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序章 聖なる乙女は夢を紡ぎたい
聖なる乙女は夢を紡ぎたい
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細い道の上を重い足取りで歩く一人の少女がいた。
美しい顔立ちには疲労の色が濃く現れていた。
腰の辺りまで伸びた薄桃色の波打つ髪には、飾り一つも無く、身にまとった灰色のドレスは所々ほつれて修繕した後がある。
愛らしい顔に似合わないこわばった表情を浮かべ、すみれ色の瞳は暗く沈んでいた。
やがて、歩き疲れたのか、少女は重さに耐えかねたように鞄を下し、大きな石の上に腰かけた。
光の粉が空を舞い、大きく見開いた青紫の瞳に、空を飛ぶ小さな生物が映る。
紅玉のような色合いの癖の無い長い髪、初夏の森にも似た鮮やかな緑の瞳。10歳ぐらいの少女の姿をした小さな可愛い妖精だった
小さな耳は先端が尖っていて、背中には半透明の羽が4枚生えている。
その羽を羽ばたかせて小妖精は、薄桃色の髪の少女の前に飛んできた。
初めて妖精を見たのだろう、好奇心に満ちた表情の少女に、小妖精は陽気に語り掛けた。
「聖女やりませんか~?」
「えっ?」
予想外の言葉に戸惑う少女。
「聖女様が現れたというお話は聞いたけど…………」
小妖精は説明した。
今、この世界に危機が迫っている。
世界を救う聖女となるため、一人の少女が異世界から呼び出された。しかし、その彼女が突然姿を消した。
このまま聖女の不在が続けば、世界が滅びてしまう。
今、この場にいる少女……彼女の存在が救世主の務めを引き継ぐために必要である。
「私にはそんな力は無いわ」
「大丈夫、女神様のお力で引継ぎができます。ただし、これまでの記憶は失われます。姿も消えた救世主のものに変わってしまいます」
「…………」
少女は薄桃色の髪を冷たい春先の風になびかせ、じっと妖精の話に耳を傾けていた。
「辛い記憶を捨て、違う人間になってやり直したいとは思いませんか?」
「やり直すの? ……今の自分を全部捨てて」
重い口調で少女は口を開く。
妖精は懸命に語り掛ける。
「貴女には世界を救うという重い使命が与えられます。そのため、多くの人が貴女を守り、支えるでしょう」
「!…………」
「素敵な殿方との出会いにも恵まれます。貴女が想う殿方と結ばれて幸福になるよう、私が協力しましょう」
少女は俯き、じっと考え込んでいる様子だった。
妖精は彼女を見守りながら打ち明ける。
「本来私はゲームには登場しないのですが、転生者でも転移者でもなく、途中参加の貴女のために特別にサポート役をすることになりました。時間に余裕が無いので、急いで攻略してもらうことになりますが、私からヒントを出して手助けをします。元々難易度は高くないので、それでハッピーエンドは確実でしょう」
少女は聞き慣れない単語に不思議そうな顔をする。
「貴女のお話はよくわからないのだけど……。聖女になって世界を救う仕事をすればいいのね」
「周りの困っている人達を少しずつ救っていけばいいのです。そうやって地道にお仕事を続けていけば、世界を救う程の強い力を手に入れることができるでしょう。そうなれば、貴女も幸せになり、私の評価も上がって女神になる野望にまた一歩近づくというものです」
妖精は胸を反らして得意げに語る。
少女はくすりと愛くるしい笑みを浮かべた。
「いいわ。もう私には未来が無いのですもの。私に救世主が務まるのかわからないけど、やってみましょう」
「では、これから貴女は聖女『ナナミ』です」
「変わった名前ね」
「一度名前入力したら変更できないシステムですから」
「?」
不思議そうな顔をする少女に妖精は言った。
「これから色々説明していきます。では近くの教会を目指しましょうか。皆聖女の帰りを待っていますよ」
少女は鞄を持ち上げると、薄桃色の髪をなびかせて再び歩き出す。
紅玉色の髪の小さな妖精は彼女を導くように前を飛んでいくのであった。
乙女ゲーム『聖なる乙女は夢を紡ぐ』
異世界から召喚されたヒロインは、世界を救う聖女となる。
聖女を守る五人のイケメン達は『聖女の盾』と呼ばれ、聖女と共に世界を救う任務につく。
彼らのうち一人が聖女と相愛の仲になれば、災いを完全に排除し、世界を平和に導くことができるのだ。
そして、新しい聖女は小妖精と共に世界を救った。
使命を果たす過程で、この国の世継ぎの王子と相思相愛になった彼女は、王妃として救世主に相応しい幸福を手に入れるだろうと、誰もが思った。
ごくありふれた御伽噺。王道の中の王道の物語。
―――――――――――――ここで終わっていたのなら。
美しい顔立ちには疲労の色が濃く現れていた。
腰の辺りまで伸びた薄桃色の波打つ髪には、飾り一つも無く、身にまとった灰色のドレスは所々ほつれて修繕した後がある。
愛らしい顔に似合わないこわばった表情を浮かべ、すみれ色の瞳は暗く沈んでいた。
やがて、歩き疲れたのか、少女は重さに耐えかねたように鞄を下し、大きな石の上に腰かけた。
光の粉が空を舞い、大きく見開いた青紫の瞳に、空を飛ぶ小さな生物が映る。
紅玉のような色合いの癖の無い長い髪、初夏の森にも似た鮮やかな緑の瞳。10歳ぐらいの少女の姿をした小さな可愛い妖精だった
小さな耳は先端が尖っていて、背中には半透明の羽が4枚生えている。
その羽を羽ばたかせて小妖精は、薄桃色の髪の少女の前に飛んできた。
初めて妖精を見たのだろう、好奇心に満ちた表情の少女に、小妖精は陽気に語り掛けた。
「聖女やりませんか~?」
「えっ?」
予想外の言葉に戸惑う少女。
「聖女様が現れたというお話は聞いたけど…………」
小妖精は説明した。
今、この世界に危機が迫っている。
世界を救う聖女となるため、一人の少女が異世界から呼び出された。しかし、その彼女が突然姿を消した。
このまま聖女の不在が続けば、世界が滅びてしまう。
今、この場にいる少女……彼女の存在が救世主の務めを引き継ぐために必要である。
「私にはそんな力は無いわ」
「大丈夫、女神様のお力で引継ぎができます。ただし、これまでの記憶は失われます。姿も消えた救世主のものに変わってしまいます」
「…………」
少女は薄桃色の髪を冷たい春先の風になびかせ、じっと妖精の話に耳を傾けていた。
「辛い記憶を捨て、違う人間になってやり直したいとは思いませんか?」
「やり直すの? ……今の自分を全部捨てて」
重い口調で少女は口を開く。
妖精は懸命に語り掛ける。
「貴女には世界を救うという重い使命が与えられます。そのため、多くの人が貴女を守り、支えるでしょう」
「!…………」
「素敵な殿方との出会いにも恵まれます。貴女が想う殿方と結ばれて幸福になるよう、私が協力しましょう」
少女は俯き、じっと考え込んでいる様子だった。
妖精は彼女を見守りながら打ち明ける。
「本来私はゲームには登場しないのですが、転生者でも転移者でもなく、途中参加の貴女のために特別にサポート役をすることになりました。時間に余裕が無いので、急いで攻略してもらうことになりますが、私からヒントを出して手助けをします。元々難易度は高くないので、それでハッピーエンドは確実でしょう」
少女は聞き慣れない単語に不思議そうな顔をする。
「貴女のお話はよくわからないのだけど……。聖女になって世界を救う仕事をすればいいのね」
「周りの困っている人達を少しずつ救っていけばいいのです。そうやって地道にお仕事を続けていけば、世界を救う程の強い力を手に入れることができるでしょう。そうなれば、貴女も幸せになり、私の評価も上がって女神になる野望にまた一歩近づくというものです」
妖精は胸を反らして得意げに語る。
少女はくすりと愛くるしい笑みを浮かべた。
「いいわ。もう私には未来が無いのですもの。私に救世主が務まるのかわからないけど、やってみましょう」
「では、これから貴女は聖女『ナナミ』です」
「変わった名前ね」
「一度名前入力したら変更できないシステムですから」
「?」
不思議そうな顔をする少女に妖精は言った。
「これから色々説明していきます。では近くの教会を目指しましょうか。皆聖女の帰りを待っていますよ」
少女は鞄を持ち上げると、薄桃色の髪をなびかせて再び歩き出す。
紅玉色の髪の小さな妖精は彼女を導くように前を飛んでいくのであった。
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彼らのうち一人が聖女と相愛の仲になれば、災いを完全に排除し、世界を平和に導くことができるのだ。
そして、新しい聖女は小妖精と共に世界を救った。
使命を果たす過程で、この国の世継ぎの王子と相思相愛になった彼女は、王妃として救世主に相応しい幸福を手に入れるだろうと、誰もが思った。
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―――――――――――――ここで終わっていたのなら。
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