上 下
2 / 126
序章 聖なる乙女は夢を紡ぎたい

聖なる乙女は夢を紡ぎたい

しおりを挟む
 細い道の上を重い足取りで歩く一人の少女がいた。

 美しい顔立ちには疲労の色が濃く現れていた。
 腰の辺りまで伸びた薄桃色の波打つ髪には、飾り一つも無く、身にまとった灰色のドレスは所々ほつれて修繕した後がある。
 愛らしい顔に似合わないこわばった表情を浮かべ、すみれ色の瞳は暗く沈んでいた。

 やがて、歩き疲れたのか、少女は重さに耐えかねたように鞄を下し、大きな石の上に腰かけた。



 光の粉が空を舞い、大きく見開いた青紫の瞳に、空を飛ぶ小さな生物が映る。
 紅玉のような色合いの癖の無い長い髪、初夏の森にも似た鮮やかな緑の瞳。10歳ぐらいの少女の姿をした小さな可愛い妖精だった
 小さな耳は先端が尖っていて、背中には半透明の羽が4枚生えている。

 その羽を羽ばたかせて小妖精は、薄桃色の髪の少女の前に飛んできた。
 初めて妖精を見たのだろう、好奇心に満ちた表情の少女に、小妖精は陽気に語り掛けた。

「聖女やりませんか~?」
「えっ?」

 予想外の言葉に戸惑う少女。

「聖女様が現れたというお話は聞いたけど…………」



 小妖精は説明した。

 今、この世界に危機が迫っている。
 世界を救う聖女となるため、一人の少女が異世界から呼び出された。しかし、その彼女が突然姿を消した。
 このまま聖女の不在が続けば、世界が滅びてしまう。

 今、この場にいる少女……彼女の存在が救世主の務めを引き継ぐために必要である。

「私にはそんな力は無いわ」
「大丈夫、女神様のお力で引継ぎができます。ただし、これまでの記憶は失われます。姿も消えた救世主のものに変わってしまいます」
「…………」

 少女は薄桃色の髪を冷たい春先の風になびかせ、じっと妖精の話に耳を傾けていた。

「辛い記憶を捨て、違う人間になってやり直したいとは思いませんか?」
「やり直すの? ……今の自分を全部捨てて」

 重い口調で少女は口を開く。
 妖精は懸命に語り掛ける。

「貴女には世界を救うという重い使命が与えられます。そのため、多くの人が貴女を守り、支えるでしょう」
「!…………」
「素敵な殿方との出会いにも恵まれます。貴女が想う殿方と結ばれて幸福になるよう、私が協力しましょう」

 少女は俯き、じっと考え込んでいる様子だった。
 妖精は彼女を見守りながら打ち明ける。

「本来私はゲームには登場しないのですが、転生者でも転移者でもなく、途中参加の貴女のために特別にサポート役をすることになりました。時間に余裕が無いので、急いで攻略してもらうことになりますが、私からヒントを出して手助けをします。元々難易度は高くないので、それでハッピーエンドは確実でしょう」

 少女は聞き慣れない単語に不思議そうな顔をする。

「貴女のお話はよくわからないのだけど……。聖女になって世界を救う仕事をすればいいのね」
「周りの困っている人達を少しずつ救っていけばいいのです。そうやって地道にお仕事を続けていけば、世界を救う程の強い力を手に入れることができるでしょう。そうなれば、貴女も幸せになり、私の評価も上がって女神になる野望にまた一歩近づくというものです」

 妖精は胸を反らして得意げに語る。
 少女はくすりと愛くるしい笑みを浮かべた。

「いいわ。もう私には未来が無いのですもの。私に救世主が務まるのかわからないけど、やってみましょう」
「では、これから貴女は聖女『ナナミ』です」
「変わった名前ね」
「一度名前入力したら変更できないシステムですから」
「?」

 不思議そうな顔をする少女に妖精は言った。

「これから色々説明していきます。では近くの教会を目指しましょうか。皆聖女の帰りを待っていますよ」

 少女は鞄を持ち上げると、薄桃色の髪をなびかせて再び歩き出す。
 紅玉色の髪の小さな妖精は彼女を導くように前を飛んでいくのであった。




 乙女ゲーム『聖なる乙女は夢を紡ぐ』

 異世界から召喚されたヒロインは、世界を救う聖女となる。
 聖女を守る五人のイケメン達は『聖女の盾』と呼ばれ、聖女と共に世界を救う任務につく。
 彼らのうち一人が聖女と相愛の仲になれば、災いを完全に排除し、世界を平和に導くことができるのだ。

 そして、新しい聖女は小妖精と共に世界を救った。


 使命を果たす過程で、この国の世継ぎの王子と相思相愛になった彼女は、王妃として救世主に相応しい幸福を手に入れるだろうと、誰もが思った。

 ごくありふれた御伽噺おとぎばなし。王道の中の王道の物語。



 ―――――――――――――ここで終わっていたのなら。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜

二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。 処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。 口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る… ※表紙はaiartで生成したものを使用しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

きのまま錬金!1から錬金術士めざします!

ワイムムワイ
ファンタジー
 森の中。瀕死の状態で転生し目覚めた男は、両親を亡くし親戚もいない少女に命を救われた。そして、今度はその少女を助けるために男が立ち上がる。  これはそんな話。 ※[小説家になろう]で書いてた物をこちらにも投稿してみました。現在、[小説家になろう]と同時に投稿をしています。いいなと思われたら、お気に入り等してくれると嬉しくなるので良ければお願いします~。 ※※2021/2/01 頑張って表紙を作ったので追加しました!それに伴いタイトルの【生活】部分無くしました。           STATUS  項目 / 低☆☆☆☆☆<★★★★★高  日常系 /★★★☆☆ |コメディ /★★☆☆☆   戦闘  /★★☆☆☆ |ハーレム /★★☆☆☆ ほっこり /★★☆☆☆ | えぐみ /★★☆☆☆  しぶみ /★★☆☆☆   世界設定 /有or無  魔力 /有 | 使い魔/有  魔法 /無 | 亜人 /有  魔道具/有 | 魔獣 /有  機械 /無 |ドラゴン/有  戦争 /有 | 勇者 /無  宇宙人/無 | 魔王 /無  主人公設定  異世界転生 | 弱い  なぜかモテる | 人の話が聞けます ※これはあくまでも10/23の時のつもりであり、途中で話が変わる事や読んでみたら話が違うじゃないか!等もありえるので参考程度に。  この話の中では、錬金術師ではなく錬金術士という事にして話を進めています。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

処理中です...