53 / 67
53.二度目のデート
しおりを挟む
「あの、本当に大丈夫だったんですか?」
「あぁ、イングリッド殿の相手はクレットの方が適任だからな、問題ない」
フィルが茶会に乱入して殺気を撒き散らした事件の翌日、彼とユーリはグリフォン――ミイカの背に乗って空を飛んでいた。
昨晩、母から呼び出され、雷を覚悟したフィルだったが、何故か哀れむような表情で、ユーリと二人で出かけて来るように言われたのだ。そこに至るまでの経緯を聞いたフィルは青ざめたり、逆に顔を赤らめたりと忙しなかったが、母と兄の気遣いを素直に受け止めることにした。
ミイカの鞍にはお弁当を含むピクニックセット一式がくくりつけられており、二人は城下から少し離れた山の裾野にある王族の保養地を目指していた。陸路であれば1日かかる場所だが、グリフォンの翼なら小一時間もかからずに飛べる。そういう場所だ。
「ユーリ、寒くはないか?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと外套も羽織ってますし、それに風はフィルさんが魔術で防いでますから。それに、ミイカの羽毛があったかいんですよ」
フィルの前に跨がるユーリは、手を伸ばしてグリフォンの首元を撫でた。上半身が鷲のグリフォンは首元の羽毛がふわふわとしていてさわり心地も良いのだ。元の世界では鳥を飼ったこともないユーリだったが、すっかりミイカの羽毛に魅了されてしまっている。
「それならいいのだが。――――あぁ、見えてきたな。あそこに湖が見えるだろう。あの畔に保養地がある」
「すごい、綺麗な場所ですね」
「水は冷たいが、泳いでみるか?」
「ふふっ、風邪を引いちゃいますよ」
「そ、れもそうだな」
まさか本気で泳ぎに誘っていたとは言えないフィルは、慌てて冗談のフリをした。竜人にとってはなんてことのない水温だが、人間にとっては凍死しかねないものだということを失念していたのだ。
(これだから、母上や兄上に心配されるのだな)
うっかり自分の尺度で考えるクセを改めなければ、と決意を新たにしながら、フィルはミイカを降下させた。
「うわぁ……。上から見ても綺麗でしたけど、水がすごく澄んでるんですね。フィルさん、こんな素敵なところにつれて来てくれてありがとうございます。ミイカも、ありがとう」
労うようにグリフォンの首を撫でるユーリを眺めながら、フィルは湖畔に建てられたログハウスに荷物を運ぶ。荷物と言っても今日のランチとおやつ、お茶の類いだけなので大した量ではない。
「ユーリ、湖の中央まで行ってみないか」
「え? 泳ぐんですか?」
「いや、歩く」
促されるままに靴と薄手の靴下を脱いだユーリの素足に、フィルは自然と視線を奪われた。小さな爪と薄い皮膚しかない彼女の足をなで回したくなる衝動にかられるが、そこをぐっと堪える。逆に自分の素足をまじまじと見られていることなど気がついていなかった。ユーリはユーリで、鋭い爪と何枚か浮き出る鱗を持つフィルの足を興味津々で見ていたのだ。
「ユーリ、その、手を繋いでも?」
「はい。……歩けるっていうことは、浅いんですね。もっと深いように見えたんですけど」
「いや、深いぞ?」
「え?」
繋いだ手を引かれるままに湖の方へ歩き出したユーリは、深いという湖へと既に足を踏み出していた。足を深みに取られるんじゃないかと、ぎゅっと身体を緊張させたユーリだったが、何故か足はほとんど水に浸かることはなく――否、まったく水に濡れなかった。
「え? え? これどうなってるんですか?」
「詠唱もいらないぐらいのちょっとした魔術だ。驚いたか?」
「もう! 驚きましたよ! 溺れちゃうかもって思ったんですから」
ユーリの足は水面に乗ったまま、沈むことはなかった。そう、二人は湖面を歩いていたのだ。まるでおとぎ話のような状況に、ユーリの口元が自然と笑みの形を作る。
「ユーリ、……その、謝りたいことがある」
「謝りたいこと、ですか?」
突然切り出され、ユーリはいくつかの可能性を思い浮かべる。昨日の茶会の席でのことか、それとも客人の相手で二人の時間を作れなかったことか、もしくはもっと別の――――
「番の誓約のことだ」
「もしかして、寿命が……って話ですか? それなら昨日、王妃様から」
「そうだが、違うんだ。俺は……伝え忘れていたんじゃない。わざと伝えなかったんだ」
思ってもみない告白に、ユーリは隣を歩くフィルの顔をゆっくりと見上げた。
「あぁ、イングリッド殿の相手はクレットの方が適任だからな、問題ない」
フィルが茶会に乱入して殺気を撒き散らした事件の翌日、彼とユーリはグリフォン――ミイカの背に乗って空を飛んでいた。
昨晩、母から呼び出され、雷を覚悟したフィルだったが、何故か哀れむような表情で、ユーリと二人で出かけて来るように言われたのだ。そこに至るまでの経緯を聞いたフィルは青ざめたり、逆に顔を赤らめたりと忙しなかったが、母と兄の気遣いを素直に受け止めることにした。
ミイカの鞍にはお弁当を含むピクニックセット一式がくくりつけられており、二人は城下から少し離れた山の裾野にある王族の保養地を目指していた。陸路であれば1日かかる場所だが、グリフォンの翼なら小一時間もかからずに飛べる。そういう場所だ。
「ユーリ、寒くはないか?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと外套も羽織ってますし、それに風はフィルさんが魔術で防いでますから。それに、ミイカの羽毛があったかいんですよ」
フィルの前に跨がるユーリは、手を伸ばしてグリフォンの首元を撫でた。上半身が鷲のグリフォンは首元の羽毛がふわふわとしていてさわり心地も良いのだ。元の世界では鳥を飼ったこともないユーリだったが、すっかりミイカの羽毛に魅了されてしまっている。
「それならいいのだが。――――あぁ、見えてきたな。あそこに湖が見えるだろう。あの畔に保養地がある」
「すごい、綺麗な場所ですね」
「水は冷たいが、泳いでみるか?」
「ふふっ、風邪を引いちゃいますよ」
「そ、れもそうだな」
まさか本気で泳ぎに誘っていたとは言えないフィルは、慌てて冗談のフリをした。竜人にとってはなんてことのない水温だが、人間にとっては凍死しかねないものだということを失念していたのだ。
(これだから、母上や兄上に心配されるのだな)
うっかり自分の尺度で考えるクセを改めなければ、と決意を新たにしながら、フィルはミイカを降下させた。
「うわぁ……。上から見ても綺麗でしたけど、水がすごく澄んでるんですね。フィルさん、こんな素敵なところにつれて来てくれてありがとうございます。ミイカも、ありがとう」
労うようにグリフォンの首を撫でるユーリを眺めながら、フィルは湖畔に建てられたログハウスに荷物を運ぶ。荷物と言っても今日のランチとおやつ、お茶の類いだけなので大した量ではない。
「ユーリ、湖の中央まで行ってみないか」
「え? 泳ぐんですか?」
「いや、歩く」
促されるままに靴と薄手の靴下を脱いだユーリの素足に、フィルは自然と視線を奪われた。小さな爪と薄い皮膚しかない彼女の足をなで回したくなる衝動にかられるが、そこをぐっと堪える。逆に自分の素足をまじまじと見られていることなど気がついていなかった。ユーリはユーリで、鋭い爪と何枚か浮き出る鱗を持つフィルの足を興味津々で見ていたのだ。
「ユーリ、その、手を繋いでも?」
「はい。……歩けるっていうことは、浅いんですね。もっと深いように見えたんですけど」
「いや、深いぞ?」
「え?」
繋いだ手を引かれるままに湖の方へ歩き出したユーリは、深いという湖へと既に足を踏み出していた。足を深みに取られるんじゃないかと、ぎゅっと身体を緊張させたユーリだったが、何故か足はほとんど水に浸かることはなく――否、まったく水に濡れなかった。
「え? え? これどうなってるんですか?」
「詠唱もいらないぐらいのちょっとした魔術だ。驚いたか?」
「もう! 驚きましたよ! 溺れちゃうかもって思ったんですから」
ユーリの足は水面に乗ったまま、沈むことはなかった。そう、二人は湖面を歩いていたのだ。まるでおとぎ話のような状況に、ユーリの口元が自然と笑みの形を作る。
「ユーリ、……その、謝りたいことがある」
「謝りたいこと、ですか?」
突然切り出され、ユーリはいくつかの可能性を思い浮かべる。昨日の茶会の席でのことか、それとも客人の相手で二人の時間を作れなかったことか、もしくはもっと別の――――
「番の誓約のことだ」
「もしかして、寿命が……って話ですか? それなら昨日、王妃様から」
「そうだが、違うんだ。俺は……伝え忘れていたんじゃない。わざと伝えなかったんだ」
思ってもみない告白に、ユーリは隣を歩くフィルの顔をゆっくりと見上げた。
0
お気に入りに追加
413
あなたにおすすめの小説

竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!

番(つがい)はいりません
にいるず
恋愛
私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。
本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。
新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
21時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!
珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。
3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。
高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。
これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!!
転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる