女だな」

 チェスターが真顔で答える。

「聖女に対してそれは失礼でしょう。少々……個性的と申しますか……」

 否定しつつも、言葉の選び方に苦労すると言った様子でパーシヴァルが答える。

「個性的ちゅうか野性的ちゅうか」

 レジナルドが考えつつ言う。

「そこが彼女の良い所だ!」

 こぶしを握って力説するアルフレッド。
 ナナミはますます困惑した。

(全く身に覚えがないんだけど……)
(そうでしょうね)
(前は皆まともな淑女しゅくじょとして扱ってくれてたのよ……一体誰の話をしているの?)
(記憶が混乱しているようですね)

 ルビィが答える。

(混乱……?)

 首を傾げるナナミ。
 彼女とは全く違う聖女の話をする「聖女の盾」。
 彼ら自身も、ナナミの知っている「聖女の盾」とは別人に思える。

びというものを知らない自然体の姿!あらゆる困難を打ち砕く猛獣のような突破力!あれこそが理想の聖女だ!」

 アルフレッドが瞳を輝かせて王子様らしいキラキラした笑顔を振りまく。
 他の男達は、「一緒にされたくない」とばかりに距離を置いている。

 ナナミは茫然ぼうぜんとした。
 自分と恋をした王太子はまともな「王子様」だったはずなのだが…………。
 「淑女しゅくじょらしい装いの貴女も見てみたい」と言ったアルフレッドは、今の彼とはまるで別人だ。

(何故こんな人になってるの)
(その辺の選択もリセットされてますね。主人公の選択によって攻略対象も変化しますから。きっと前の聖女様の影響でしょう)
(一体どんな人だったのかしら)

 ナナミは一度会ってみたいと思った。



 大司教は咳ばらいをした。

「どうやら、我々の思い違いであったようで、申し訳ありません。我々はこれで失礼することにいたしましょう」

 レジナルドは困惑したように、薬の山を眺めていた。

「あー、どないしよか、この薬。張り切って作り過ぎたで」
「それは、迷惑料として置いておこう。無礼な振舞いをおびする」

 軽く頭を下げ、アルフレッドは戸口に向かう。
 宮廷魔術師がみ手をしながら王太子に近づいた。

「それはさておき、殿下。薬の代金よろしゅう頼んます」
「…………後でな」

 苦い顔でつぶやくアルフレッド。聖女は見つからない。大赤字になる。踏んだりったりだ。
 王太子達は皆家を出て行った。

 荒らされた家の中には、聖女と小妖精と大量の変身解除薬。



 ……いや、まだ元盗賊が残っていた。
 彼は、複雑な表情でナナミを見ていた。

(もしかして、私のことを知っているの?)

 聖女ナナミではなく、この「本来の姿」の方を。

(彼は情報通です。直接の知り合いでなくても、何か知っているのかもしれません)

「忠告しておくが」

 チェスターが真剣な表情で口を開いた。

「今後もできるだけ人前に顔を出さない方がいい」

 そう言い残して、ひらりと窓の外へと身をひるがした。
 彼を見送って、ナナミは呆れたように呟く。

「玄関開いてるんだから、普通に出て行けばいいのに」
「あの人いつも窓から出入りしてましたね」

 ルビィが笑う。
 本人のこだわりであろうか。



(それにしても……)

 人前に顔を出すなとは、どういうことだろうか?
 ナナミは鏡をのぞき込む。

 ふんわりした薄桃色の髪と青紫の瞳の愛らしい美少女。
 以前の自分なら、こんな姿になりたいと思うだろう。

 なぜ、過去の自分はこの姿を捨てたのだろう?
 考え込むエルシーに、ルビィが提案する。

「まず、家の中を片付けましょう」
「……そうね」

 ナナミはうんざりした気持ちで、室内を見回す。
 家中がひっくり返ったかのように、荒れていた。

 掃除用具達が既に片づけを開始していたが、自分でもやらなければ当分終わりそうもない。



 結局その日は片付けで終わってしまった。
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