英雄の番が名乗るまで

長野 雪

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53.二度目のデート

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「あの、本当に大丈夫だったんですか?」
「あぁ、イングリッド殿の相手はクレットの方が適任だからな、問題ない」

 フィルが茶会に乱入して殺気を撒き散らした事件の翌日、彼とユーリはグリフォン――ミイカの背に乗って空を飛んでいた。
 昨晩、母から呼び出され、雷を覚悟したフィルだったが、何故か哀れむような表情で、ユーリと二人で出かけて来るように言われたのだ。そこに至るまでの経緯を聞いたフィルは青ざめたり、逆に顔を赤らめたりとせわしなかったが、母と兄の気遣いを素直に受け止めることにした。
 ミイカの鞍にはお弁当を含むピクニックセット一式がくくりつけられており、二人は城下から少し離れた山の裾野にある王族の保養地を目指していた。陸路であれば1日かかる場所だが、グリフォンの翼なら小一時間もかからずに飛べる。そういう場所だ。

「ユーリ、寒くはないか?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと外套も羽織ってますし、それに風はフィルさんが魔術で防いでますから。それに、ミイカの羽毛があったかいんですよ」

 フィルの前に跨がるユーリは、手を伸ばしてグリフォンの首元を撫でた。上半身が鷲のグリフォンは首元の羽毛がふわふわとしていてさわり心地も良いのだ。元の世界では鳥を飼ったこともないユーリだったが、すっかりミイカの羽毛に魅了されてしまっている。

「それならいいのだが。――――あぁ、見えてきたな。あそこに湖が見えるだろう。あのほとりに保養地がある」
「すごい、綺麗な場所ですね」
「水は冷たいが、泳いでみるか?」
「ふふっ、風邪を引いちゃいますよ」
「そ、れもそうだな」

 まさか本気で泳ぎに誘っていたとは言えないフィルは、慌てて冗談のフリをした。竜人にとってはなんてことのない水温だが、人間にとっては凍死しかねないものだということを失念していたのだ。

(これだから、母上や兄上に心配されるのだな)

 うっかり自分の尺度で考えるクセを改めなければ、と決意を新たにしながら、フィルはミイカを降下させた。

「うわぁ……。上から見ても綺麗でしたけど、水がすごく澄んでるんですね。フィルさん、こんな素敵なところにつれて来てくれてありがとうございます。ミイカも、ありがとう」

 労うようにグリフォンの首を撫でるユーリを眺めながら、フィルは湖畔に建てられたログハウスに荷物を運ぶ。荷物と言っても今日のランチとおやつ、お茶の類いだけなので大した量ではない。

「ユーリ、湖の中央まで行ってみないか」
「え? 泳ぐんですか?」
「いや、歩く」

 促されるままに靴と薄手の靴下を脱いだユーリの素足に、フィルは自然と視線を奪われた。小さな爪と薄い皮膚しかない彼女の足をなで回したくなる衝動にかられるが、そこをぐっと堪える。逆に自分の素足をまじまじと見られていることなど気がついていなかった。ユーリはユーリで、鋭い爪と何枚か浮き出る鱗を持つフィルの足を興味津々で見ていたのだ。

「ユーリ、その、手を繋いでも?」
「はい。……歩けるっていうことは、浅いんですね。もっと深いように見えたんですけど」
「いや、深いぞ?」
「え?」

 繋いだ手を引かれるままに湖の方へ歩き出したユーリは、深いという湖へと既に足を踏み出していた。足を深みに取られるんじゃないかと、ぎゅっと身体を緊張させたユーリだったが、何故か足はほとんど水に浸かることはなく――否、まったく水に濡れなかった。

「え? え? これどうなってるんですか?」
「詠唱もいらないぐらいのちょっとした魔術だ。驚いたか?」
「もう! 驚きましたよ! 溺れちゃうかもって思ったんですから」

 ユーリの足は水面に乗ったまま、沈むことはなかった。そう、二人は湖面を歩いていたのだ。まるでおとぎ話のような状況に、ユーリの口元が自然と笑みの形を作る。

「ユーリ、……その、謝りたいことがある」
「謝りたいこと、ですか?」

 突然切り出され、ユーリはいくつかの可能性を思い浮かべる。昨日の茶会の席でのことか、それとも客人の相手で二人の時間を作れなかったことか、もしくはもっと別の――――

「番の誓約のことだ」
「もしかして、寿命が……って話ですか? それなら昨日、王妃様から」
「そうだが、違うんだ。俺は……伝え忘れていたんじゃない。わざと伝えなかったんだ」

 思ってもみない告白に、ユーリは隣を歩くフィルの顔をゆっくりと見上げた。

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