英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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57.自分本位にもほどがある

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「そんなにすぐ逃げることないじゃん。ちょっとフィルとの話を聞いてみたいだけだって」
「人を騙して呼び出すような人と話すことはありませんが」
「だって、こうでもしないと会わせてくれないんだもん、仕方がないじゃん」

 ぷくりと頬を膨らませる彼女を見て、ユーリは心の中で嘆息した。以前、チヤ王女との茶会の席に乱入したときにも思った。空気を読まないし、他人の都合も考えない、まるで子どものような傍若無人っぷりだと。そして、絶対にお近づきになりたくないタイプだと。

「それでは、イングリッド様はたとえば……そう、見知らぬ興味深い文献を見せてあげると言われて誘われて、行ってみればそんなものはどこにもなかったと知ったらどうされますか? その後にその誘い相手と楽しくお喋りできますか?」

 話に聞いていたイングリッドの情報を組み合わせて、具体例を挙げて尋ねてみる。

「え? 相手を氷漬けにするか灰にするか肉塊にするかして、とっとと帰るに決まってるじゃん。――――でも、アンタはそんなことできないでしょ?」

 成程、相手を不快にさせることはちゃんと理解しているのか。少女のような外見を裏切るような性格の悪さを知れば、ユーリの行動はもう決まっていた。

(あいにくと、腹芸しながらお喋りできるほど賢くないのよね)

 それならば無視一択だ。相手を怒らせることは分かっているけれど、話せば話すほどユーリの方が不快になるのは明らかだったし、こんな強引な手を使ってくるイングリッドに一欠片も情報を渡してなるものか、という意地もあった。
 ユーリはドアノブをガチャガチャと回してみたり、ドンドンと叩いてみる。一向に開く気配もなければ、誰かが来るようすもない。

「ねー、無駄だよ?」

 イングリッドの声を無視して、今度は窓に近寄る。残念ながら窓もドアと同じように開けることはできなかった。ガラスを割れるだろうかと、軽くコンコンと叩いてみる。素手では無理だが、イスを叩きつけてみたらどうだろう、と考える。

「ねぇ、ちょっとアンタ聞いてる? 無駄だって言ってんじゃん!」

 無視を貫き通し、イスの背もたれを掴む。かなり重かったが持ち上げることはできた。何とか頭の上に持ち上げたユーリを見て「何? それでやる気?」と身構えるイングリッドをちらりとも見ずに、イスの重さを利用して窓に叩きつける。

「っ!」

 ガギィン、と窓としてはあり得ない音がしてイスが跳ね飛ばされた。衝撃に尻餅をついたユーリの隣に、イングリッドがやってくる。

「あたしが窓も対策してないとでも思ってんの? 番ちゃん……ユーリちゃんだっけ? アンタ、バカなの?」

 侮蔑の言葉に返事もせず、ユーリは起き上がってスカートを軽くはたく。しゃらり、と微かに金属の擦れ合う音がして、自分の足首に付けたままのアンクレットの存在を思い出した。

(障壁と反射、追尾って言ってたよね)

 攻撃を『反射』して相手を『追尾』する『障壁』とフィルから説明されたが、ユーリはそれを鵜呑みしたわけではない。『追尾』は絶対に違う意味だと思っている。

(絶対GPS的な意味だよね。信じていいよね……!)

 この場合、信じるものはフィルの言葉ではなく、GPSを相手に付けることを拒否されるのではないか、というフィルの常識的な心配の方である。
 立ち上がったユーリはスカートを軽く手で払い、イスを元に戻した。

「はァ、ようやく話す気になったってわ、け……?」

 ユーリは部屋に備え付けの棚や引き出しを漁り始めた。衝撃がだめなら、火をおこすものでもないかと思ったのだ。魔術が使えれば、ささっと火を点けられるかもしれないが、魔術でなくとも火を点ける道具がないかと思ったのだ。この世界にマッチやライターがあるとは思わないが、それでもただ助けを待つよりはいい。
 少なくとも目の前で喚く相手と話をするよりは、ずっと建設的だった。

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