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第一章 逆ハーは終了しました

嵐の訪れ

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 青い、青い空。
 白い雲が漂い、緑の草木が光り輝く。

 清らかな川が流れ、白や赤や青やピンク、黄色など、様々な色合いの花びらが風に舞う。

 楽園のような美しい土地。
 天空高く、その島は浮かんでいた。

 その中心に立つのは、一人の美しい女性。
 古風な白い衣をまとい、桜色の長い髪に白い小さな花を散らして、青空のような澄んだ瞳は真っすぐにこちらを見ていた。

 優しい顔は不安に満ち、震える声で訴えるように語る。



 ―――逃げて―――



 何から?それとも、誰から?
 疑問を抱いても、答える言葉は無く、彼女はただひたむきに訴えてくる。



 ―――お願い、逃げて―――



 風がざわめく。花びらを巻き上げて、目の前の光景を覆い隠す。
 そうして、再び聖女は眠りに落ちた。



 その日の朝、ナナミは雑用を片付け、部屋でくつろいでいた。
 存分に平和な一時を楽しむ。
 机の上では、王太子アルフレッドからの贈り物の花が白い花瓶の上で華やかな色彩を見せていた。

 世界の危機は回避され、激務に追われることもなくなった。
 ナナミは聖女の仕事をこなしつつ、訪問客をもてなし、恋人となった王太子との逢瀬を楽しみ、十分に幸福を満喫していた。

 今日もアルフレッドは、忙しい政務の合間を縫ってナナミに会いに来てくれることになっていた。

 身だしなみを整えるため、鏡をのぞき込む。
 鏡の中から、肩までの真っすぐな黒い髪、黒い瞳の少女がこちらを見ている。着ている服は、簡素な白い衣。
 丸い大きな目とやや幼い顔立ちには愛嬌があるが、美人という程ではない。地味な容姿のヒロインだった。
 密かに、もっと美人だったらと思うこともあるが、これが今の自分の姿である。すっかり鏡の中の自分にも慣れた。
 聖女の力を引き継いだ時に記憶を失ったため、戸惑いもしたが、サポート役の小妖精ルビィの手助けで聖女の役割をこなし、この生活にもすっかり慣れた。
 「ナナミ」はこの上なく幸せだった。



 最初に訪れたのは、「聖女の盾」の一人、エイヴァリー伯爵セドリックだった。
 国王の甥に当たり、宮廷貴族らしい気品を持つ、宮廷中の女性達の憧れの的である容姿端麗な貴公子であった。
 金褐色の髪と青い瞳、思わず聞き惚れるような美しい声の持ち主である。

「失礼するよ。ナナミ、ご機嫌如何かな」
「いつも通り、元気です。セドリック様は相変わらずお忙しいのですか?」
「あぁ、昨夜も遅くまで夜会があったからね。心配はいらないよ、一人で帰ったから」

 セドリックは優雅な微笑みを浮かべる。かつては宮廷一のプレイボーイとして名をせた彼だった。
 聖女と出会ってから、恋の噂も声を潜めていたが……。
 メイドがお茶とセドリックの好みの菓子、洋酒に漬けた果物をたっぷり入れたフルーツケーキを並べて部屋を出ていく。

「実は……君に話があってね」
「何でしょうか?」

 普段は饒舌じょうぜつな彼が、いつになく歯切れの悪い口調で話すのをナナミは不思議に思った。好物のケーキにも手を付けない。

(どうしたのかしら)

 今回、ナナミはセドリックを「攻略」していない。
 ルビィの説明によると、王太子のルートに入れば、他のキャラとのエンディングの可能性は無くなる。
 間違っても逆ハーレムにはならない……はずなのだが。

 ナナミがヒロインになったのは、ゲーム前半のまだ個人イベントもあまり起きていない時期だった。
 前の聖女はゲーム知識の無い転移者であり、イベント進行も遅れ気味だった。その上、聖女捜索のための空白期間があり、時間の余裕も無くなりつつあった。ルビィがサポート役についたのは、二代目聖女のための女神の特別の計らいだったという。

 ナナミは彼女からこの世界の知識を教わりながら、ハッピーエンドを目指して聖女の役目をこなしていった。
 急がなければ、ハッピーエンドが迎えられない。
 だから、余計なイベントが発生しないように、王太子以外のキャラとは必要最低限しか関わらないようにしていた。

 その割には、皆やけに好意的だった気がする……ナナミはこれまでのことを思い返してみた。
 ルビィの説明によると、専用ルートでなければ聞けないような会話が出てきたり、イベントそのままのデートのお誘いが出てきたりしていたという。全て即座に断った。
 だが、何の効果も無かった。皆、一向に好感度が下がった様子はなかった。

 乙女ゲームを舞台にした小説では、狙ってないのに逆ハーになることがあるとルビィが言ってはいた。だが、今更告白されることははないだろうとナナミは考えた。

 既にアルフレッドとは公認の仲である。婚約発表も間近だと噂されていた。
 正式な求婚はまだ受けていないが、それとなく匂わせるような言葉は度々聞いていた。

 セドリックに目を向ける。
 ばつの悪そうな顔をしているが、深刻に思い悩んだり、ときめきを抑えている……といった感じではない。

(案外、好きな人ができた! とか言われるのかもしれないわね)

「ナナミには申し訳ないけどね…………」

 セドリックが珍しく真剣な顔で語り始めた。

「私のナナミへの感情は、恋ではないのだと気づいたんだ」
「…………え?」

 予想外の答えにナナミは当惑した。

「ナナミこそ、待ち続けていた人だと思ったのだけどね……。どうやら、私はまだ運命の人に出会っていないようだ」
「…………」

 しているうちに、セドリックは挨拶をして、部屋から出て行った。

(何?今の)

 考えを整理する余裕も無く、侍女が次の来訪者の存在を告げた。

「ナナミ様。大司教パーシヴァル様がお見えです」
「あ、はい」

 『聖女の盾』の一人、堅物の大司教パーシヴァルは、眉間にしわを寄せ、端正な顔を向けて重い口を開く。

「聖女様。ぜひお話ししたいことが……」



 大司教が退出すると、アウトロー的雰囲気の美男子が、いつものように窓から現れた。
 元盗賊団首領のチェスターは、いつになく深刻な表情を浮かべていた。

「話したいことがある。時間があるか?」

 チェスターが窓から去っていた後は、一見軽いが本当は照れ屋の美少年、宮廷魔術師レジナルド。

「子猫ちゃん元気ぃ~?え?似合わない?……まぁ、わかっとりますわ。えー、言いにくいんやけどな……」



 四人目の来訪者を見送って、ナナミは茫然とソファに座り込んだまま、状況把握に苦心していた。
 四人の来訪者……『聖女の盾』の四人が、次々を訪れて話した事。

 伯爵「運命の人ではなかったようだ」
 大司教「聖女への信仰を愛と取り違えていました」
 盗賊団首領「俺には勿体ない女だから」
 宮廷魔術師「やっぱり友達でいるのが一番やから」



「これがあの、悪名高い逆ハー詐欺!!!」

 紅玉のような赤い髪の小さな妖精ルビィが姿を現した。
 彼女は常にヒロインの身辺にいて、ゲーム進行を見守っていた。

 このゲームは「全年齢健全ゲー」なので、聖女と男性を密室で二人きりにするわけにはいかないということだ。
 ナナミもそれは同感であり(ゲームだからではなく、年頃の淑女として)、攻略対象も承知の上だ。
 「万が一不祥事でも起こそうとしたら、光の速さで情報拡散します」とルビィは言う。

 当初は落ち着かない気がしたが、気配を消すことの上手い妖精族のことである。今ではすっかり慣れて気にならなくなっていた。

「それで何なの?逆ハー詐欺って」

 ナナミは驚いて尋ねた。
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