54 / 67
54.湖面を歩きながら
しおりを挟む
わざと寿命が延びることを伝えなかった。そう自らの罪を告白したフィルは、今にも自決しそうなほど思い詰めた顔をしていた。
てっきりいつものうっかりだと思い込んでいたユーリは、混乱しつつも口を開く。
「理由を、聞いてもいいですか?」
「少しでも、逃げられる要素を減らしたかったんだ。俺は女心にも疎いし、戦うことしかしてこなかったから、ユーリに好かれる要素なんて、全然ない。だから、卑怯な手を使った」
正直にそのときの感情をそのまま伝えるフィルに対し、ユーリが思ったことはたった一つだ。仕方のない人ね、と。
フィルは考えもしないのだろうが、こうやって自らの過ちを素直に打ち明けられる人がどれほどいるのだろう。今回だって、うっかりで誤魔化そうと思えばできたはずだ。だからこそ、この正直な彼を嫌いになんてなれない。
「驚きましたけど、怒ってはいませんよ」
「本当にか!?」
一瞬前までの悲壮な顔つきはどこへ行ったのか、一転して顔を輝かせたフィルに、ユーリは苦笑する。
「誰にだって、そういう『少しでも……』っていう思いはありますから。でも、フィルさん?」
「なんだ?」
「そもそもフィルさんは、私のことを番だからって、贔屓目で見過ぎているし、自分を低く評価し過ぎているんだと思いますよ? 私だってつまらない女なんですから」
そんなことはない、と即座に否定するフィルに、ユーリはこの世界へやってくる直前の話をした。王妃とクレットには話したが、フィルには話していなかったのだ。数年付き合っていた恋人に振られたこと、家庭的な女の方がと言われて自棄になって散財したことを話すと、フィルは「やっぱりユーリはすごいな」と褒め言葉を口にした。
「その、番だからって全肯定するのはやめてください」
「いや、違うぞ? 自分のことを一方的に切った相手に対して、普通は恨む気持ちの方が強いだろう? だが、ユーリはそんな相手からの指摘を切り捨てずに、しっかり受け止めて自分の技術を向上させようという心意気を持っている。それはすごいことなんじゃないか?」
ユーリ自身が単なる逆ギレだったと認めているのに、好意的に受け止められてしまって、ユーリはがっくりと肩を落とした。
(番のフィルターって怖い! あばたもえくぼどころじゃないじゃない)
少しは幻滅してくれたっていいだろうに、下がるどころかまた上がってしまった評価は天井知らずだ。
「私、自分は百年も生きないと思ってたんですよ。それが千年とか言われたら、きっとその間に性格もねじくれてしまうかもしれません」
「俺は一向に構わない。むしろユーリの性格が悪くなってしまえば、ユーリに惹かれる人も少なくなるだろうから、俺としては独占しやすくなって助かるな」
「性格がねじくれてもですか?」
「あぁ。何度も言うように、俺の唯一なんだ。ユーリがいるから、万が一にも傷つけたりしないよう、俺はもっと慎重に物事を運ばなきゃいけないと思うし、ユーリを守るためにもっと多角的な物事の見方を覚えないといけないと思う。俺の中の全ての発端がユーリなんだ」
とんでもなく重苦しく、とんでもなく直球な愛の言葉に、ユーリの頬がじわじわと熱を帯びていく。
「本当に不思議なもので、ユーリが傍にいるだけで、戦うことばかりを考えていた俺の心に安らぎができたし、ユーリと共に生きたいと思うだけで、色々なことが苦じゃなくなった。――――こんなことを言うと、また相手の気持ちを慮れないと怒られそうだが、ユーリがこの世界に来てくれて、本当に良かったと思っている」
「フィルさん……」
確かにその言葉は無神経だと怒られるセリフだ。それでも、それがフィルの偽りない想いなのだと知れば、そこに沸き上がる感情は全く別のものになる。
てっきりいつものうっかりだと思い込んでいたユーリは、混乱しつつも口を開く。
「理由を、聞いてもいいですか?」
「少しでも、逃げられる要素を減らしたかったんだ。俺は女心にも疎いし、戦うことしかしてこなかったから、ユーリに好かれる要素なんて、全然ない。だから、卑怯な手を使った」
正直にそのときの感情をそのまま伝えるフィルに対し、ユーリが思ったことはたった一つだ。仕方のない人ね、と。
フィルは考えもしないのだろうが、こうやって自らの過ちを素直に打ち明けられる人がどれほどいるのだろう。今回だって、うっかりで誤魔化そうと思えばできたはずだ。だからこそ、この正直な彼を嫌いになんてなれない。
「驚きましたけど、怒ってはいませんよ」
「本当にか!?」
一瞬前までの悲壮な顔つきはどこへ行ったのか、一転して顔を輝かせたフィルに、ユーリは苦笑する。
「誰にだって、そういう『少しでも……』っていう思いはありますから。でも、フィルさん?」
「なんだ?」
「そもそもフィルさんは、私のことを番だからって、贔屓目で見過ぎているし、自分を低く評価し過ぎているんだと思いますよ? 私だってつまらない女なんですから」
そんなことはない、と即座に否定するフィルに、ユーリはこの世界へやってくる直前の話をした。王妃とクレットには話したが、フィルには話していなかったのだ。数年付き合っていた恋人に振られたこと、家庭的な女の方がと言われて自棄になって散財したことを話すと、フィルは「やっぱりユーリはすごいな」と褒め言葉を口にした。
「その、番だからって全肯定するのはやめてください」
「いや、違うぞ? 自分のことを一方的に切った相手に対して、普通は恨む気持ちの方が強いだろう? だが、ユーリはそんな相手からの指摘を切り捨てずに、しっかり受け止めて自分の技術を向上させようという心意気を持っている。それはすごいことなんじゃないか?」
ユーリ自身が単なる逆ギレだったと認めているのに、好意的に受け止められてしまって、ユーリはがっくりと肩を落とした。
(番のフィルターって怖い! あばたもえくぼどころじゃないじゃない)
少しは幻滅してくれたっていいだろうに、下がるどころかまた上がってしまった評価は天井知らずだ。
「私、自分は百年も生きないと思ってたんですよ。それが千年とか言われたら、きっとその間に性格もねじくれてしまうかもしれません」
「俺は一向に構わない。むしろユーリの性格が悪くなってしまえば、ユーリに惹かれる人も少なくなるだろうから、俺としては独占しやすくなって助かるな」
「性格がねじくれてもですか?」
「あぁ。何度も言うように、俺の唯一なんだ。ユーリがいるから、万が一にも傷つけたりしないよう、俺はもっと慎重に物事を運ばなきゃいけないと思うし、ユーリを守るためにもっと多角的な物事の見方を覚えないといけないと思う。俺の中の全ての発端がユーリなんだ」
とんでもなく重苦しく、とんでもなく直球な愛の言葉に、ユーリの頬がじわじわと熱を帯びていく。
「本当に不思議なもので、ユーリが傍にいるだけで、戦うことばかりを考えていた俺の心に安らぎができたし、ユーリと共に生きたいと思うだけで、色々なことが苦じゃなくなった。――――こんなことを言うと、また相手の気持ちを慮れないと怒られそうだが、ユーリがこの世界に来てくれて、本当に良かったと思っている」
「フィルさん……」
確かにその言葉は無神経だと怒られるセリフだ。それでも、それがフィルの偽りない想いなのだと知れば、そこに沸き上がる感情は全く別のものになる。
0
お気に入りに追加
413
あなたにおすすめの小説

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

見た目の良すぎる双子の兄を持った妹は、引きこもっている理由を不細工だからと勘違いされていましたが、身内にも誤解されていたようです
珠宮さくら
恋愛
ルベロン国の第1王女として生まれたシャルレーヌは、引きこもっていた。
その理由は、見目の良い両親と双子の兄に劣るどころか。他の腹違いの弟妹たちより、不細工な顔をしているからだと噂されていたが、実際のところは全然違っていたのだが、そんな片割れを心配して、外に出そうとした兄は自分を頼ると思っていた。
それが、全く頼らないことになるどころか。自分の方が残念になってしまう結末になるとは思っていなかった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる